第2603号 2004年10月4日


インタビュー

電子カルテ導入に必要な視点

中田善規氏(帝京大学医学部附属市原病院副院長)
澤智博氏(帝京大学医学部麻酔科学講座・助教授)


 電子カルテの導入には,500床以上の病院の場合,20-40億円と非常に高額なコストがかかっている。また,導入や改修の際に診療を制限しなくてはならない場合や,運用過程でトラブルが生じた際の対応など,問題点も多い。

 帝京大学医学部附属市原病院は550床の大学病院で,現在独自に開発した電子カルテを使用している。導入時のコストは4億5000万円。一体どのような電子カルテなのか,副院長の中田善規氏,システムを開発した澤智博氏に聞いてみた。


――まず,独自の電子カルテシステムを開発するに至った経緯をお願いします。

 中田先生が病院の経営改善に取り組まれていた際に,必要なデータがコンピュータのどこに入っているかわからず「ちょっと探してみてくれないか」と頼まれたのがきっかけでした。そこで私が調べてみたのですが,どうにも見つからなくてコンピュータ会社に聞くと「そんなものはないです」という答えが返ってきました。ならば自分たちがほしいデータは自分たちで作る以外にないだろうと考え,一からシステムの構築をすることにしたのがきっかけです。

――市販の電子カルテではニーズに対応できなかったということですね。

中田 コンピュータ会社の方は医療をよく知っているわけではありませんから,製品である電子カルテも,医療者のニーズに十分応えられているとは言い難いわけです。

 また,現在多くの病院で電子カルテの導入が進んでいますが,500床以上の病院の場合,最低でも20億円くらいかかります。ここで大事なことは,「電子カルテ自体はお金を生み出さない」ということです。当然ですよね。お金を生み出すのは医師の診療行為や看護であり,電子カルテではありません。にもかかわらず,企業の提示するまま,病院の規模,経済状態を無視した非常に高額な電子カルテシステムを買っているのが現状です。

 車にたとえると,普通乗用車にF1のエンジンを積むようなものですね。必要なのは,性能のよい普通の乗用車なのです。今,おそらく「他の病院が入れているからうちも」というように,導入自体が目的になっているところも多いのではないかと思いますが,そうではなく,本当の意味で使う側の医療者と患者さんの利益になるようなシステムを導入しなければなりません。その1つのモデルを提示しようというのが,もう1つの理由です。

“設計図”を持っている強み

――具体的にどのような特徴があるのでしょうか?

 まず,ソフトウェアの設計図を持っているというのがキーポイントです。電子カルテは診療と密接に結びついているので,例えばある病気の診断法が変わった場合,電子カルテに新たに入力項目を増やさなければならない場合が起こりえます。また,コンピュータの分野は進歩が早いですから,時代に追いつかなくなったりもします。

 こうした時に,すぐに設計図を書き換えて対応できるわけです。メーカー製の電子カルテシステムでは,変更のたびに何百万円もかけてプログラマーを呼んだり,最新のものに入れ替えるはめになります。

 次に,モバイル環境を充実させたことです。医療従事者は,病棟や外来,ベッドサイドなど移動しながら仕事をしています。無線対応PDA(携帯端末)により,最新の情報をいつでもどこでも閲覧し入力することが可能です。

 また,Web型の電子カルテシステムであるということも大きな特徴で,インターネットが利用できるパソコンであれば多少古くても電子カルテを利用できます。市販の電子カルテを導入すると,端末用の電子カルテソフトの購入が必須であったり,そのメーカー製のパソコンを抱き合わせで購入を勧められたりしますが,こうしたコストも抑えられます。これはまだ検討中ですが,地域の開業医の先生にアクセス権を発行すれば簡単に患者さんのカルテを共有することもできます。

 それから,コストに関係することとしてマルチベンダー化があげられます。これは電子カルテを構成するネットワーク機器,サーバー,ソフトウェアなどについて,それぞれを得意とする会社に個別に依頼するというものです。

中田 そのまったく反対が,現状の大手電子カルテメーカーで行われているゼネコン方式です。1つの会社がネットワークからPCの端末まですべて請け負う形で,全部が同じメーカー製のものになってしまうのです。実際には地域のプログラマーや子会社に下請けに出して,そこでやったものを自社の名前で納入してくる形になりますから,その過程ごとにコストがかかってきます。マルチベンダー化の利点は,そういった余分なコストがかからない点にあります。

 もっとも,マルチベンダー化はいいことずくめというわけではありません。数多くの会社がそれぞれ計画に従って動いているわけですから,いまどういった状況なのかを把握するだけでも大変です。

中田 厚生労働省では現在マルチベンダー化を推奨してはいますが,どこの病院でも可能かと言うと,人材面で非常に難しいと思いますね。

ベッドサイドで情報を入力・閲覧

――院内で使われているPDAについて,もう少し詳しくお願いします。

 現時点で主に使っているのは看護師さんですが,無線LANで電子カルテとリンクしていますので,患者さんのベッドサイドでカルテの内容や体温や血圧などのバイタルサインをその場で閲覧できると同時に,入力することができます。入力した内容はすぐに電子カルテに反映されます。ですからナースステーションに戻って電子カルテに再度入力する手間が省け,ミスも少なくなります。

 また,薬剤情報や検査値も見ることができます。これは医師から要望があったのですが,こうした声にすぐ対応できるのも,システムの設計図を持っているからです。

――年齢によっては,こうした機械が苦手な方もいらっしゃったのではないですか。

 非常に不思議なのですが,年齢ではなく,モチベーションの問題なんですね。若い人でも苦手な人はいますし,「この人は無理だろう」と思う年配の人が逆に先導してやっていたりするのです。これは僕自身も意外でした。

――院内で使い方講習会のようなものは?

 例えば「今日の15-16時までここの病棟で講習会をしますよ」と伝えて,その時間を空けられる人に来てもらっています。一度に全員集めるのは無理ですね。

中田 全員集めるには診療制限しなくてはいけませんからね。診療制限することなく,日常の業務に差し障ることなく,そうっと導入していくというのも,非常に重要なのです。「電子カルテを導入するので診療を止めます」というのが当たり前になってしまうと,どこの病院でも導入に二の足を踏んでしまうのではないでしょうか。

 診療制限せずに導入できたのは,医療がわかる人間がやっているからです。どこまでなら診療が制限できるのか,どうやれば診療制限せずに導入できるのか,コンピュータ会社の人にはわかりませんから。

医療情報学の専門家を育てる

――つまり医療とコンピュータの両方に詳しい人材が必要なのですね。

中田 そうです。導入する病院の側にも,職員,それもできれば医師で,よく医療情報学や電子カルテを理解している人が必要なのです。しかし現状では,ただ単に「コンピュータが好き」なだけの人が担当になっていたりします。こうしたユーザーレベルの好き嫌いでは,ネットワークやプログラム,さらに今後の発展性を見据えたシステム構築はできません。

 日本では電子カルテ推進のために病院への補助金事業を行っていますが,アメリカは人材育成に対して補助を行いました。医学部を出た人に大学院レベルでコンピュータサイエンスまたは情報学を学んでもらうという教育システムを,NLM(National Library of Medicine:米国国立医学図書館)が補助金事業で作ったのです。同じお金を使うのでも,アプローチの仕方がまったく違うなと思いました。

 電子カルテは蓄積した情報を目的通りに役立てるように設計することが重要です。経営に役立てたいのか,臨床や研究に役立てたいのかといった医療従事者の観点から目的を設定し,その実現に向けた技術的な手段の選択がカギになります。それはきちんと専門の教育を受けた人間がやるべきです。医療情報学の専門家を育成するということは大きな課題だと思います。

――最後に今後の方向性をお願いします。

 まずはベストプラクティス,つまりモデルを提示するということですね。電子カルテを入れると,このぐらいの規模の病院ではこうなります,さらに電子カルテにこの技術を入れるとこうなりますよということを,提示していきたいと考えています。

中田 まだ研究の段階です。今はじめて作ってみたシステムですから,これが今後どう発展していくかがわかるまでには,少し時間がかかると思うのです。

 この病院自体を,いろいろなことが発信できるような場所にしたいと思っています。そして,「なんか違う方向にいってるな」と思っている日本の医療情報全体を,いい方向にむけられるようになればいいなと考えています。

――ありがとうございました。

帝京大学医学部麻酔科学講座HP
http://www.teikyo-masui.jp

帝京大学市原病院医療情報システム部HP
http://www.medical-informatics.jp


中田善規氏
東京大学医学部および経済学部卒業。エール大学経営大学院修了。MBA,医学博士。ハーバード大学マサチューセッツ総合病院(MGH)レジデント,帝京大学経済学部助教授,マサチューセッツ大学医学部助教授などを経て,2002年より帝京大学医学部教授・附属市原病院副院長。専門は医療経営学・麻酔科学。

澤智博氏
札幌医科大学卒業。マサチューセッツ工科大学大学院修了。理学修士,医学博士。ハーバード大学MGH麻酔科レジデント,ハーバード大-MIT医療情報学フェローなどを経て,市原病院医療情報システム部長,帝京大学国際教育研究所・医学部麻酔科学講座助教授。ハーバード大学DSG(医療情報学)客員研究員。