医学界新聞

 

医師のポジティブな面も見てほしい

前野哲博氏(筑波大学附属病院総合臨床教育センター助教授)に聞く


――アンケートの回答を読まれた感想について聞かせてください。

前野 新聞などの報道で医師や医学教育のネガティブな面が強調されすぎていて,それが学生の動揺を招いている大きな原因ではないかと思います。

――医療事故に対して非常に不安を感じているという回答が多いですね。

前野 そうです。だから,もっとポジティブな面を見てほしい。また,われわれ医師も学生にそういったことを伝えていく努力が必要だと思いました。

 実際に「医師という仕事はどうですか?」と訊かれたら,誰でも「いやぁ,大変だよ」と言うと思います。では,なぜそんな大変なのにやりがいを持って仕事を続けているのかという理由をもっと知ってほしいなと思います。

 それからもう1つ感じたことは,医学教育の単一性ですね。他の学部では,例えば文学部に入った人がみんな作家になるわけではありません。法学部に入っても,自分に弁護士の適性がないと思ったら銀行マンになったり,進路を途中で変えられます。しかし,医学部の学生は卒業後はほとんどが医師になりますから,医学部に入るということは医師になるということと同義になっています。アンケートの回答に「医師養成訓練所」という表現がありましたね。ああいう感覚はたしかにあります。

 だから,もし医師に向かないと思っても他に道がない。また,逃げる気はなくても,逃げ道がないというだけでプレッシャーになりますよね。自分は医師になるしかないんだ,と。

遅れた分を取り戻しにくい医学部のカリキュラム

――カリキュラムの問題についてはどうでしょうか。

前野 医学部の場合,臨床医という完成形から逆算してカリキュラムが組まれています。だからカリキュラムそのものにフレキシビリティがないんですね。特に高学年では毎年きっちり,決められた単位を決められた順序で取っていかなければならない。例えば4月,5月は調子が悪かったから,1学期は単位を取らないでその分を2学期に取ろうということができません。

 要するに,自分のコンディションや興味にかかわらず,授業や実習についていかなければいけないわけです。しかも,あとから2倍の速さで走って追いかけるということができない。いつも一定のペースで,決められたレールを走っていかなければいけない。

――それは他学部にはない特徴ですね。

前野 そして出口に“お目こぼし”がないんです。「この人は臨床には向かないけど,こういういいところがあるから,ここを認めて卒業させてあげよう」ではなく,純粋に卒業試験に合格できるかどうか。卒業判定は国家試験を強く意識して行われていますから,国家試験に通るような人しか卒業できないわけです。

 これらの点で,勉強する内容,単位,さらに就職先を,自分の適性にあわせて選んでいける他学部とは大きく異なります。医学部というのは,入ったらもう,卒業試験(=国家試験)に合格できなければ卒業できません。そういう意味で,ドロップアウトした時,フィットしなかった時に,行き詰まってしまう可能性は高いと思います。ですから,医学部では他の学部にも増して,サポート体制を整えていく必要がありますね。

医学生のモチベーションを高めるための試み

――「医師になるんだ」というモチベーションが高い入学時にもっと臨床を学びたい,という声も多いようですが。

前野 筑波大学では,今年から1年生のカリキュラムとして附属病院の入院体験や介護施設での実習などを行っています。

 また,初診患者さんに付き添う「外来新患エスコート実習」というのもあります。大学病院だと受付から会計までに数時間はかかりますから,その間,患者さんと病気のことや,待ち時間のこと,医師の態度とか,いろいろお話をします。

――実際に医療現場に出て,患者さんに接するわけですね。

前野 技術的な面では,シミュレータを使って心肺蘇生のBLS(Basic Life Support)の部分を教えています。また,模擬患者さんとのコミュニケーション実習も取り入れました。こういった実習を経験すると「自分は医療従事者になるんだ」という意識が高まるようですね。

 今回のアンケートでも,せっかく医学部に入ったのに教養や基礎の講義ばかりでがっかりしたという意見がありました。この実習は,晴れて医学生となった直後に,まず医学生としてのモチベーションを高めてもらおうというのが狙いです。最初にこのような経験をすることで,医学を学ぶことについて具体的なイメージと高いモチベーションをもってもらえるのではないかと考えています。

――最後に,医学生の皆さんへメッセージをお願いします。

前野 たしかに医師は忙しいし,責任も重い大変な仕事だと思います。ですが,多くの先輩が,もっと楽して稼ぐ道はいくらでもあるにもかかわらず,なぜその仕事を続けているのかということを考えてほしい。医師のやりがいとか,医師をやってきてよかったと思う瞬間をもっと聞いてほしいなと思います。

――ありがとうございました。

(おわり)


前野哲博氏
1991年筑波大学卒業。河北総合病院で初期研修後,98年筑波大学附属病院総合医コースレジデント修了。筑波メディカルセンター病院総合診療科勤務を経て,現在筑波大学附属病院総合臨床教育センター助教授。