第2597号 2004年8月23日


〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第44回

シンデレラ・メディシン(6)
シンデレラになれなかった患者たち:
苛酷な医療負債取り立て(1)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2595号よりつづく

 前回前々回と,医療が市場原理の下で運営された場合に,「負担の逆進性」という深刻な問題が生じることを,無保険者に法外な医療費が請求されている米国の実態を例として説明した。

 しかし,シンデレラになれなかった患者たち(無保険者)の苦難は,法外な医療費を請求されることだけでは終わらない。というのも,病院による医療債務の取り立てはとりわけ苛酷であることで知られ,不運にも自分や家族が病気になってしまったために借金地獄に陥ってしまったという事例が跡を絶たないからである。以下に,前々回と同様,ウォール・ストリート・ジャーナル(2003年3月)に報じられた「悲惨」としか言いようのないケースを紹介しよう。

ある無保険者の悲惨なケース

 クィントン・ホワイト(報道時73歳)の妻,ジャネットが,喉頭部のがんでイェール大学病院に入院したのは1982年のことだった。2回の入院の後,イェールからは1万9000ドル近い診療費を請求されたが,ホワイトは無保険だったし,クリーニング屋の店員としてかつかつの生活をしてきた身としては,一度に払いきれる金額ではなかった。勤めていたクリーニング屋には従業員に医療保険を提供する財政的余裕はなかったうえ,メディケア(高齢者用医療保険)・メディケイド(低所得者用医療保険)に加入するには,若すぎたし,収入もありすぎた。かといって自分で医療保険を購入するだけの収入もなく,医療保険とは縁のない暮らしをせざるをえなかったのである。

 分割払いの交渉をしている最中に,イェール側の弁護士がホワイトの持ち家に抵当権を設定する許可を法廷からとりつけたが,これによって,イェールは,ホワイトが家を売却した場合,売却金から債務を取り立てる権利を確保したのだった。83年,判事の仲介で,毎週5ドルずつ返済するとの合意が成立したが,この時点で,法廷費用・延納料なども加わり,イェールへの債務は2万2000ドルに膨れ上がっていた。

 93年に妻が亡くなった後も,ホワイトは,イェールに対する債務を返済し続けた。96年,イェールの弁護士が返済額の増額を法廷に要求,ホワイトは毎週15ドルずつ返済するよう判事から命令された。それだけでなく,この直後,イェールは,ホワイトの銀行口座差し押さえの許可を法廷に求めた。ホワイトは,政府から振り込まれた年金は借金のかたに差し押さえられないよう法律で保護されているはずだと必死の防衛を試みたが,イェールは9600ドルを差し押さえることに成功,生涯の蓄えのうちホワイトの手元に残ったのはわずか5400ドルだけだった。

返しても債務が膨らみ続ける「借金地獄」

 ホワイトは引退後もこつこつとイェールへの返済を続けた。しかし,02年には自分自身が腎疾患で入院する羽目となり,返済が滞るようになってしまった。イェールは返済が途絶えるや否や,法廷から再度銀行口座差し押さえの許可をとりつけた。しかし,ホワイトの口座には政府からの年金振り込みによる入金しかなかったうえに,残高はわずか491ドルとあって,イェールは,口座差し押さえを断念せざるを得なかった。

 82年当初1万9000ドルだった債務に対し,ホワイトがこつこつと返しつづけた返済金総額は,03年3月時点で1万6000ドルに達していた。しかし,この間の利子(年利10%)が総額3万3000ドルに上ったうえに,法廷手続きの費用(イェール側の弁護士の手数料とその延滞利子も含まれる)なども債務に加わり,イェールに対するホワイトの債務残高は3万9000ドルにまで膨れ上がっていたのだった。妻が病気になったことがきっかけとなって,返しても返しても債務が膨らみ続ける「借金地獄」に落ち込んでしまったのである。

「取り立て会社」による勝手な取り立て?

 イェールによると,イェールが直接患者に請求する場合に延納利子を請求することはないが,ひとたび債務の取り立てが「取り立て会社」の手に移ると,利子を請求することが普通であるという。ホワイトに対する「苛酷」な取り立ては「取り立て会社」が勝手にしていることとイェールは弁明したが,ホワイトの取り立てを担当した「トビン&メリーン社」はイェールにとって最大の取り立て業者として知られ,00年の1年間だけをとっても,イェールから200万ドルの取り立て手数料を得ていたのだった。「トビン&メリーン社」が200万ドルの取り立て手数料を得た背景で,どれだけの患者・家族が,ホワイトのような悲惨な目にあったかを想像して背筋が寒くなるのは,筆者だけだろうか。

 ホワイトの事例が報じられた後,コネチカット州は州法を改正,「病気が原因で生じた債務は,ぜいたくや無駄遣いの結果としてできた債務とは違う」と,医療債務についての利子を,年利5%に制限することを決めたのだった。