第2605号 2004年10月18日


〔インタビュー〕

躍進する言語聴覚士のさらなる挑戦

藤田 郁代氏(日本言語聴覚士協会会長・国際医療福祉大学教授)


 さまざまな原因によって「ことば」や「聴こえ」に障害を持つ人が,日本には500万人以上いると推測されている。こうした人々のコミュニケーション機能の向上を支援し,自立や社会参加を促す専門職が言語聴覚士だ。国家資格として制定され間もない職種だが,体制整備が進み,サービス提供も広がりつつある。

 本紙では,日本言語聴覚士協会会長の藤田郁代氏へのインタビューを企画。リハビリテーションにおいて言語聴覚士の果たす役割や,日本言語聴覚士協会が取り組む課題について聞いた。


目に見えない障害に対する理解が広まってきた

――言語聴覚士を採用する医療機関が増えてきました。その要因をどうお考えですか。

藤田 まずは,言語聴覚士が国家資格として定められ,その存在が社会的に認知されるようになってきたこと。それから,言語聴覚療法への患者さんからのニーズが浮かび上がってきたことです。また,診療報酬で言語聴覚療法が設定され,介護保険においても言語聴覚士の位置づけが広がってきたということですね。

 これまでは,社会の中で目に見えない障害に対する理解が不十分で,患者さん自身にも言語聴覚療法という専門的サービスがあること,それを受けることによって障害が軽減し,自立と社会参加が促進されるのだということが認識されていなかった部分があると思います。それに言語聴覚士を雇用したくても,制度が未整備で診療報酬や介護報酬がつかない状態では人を増やすということは難しかったのが実情です。

 しかし,リハビリテーションを行ううえで理学療法・作業療法だけでは不十分で,人間の尊厳に深く関係する言語,聴覚,認知,摂食嚥下のリハビリテーションを併せることによってはじめて,自立や社会参加が可能になります。そこを抜きにしてリハビリテーションは完成しないということを,他職種の方々からもおっしゃっていただくようになりました。

――保険点数の影響は大きいですか。

藤田 求人の数に如実に表れています。国際医療福祉大の例で言えば,1-2期生が出た頃は,全員が就職はできましたが求人数はまだまだ少なかったし,就職先も限られていました。それが,2002年度の診療報酬改定で言語聴覚療法が新設されたことで求人数がぐっと増えて就職先を選べるようになり,早期リハや在宅訪問リハに言語聴覚療法の算定が可能となった2004年度の診療報酬改定の後は,去年の1.5倍ぐらいの求人が来ています。

――こうして言語聴覚士による患者さんへのサービスが届きはじめていますが,効果の面でも結果が明らかになってきましたか。

藤田 これは介護保険の例ですが,言語聴覚士による個別リハビリテーションの算定が可能になりました。それに伴って,去年から「おおたわら在宅支援センター」というところで,通所サービスとして個別リハビリテーションをやるようになりました。約90名の利用者のうち,言語聴覚療法の個別リハビリテーションを受ける方が30名ほど集まり,2-3か月の効果をみたところ,75%の方が,コミュニケーションがとりやすくなったとか,孤立が解消されたとか,行動範囲が広がったという結果がでています。

 回復期後期から維持期にかけてのリハビリテーションのニーズは高く,言語聴覚療法を受けることで利用者の方々の生活が変わっていきます。やはり制度として位置づけていくことがとても重要だと感じました。

言語聴覚士はコミュニケーション支援の専門職

――これから言語聴覚士の採用を考えている病院もあると思います。ここで改めて,言語聴覚士はどんなことが得意で,患者さんにどういう影響を与えるのかを教えてください。

藤田 ことばは人間だけに与えられた高次機能のひとつであり,私たちの生活や社会を根底から支えています。言語聴覚士は言語機能,音声機能,聴覚に障害がある方々に機能の向上を図るための検査・評価,訓練・指導・援助などを行う専門職です。

 日常生活では意思疎通ができないことによる不便,介護負担,患者さんや家族のフラストレーションは非常に大きいと思います。言語聴覚士はどんなに障害が重い方に対してもなんらかのコミュニケーションの手段を見つけだし,その人がまずは現在持っている能力でコミュニケーションを取れるようにすることができます。

 脳卒中後の失語症の方に対しては言語機能の回復や実用的コミュニケーションの向上に向けた訓練,ことばの発達の遅れがある子どもさんに対しては認知や言語の発達を促す訓練や環境調整などを行います。また,聞こえの障害のある方々に対しては補聴器や人工内耳を用いてコミュニケーションを効率的にとる方法の指導,難聴の子どもさんにはことばの学習の指導などを行います。それから痴呆や各種の高次脳機能障害,最近は摂食嚥下障害にもかかわるようになってきました。

――そもそも,藤田先生がこの職業に興味を持たれたのは,どういうことがきっかけだったのですか。

藤田 大学の文学部で現象学や言語哲学を学んでいた時にハイデガーの『存在と時間』を読んで,「人間はどこから来て,どこへ行くのか」ということに興味を持ちました。それで,人間の存在というものはことばに深くかかわっていると感じたわけですね。ハイデガーをそんなふうに読んでしまった(笑)。それで,人間と言語の道に入ってしまいました。

 それともう1つは,自分は他の人に支えられて生きたいし,自分も他の人を支えることによって生きていきたいという思いですね。そこで,国立聴力言語障害センター聴能言語専門職員養成所(現国立身体障害者リハビリセンター)に入ったわけです。

――コミュニケーションへの専門的対応という,ロマンのある仕事だと思うのですが,印象的な出来事はありますか。

藤田 私は初めて会った患者さんに恵まれまして,就職してすぐの頃,30代の会社員の患者さんに出会いました。いまから考えると「あれほどハードにしてよかったのだろうか」と思うくらい,その方の失語症の訓練に取り組みました。職場復帰を目標に訓練して,3か月後に復帰がかなったんです。

 その方とはいまでも手紙のやりとりをしていますが,本当にいろいろなことを教えていただきました。生活に視点を置いた訓練が不可欠なのだということ,障害特徴に応じたプログラムを考え,その効果を検証すること,そして心理的な支援もあわせて必要だと知りました。そして同じ障害を持つ方々の支え合いが重要であることも学び,院内に患者さんの会もつくりました。やはり,患者さんの力というのは,本当に素晴らしいです。

――言語聴覚士として患者さんにかかわると実感しますか。

藤田 そうですね。コミュニケーションというのは,人間関係を構築する手段ですから。患者さんとは確かな信頼関係を結ぶことになり,それは長続きします。言語聴覚士にとって,患者さんはその障害をいっしょに乗り越えていく同志ですね。

■日本言語聴覚士協会が取り組む課題

学術誌創刊で学問としての確立をめざす

――言語聴覚士協会が設立されて今年で5年目ですが,協会・学会の今後の課題をお聞きしたいと思います。今年11月には協会発行の学術専門誌ができるということで,これは関係者の方々が強く望まれていたことですね。

藤田 言語聴覚障害およびそれへの専門的対処に関する研究の進展は非常に重要な課題です。学術誌の発刊によって,研究を活性化し,新たな知見の蓄積,知識・技術の体系化をはかりたいと思います。

 いままではどちらかというと症状の分析や評価が研究の多くを占めていましたが,言語聴覚士の業務のかなりの部分は訓練・指導・援助です。言語の回復メカニズムや獲得プロセスを探求し,科学的エビデンスに基づいて訓練・指導等を理論化して,客観的な方法を開発・確立していきたいのです。これをやらなければ,言語聴覚障害学の中核ができません。医学,歯科医学,認知科学,情報科学,心理学,言語学といった関連領域との交流を通して,言語聴覚障害学を骨太の学問として発展させていきたいと思います。

――総会の際に,「研究のための研究ではなくて,臨床を発展させるための研究」と発言されていたのが印象的でした。

藤田 言語聴覚療法のエビデンスがまだ十分に蓄積されていないこともありますが,臨床というのは,これまでの研究の成果や理論に基づいて,「この患者さんにこういう方法で訓練したならば,こういう結果が得られるであろう」という仮説を立てて,検証していく過程です。そして,それが研究の手法そのものでもあるのです。

 だから,優れた臨床家は研究ができる。そして研究ができる人は優れた臨床ができる。そういう人たちが後輩を作ってきたし,それをしなければ,訓練,指導,援助が客観化されず,科学性をもつことにならない。いつまでも自分のアイディア,工夫の域に留まらず,それを客観化し,普遍化していくことが必要です。コミュニケーションの観点から人間の生活をどう変えていくかということを科学化していく必要がある。容易なことではないと思いますが,そこが面白いと思ってこの領域に入ったのですから,やはり挑戦しなければいけないと思っています。

――現在は経験豊富な言語聴覚士の方々が高度なレベルで臨床を支えていると思うのですが,今後は若い人が急速に増えて世代交代が起こってきます。その時に臨床の知が学問として蓄積されていないといけないですね。

藤田 それは本当に重要な課題です。今年度の学会からは生涯学習プログラムもスタートしました。専門的サービスの質を高め,充実させるための活動をはじめていますが,その中で言語聴覚障害学の動向なども取り上げていくことになっています。

サービス拡大と教育の質向上への展望

――最後に将来的な展望ですが,まず,今後拡大が望まれる言語聴覚士のサービス領域についてお聞かせください。

藤田 成人・高齢者の領域に関しては,専門的サービスを提供する環境が整いつつあると思います。ただ,痴呆の患者さん,失語症以外の高次脳機能障害のある方に対しては,活躍する場が十分に拡大していません。言語聴覚士はことばだけでなく,ことばを使うための記憶や注意,認知などにも同時にアプローチできる専門職です。ですから,痴呆高齢者や軽度認知障害(MCI)の方々にも専門的な支援をできますし,痴呆の進行をできるだけ遅らせるような認知リハビリテーションを行うのも得意とするところです。でも,そこがまだ十分には理解されていません。

 それから,聴覚の分野のサービスの充実が期待されます。言語聴覚士は,「言語療法士」といった時代が長く,どうしても言語のイメージがありますが,ことばと聞こえの両方あっての言語聴覚士です。老人性難聴も含めて,聴覚障害のある方はかなりの人数になります。ですから,聴覚障害の分野に言語聴覚士が高い技術を持って出て行くことが必要であると思います。

――協会では,言語聴覚領域の障害を持つ小児の実態調査もされていますね。

藤田 いま,通常学級の6%ぐらいに学習障害やADHD(注意欠陥・多動性障害),高機能自閉症などの児童が入っているといわれています。また,それだけでなく,保育園・幼稚園の1クラスに1人か2人,コミュニケーションや認知に問題のある方がいます。特別支援教育や保育園・幼稚園も含めて,言語聴覚士が小児に対してもっと専門的サービスを提供できるように取り組んでいきたいと思います。

――最後に教育に関する将来展望についてお聞きします。ここ数年は養成校の急増と,それに伴う言語聴覚士の若年化が続いています。

藤田 いままで協会としては,言語聴覚士のサービスが届かない患者さんになんとかサービスを届けたいということで活動を続け,まだ不十分ですが少しずつ進んできました。いま取り組まなければならない大きな問題は,専門的サービスの質の充実です。

 対応策の1つとして,生涯学習システムや学術専門誌の発行ができたので,卒後教育の充実が進んでいくと思います。卒前教育については,まずは臨床実習を充実させることです。協会では「臨床実習マニュアル」を作り,この課題に取り組んでいます。そして,なによりも学生を教育している学校側も努力していただいて,豊かな臨床経験と研究業績のある優れた教師陣を擁し,学内である程度の臨床実習ができる臨床施設を備えるなど教育環境の整備をお願いしたいと思います。

 言語聴覚士協会ができてまだ5年目ですが,これだけ整備が進んできたというのは,医学界の方々や厚生労働省をはじめとした行政の方々,患者会の方々,さまざまな立場で相談にのっていただいた方々の理解と支援があったからだと思います。システムをつくることによってサービス量が拡大すると競争が出てきて,質も上がってきますので,やはりそこは心から感謝したい部分です。今後も,近接領域との連携を深め,本領域の発展のために努力したいと思います。

――ありがとうございました。


藤田郁代氏
1969年広島大(文学部)卒。国立聴力言語障害センター聴能言語専門職員養成所(現国立身体障害者リハビリセンター)卒。88年東大にて医学博士号取得。国立身体障害者リハビリテーションセンター言語聴覚士,同学院言語聴覚学科講師などを経て現職。2000年に発足した日本言語聴覚士協会で初代会長に就任し現在に至る。

●『言語聴覚研究』創刊のお知らせ

 日本言語聴覚士協会は,言語聴覚障害領域およびその近接領域に関する学術専門誌『言語聴覚研究』を創刊する運びとなりました。つきましては,購読会員を募集しています。詳しくは協会ホームページhttp://www.jaslht.gr.jp/をご参照ください。
誌名】『言語聴覚研究』(創刊号は2004年11月1日発行予定)
内容】各種言語聴覚障害の基礎と臨床に関する学術論文を掲載。季刊(2004年度は2号まで,2005年度は3号まで)。編集・発行=日本言語聴覚士協会/制作・販売=医学書院
問合せ・申込み先
 〒160-0023東京都新宿区西新宿8-5-8正和ビル304 日本言語聴覚士協会事務所
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