第2598号 2004年8月30日


対談

システム改善による医療事故防止
医療におけるヒューマンエラー

河野龍太郎氏(東京電力(株) 技術開発研究所・特別研究員)
庄子由美氏(東北大学病院 医療安全推進室副室長/ゼネラルリスクマネジャー・看護師長)


ヒューマンエラーとは

 人間の本来持っている諸特性(生理的・心理的・認知的特性など)が,周囲の環境とうまく合致していないために「結果として」誘発され,ある許容範囲から逸脱したもの。これまでは本人の不注意など,エラーの原因は個人の問題だと考えられてきたが,エラーをしてしまった人間にだけ問題があるのではなく,間違いをしやすい表示やわかりにくい説明書など,エラーを誘発する環境にも原因があるという考え方にもとづく。

 河野氏はこの視点から,不注意によるヒヤリ・ハット事象が発生した時「なぜ不注意となってしまったか」というエラー誘発要因に着目するべきであると指摘。「人間に頼ることを第一とする安全対策は,人間が脆弱であるので同じように脆弱となってしまう。人間に頼らない,工学的対策や手順書,チェックリストを使うなど,可能なかぎり形あるものへの対策を第一とすべきである」と主張している。


■ヒューマンエラーの視点から

庄子 私がリスクマネジャーという仕事を任命されたのは2001年の4月だったのですが,最初は正直何をすればよいかわからなくて,毎日,報告されるインシデントレポートを読んでいたんです。何が問題で,どうアドバイスすればよいのか悩んでいました。

河野 エラー分析についての基本的なトレーニングや,どう対策をたてるかといったことを学ばれたうえでリスクマネジャーになられたわけではなかったのですから,それは当然でしょう。

庄子 本当にその通りです。任命時にリスクマネジャーとしての基本的な研修を受けたものの,エラー分析についてはよくわからないまま半年が経過し,エラー分析について何か勉強しないとこの仕事はやっていけないなと思っていました。

 2001年9月に医療安全推進室が設置された時,当時(2001年8月)副室長であった上原鳴夫先生から,河野先生が学生向けに講義をするということを聞いて参加しまして,「ヒューマンエラーって,こういうことなのか」と大きなインパクトを受けました。

 医療事故を起こしたい人なんて誰もいませんから,「ヒューマンエラーはミスを起こしやすい環境によって引き起こされた結果である」という言葉に非常に共感しました。このことを周囲が認識せず,当事者になった看護師や医師の責任だけを追及して「気をつけなさい」と言うだけでは事態はまったく変わらない。事故は繰り返されて同じような被害者,同じように苦しむ当事者をつくっていくだけだと思ったのです。

河野 これまで医療事故の当事者の方々からお話を聞く機会がありましたが,皆さん自分を責めています。当事者の方はもちろん「自分が悪かった。なぜ確認をしなかったんだろう」と自分を責めますし,周囲の方々も「私の管理も悪かった。そういうシフトを組んだ私にも責任がある」,「任せないで自分がやるべきだった」などと。

 ですが,おっしゃる通り,いくら「あなただけが悪くないのよ。私も悪い」と言って,皆が「自分が悪い」「自分が悪い」と言ったところで何も変わりません。

 ヒューマンエラーはなぜ起こるのか,そしてその視点からどのようにエラーを防止するかを考えていく必要があるのです。医療システムを変えない限り,医療事故はなくせません。

医療の実態に驚く

河野 私が医療分野に関心を持ったきっかけは,2000年度の文科省厚生科学研究「医療の総合的質管理に関する実証的研究」の主任研究者を務める飯塚悦功教授(東大)から,「産業界は事故防止にどう取り組んでいるのか教えてほしい」と言われたことでした。それまでは医療について,まったく知らなかったんです。ですがそれがきっかけとなって,翌年からNDP(医療のTQM実証プロジェクト)にアドバイザーとして参加することになりました。

庄子 それがいちばん最初の,医療界との接触ですか。

河野 正確に言うと,もう少し助走期間がありましたね。1999年に横浜市立大学医学部附属病院で患者の取り違え事故が起こり,横浜市立大学内で「医療事故防止のための心理学的研究」というのを立ち上げることになりました。それを担当した先生が私の先輩だったんです。その先生から「産業界はどうしてるの?」と聞かれて参加することになり,そこではじめて医療について医師から直接話を聞く機会を得たわけです。そして非常に驚きました。

庄子 驚いたというのは,医療のシステムに対してですか?

河野 そうです。特に驚いたのは,当直をした医師が翌日に手術をするということです。正直なところ,「こんなシステムが許されるのだろうか」と思いましたよ。それまで医療というものを信頼しきっていましたから。

庄子 医療の実態がはじめて見えてきたわけですね。

河野 しかもそういったことが当たり前になっていて,ほとんど対策がとられていない。要するに“竹やり精神型安全”(人間の精神力に訴える安全対策)というか,“根性論型安全”。「気をつければ医療事故は防げる」というわけです。これでは何も改善されません。

■ヒューマンエラーとシステム

庄子 河野先生はヒューマンエラーの視点から「医療事故の原因は個人ではなく,人間の特性を無視した管理体制,医療システムにある」と指摘されていますが,システムとヒューマンエラーの関係について,少しご説明いただけますか。私ははじめ「医療システム」という言葉がよくわかりませんでした。複数の職種がかかわって患者さんに医療を提供するということを「チーム医療」という言葉で習ってきたので,「医療システム」という概念がよくわからなかったのです。

河野 まず,医療をシステムで理解するということが大切です。医療といえば,普通われわれは注射や薬を処方するといった目の前の医療行為だけを見てしまいがちです。しかしシステム的な視点の場合,もっと全体を見なければいけません。病院内でいえば,医師が患者を診察して,薬のオーダーを出して,それをもとに薬剤師や看護師が……という流れですね。

庄子 その「流れ」がシステムですか。

河野 そうです。しかし,これはあくまで病院の中だけに限定されたシステムです。「医療システム」というのは,医薬品や医療機器の開発,流通などまでも含めた,もっと大きな流れになります。そしてヒューマンエラーによる医療事故を防ごうと考えた場合,この医療システムを改善していく必要があるわけです。

 例えば医療機器の場合,同じ用途の機器なのに操作方法が各社バラバラで,しかもそれが病院内で混在しているようでは,非常に問題がありますよね。

 あるメーカーの機器はオレンジ色の表示が正常状態なのに,別のメーカーのものでは異常状態の表示だったりすると,これは混乱の原因となります。しかし,正常状態表示はグリーン,異常状態表示はオレンジ……というように,各社統一されていればこうした問題は起こりません。スイッチの意味づけなども統一が必要です。ここまで考えないと,エラーは防止できないんです。

 そのためには国のレベルで「この医療機器はこの仕様に統一するように」とガイドラインを設定しなければいけません。当然,それはヒューマンファクター工学の視点から,人間の特性に合った設計であることも重要です。こうしたガイドラインをもとに各社が開発すれば,A社,B社,C社の機器が同じように使えるわけです。

デザインは違っても操作は同じ

河野 こうしたことは自動車を例に考えてみるとわかりやすいと思います。日本の自動車であれば,トヨタであろうと,日産であろうと,われわれは同じように運転できますよね。なぜか。それは自動車というシステムが統一されたインターフェイスになっているからです。

庄子 なるほど。たしかに自動車は各社メーカーでデザインや性能が違っても,基本的なブレーキとアクセル,ギアというのはどの車も共通ですよね。しかし,医療機器にはそういう基本的な決まりがなくて,全部がバラバラの状態です。

河野 人工呼吸器も種類が山ほどあるでしょう? せめて表示だけでも統一してほしいと思いますよ。薬剤の名前や形状もそうです。今までこうしたことが野放しだったのが問題なのです。開発段階でガイドラインがあればよかったのですが,生産ラインが一度できてしまったら,企業のほうも改善には消極的になってしまいます。

 先ほども述べましたが,こうしたことは国が管理すべきことで,病院のレベルではないわけです。

庄子 私も,1つの病院の自助努力では難しいと感じています。医療安全推進室でも,病院内の機器をなるべく統一していこうとはしていますが,患者さんによって適したものがあったり,新しい治療法に伴って新しい機器が導入されたり,思うようには進んでいません。

河野 ですから,医療システムという大きな視野での取り組みが必要なのです。これらはつまり,医療システム全体の問題です。

■看護師の配置は「task requirement」に応じて決定すべき

河野 病床数に対する看護師の配置もおかしいと思います。例えば,夜勤の時にはたった2人の看護師が50人ぐらいの患者をみていると聞いたのも驚きでした。50人もの患者を前に,その2人の努力だけでどうして事故が防げますか。これはもう,明らかにシステムの問題です。

 航空管制官は,1つのレーダースコープに表示される飛行機の数が一定以上に増えて,1人で対応できないと判断されたら即座に業務を他の人と分担します。なぜなら,1人が扱える飛行機の数には限界があるからです。つまり,人間が一度にやれる作業量には限界があるのです。したがって,その仕事に要求される作業の質や量,つまり「task requirement」に対して必要な人的資源を投入するというのは,ごく当たり前の考え方ではないでしょうか。

 さらに医療においては患者さんの症状,体調はさまざまですから,患者さんによっては他の人の2倍,3倍手間のかかる場合があるわけです。にもかかわらず,単に機械的に病床数と看護師数で配置を決めるから,そこに無理が出るのは当然の結果だと思います。病床に対する人数ではなく,手間のかかる患者さんとそうでない患者さんを判断し,task requirementに対して必要な人員配置をするべきなのです。

庄子 でも,そういう見方をするのは難しいんですよね。「これだけのことをこなせるのが一人前の看護師だ」とか,「優秀なドクターならこれくらいできるはずだ」というような教育をされていますから。

河野 そうですね。医療従事者の教育には課題が多いと思います。例えば医師の教育システム,特に研修医制度ですが,教育内容が個々の病院でバラバラで,「何をどのように教えるか」という統一されたシラバスのようなものがありません。

 さらに航空業界では「教育証明」という,いわば教える側の品質管理を行っています。医療には,教える側の能力をどう評価するかという視点がありません。これはおそらく教育を指導医-研修医間の問題と考えてきたからです。臨床研修制度が新しくなり,こうしたことは改善されていくと思いますが,この視点を忘れてはいけません。

まず机の上を片付けよ!

庄子 では私たち看護師1人ひとりは具体的に,まず何をすればよいのでしょうか。システムの改善を待っている間に自分も医療事故を起こしてしまうのでは……と不安を感じている看護師は多いと思います。

河野 たしかに待てませんね。私が一番言いたいのは,看護師さんは自分がいかに危険な職場で働いているかを自覚してほしいということです。システムの中で看護師さんは,最終実行者になることが非常に多い。

庄子 医師の間違いは看護師や薬剤師が気づくけれども,看護師の間違いはそのままストレートに患者さんのところへいってしまう,という研究報告がありましたね(図)。

図 投薬プロセスにおける事故/エラー(Batesら1995,Leapeら1995より)
投薬プロセスの4つの段階で発生するエラーの割合は「医師の指示」(39%)と「看護師による与薬」(38%)が高い。しかし「医師の指示」で発生したエラーのうち48%は看護師,薬剤師によって発見され,未然に防がれている。一方で,「看護師による与薬」ではエラーは2%しか発見されず,事故あるいは幸運例(エラーがあったが運良く事故にならなかった)がほとんどを占めている。(山内桂子,山内隆久『医療事故-なぜ起こるのか,どうすれば防げるのか』2000年,朝日新聞社刊,p.105)

河野 そうです。エラーをしたら,それがただちに事故に結びついてしまうんですね。ですから,まずは現状の理解。そしてそのあとに,それを避けるための方法を考えることが重要だと思います。

庄子 河野先生は講義で「まず机の上を片付けなさい」とおっしゃいましたよね。ミスが起こらないような環境を,自分で用意する必要があると。

河野 片付けるというよりも,むしろ「要らないものを捨てなさい」ということです。産業界では「5S活動」と呼んでいますが,整理・整頓・清掃・清潔・しつけのことです。それから,使ったものは元のところへ戻す。簡単なことですが,これがなかなかできないんです(笑)。

庄子 現場の看護師さんは,そこからやりましょうということですね。

■「人間中心の医療」をめざして

河野 私は最近,「人間中心の医療」ということを言っています。よく「患者中心の医療」と言われますが,患者さんのために何から何まで医療従事者が背負うようでは,とてももちません。

 「患者も含めて医療システムである」という視点,つまり「患者の側も積極的に安全でよい医療作りに参加する」ということが重要なのです。医療従事者が疲弊しきっていては,よい医療が提供できるはずもありませんから。

 例えば,医師や看護師に「お名前は?」と聞かれて,「さっきも聞いたじゃないか。何回も聞くな」と怒るようではいけません。安全のために必要なことですから,患者も確認作業に参加すべきなのです。

 患者さんはもちろん,医療従事者も人間です。ですから,「人間中心の医療」でなければ,医療システムはうまく機能しないんです。

庄子 なるほど。まずエラーを防ぐという意味だけではなくて,システム的な思考や「ヒューマンエラーは引き起こされるものである」ということを理解する。そして,同時にそれを患者さんにもきちんと伝えて,間違いがあれば患者さんにもどんどん指摘してもらえばよいわけですよね。

河野 そうです。そして最終的に,患者さんに被害がいかないようにすればよいわけですから。

ヒューマンファクター工学のめざすもの

河野 この“人間中心”という考え方は,私がヒューマンエラー対策のベースとしている,ヒューマンファクター工学の究極の目的でもあります。ヒューマンファクター工学による「人間中心のデザイン」という考え方が普及すれば,より使いやすい医療機器はもちろん,マネジメントや患者に対する接し方も改善されていくだろうと思います。

庄子 その発想は医療界からはなかなか出てこないですね。患者さんを中心に置くということが教育でも強調されて,嫌なことがあっても患者さんの前ではそれを見せず,忙しくても忙しくないように対応しなさいと習ってきていますから。

河野 エラー対策は“竹やり精神型安全”ではなく,「理に適う」という言葉どおり,理論的,合理的なものでなければ効果がありません。

 システム的な視点から考えれば,患者も医療システムの中の1つのコンポーネントであり,医師や看護師も皆コンポーネントなのです。そして,いわばそれらのコンポーネントが連合軍を組んで,病気と闘うわけです。しかし,そこに“患者中心”の考え方があると足並みが乱れてしまう。私はそう考えています。

庄子 私はリスクマネジャーをはじめた当初,「事故を防止する」という観点からばかりヒューマンエラーやシステムを理解しようと思っていました。もちろんエラーを防ぐことは重要ですが,今は医療の質を向上させるために,患者さんと一緒に医療をやっていくことの必要性を感じています。そして,そのことがすべての医療従事者によって,わかりやすく患者さんに伝えられていくことが「人間中心の医療」につながっていくのですね。ありがとうございました。

(おわり)


河野龍太郎氏
元航空管制官。航空管制業務中に航空機を衝突コースに誘導するというエラーを経験。エラー防止を目的に心理学を専攻。東京電力㈱入社後は原子力発電プラントのヒューマンファクターの研究に従事。現在,技術開発研究所ヒューマンファクターグループ特別研究員(スペシャリスト)。
事故におけるヒューマンファクターの研究をライフワークとし,ヒューマンファクター工学をベースとした体系的なヒューマンエラー対策を提案している。

庄子由美氏
東北大医療技術短期大学部看護学科卒業,東北大医学部附属病院勤務(集中治療部ほか)。在職中に厚生省看護研究研修センター看護教員養成課程を修了,東北大医療技術短期大学部看護学科助手,東北大医学部附属病院副看護師長(重症病棟ほか)を経て,現在に至る。
NHK「クローズアップ東北」(2003年7月),NHK「クローズアップ現代」(2003年9月)で東北大病院での安全管理の取り組みが紹介され,その後各病院等において医療安全に関する講演を行っている。