第2595号 2004年8月2日


MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


病理医のみならず消化管専門医にも役立つユニークな教科書

消化管の病理学
藤盛孝博 著

《書 評》武藤徹一郎(癌研究会附属病院長)

記述は短く簡潔

 本書は従来の教科書の“常識の壁”をつき抜けたまことにユニークな本である。わずか213ページの本文中に,口腔から肛門までの腫瘍性疾患と炎症性疾患の病理を網羅し,さらにその理解に必要な発生と正常組織に言及し,染色法と遺伝子診断に関係する技術のエッセンスまでが記述されている。これほどユニークで読者の立場に立った教科書は類を見ないと言ってよい。病理学者の教科書は,概して記述が長く,しばしば自己主張が多いのが一般的であるが,本書はそれとはまったく逆に,記述は短く簡潔で研究的データ,自己主張は一切なく,公認されている分類と必要最小限の写真が提示されているのみである。読者はまず本書の記述の思い切りのよさに感嘆するであろう。やろうと思えば,物事はここまで無駄をなくすことが可能なのである。しかし,症例を中心にまとめたと著者が述べているように,教科書としての十分な情報も満載されている。単著であるがゆえの,あれも書きたいこれも書きたいという誘惑をバッサリと断ち切って,ここまで簡略にまとめた著者の勇気と英断には,お見事と感服せざるをえない。

 著者の藤盛博士は今では高名な消化管病理の大家であるが,筆者は氏が現在のように主役を演じる以前から注目し,期待を込めて見守っていた。従来の病理医とはちょっと肌合いの違う言動に,戸惑いを感じる臨床家も少なくなかったと想像するが,分子生物学的手法を古典的病理学に積極的に取り入れる,という新しい方向をめざす姿勢には常に声援を送ってきた。氏の教室には学内外から常に多数の留学生が集まっていると聞くが,本書の出版に際して彼らの協力が大きかったことは同慶の至りである。比較的短期間にかかる大著(ページ数は少なくても内容は大著に匹敵する)が著せたのも,多方面からの資料提供を可能にした氏の日頃の情熱とリーダーシップのなせる業であると敬服している。

多忙な医師の生活にマッチした近代的教科書

 さて,本書のユニークな内容について簡潔に紹介する必要があるだろう。全体で8章のうち,第1章で生検,切除材料の取り扱い,生検に関する実際の諸注意が述べられている。さらに,大腸sm癌の取り扱いが説明され,大腸sm癌の種々相としてsm癌のさまざまな典型例が提示されている。この「○○癌の種々相」は各臓器別に症例報告のごとく提示されているのが独創的で,初心者はここを通覧すれば消化管病理の門をくぐったことになる。

 あとは,口,食道,胃,小腸,大腸の順に各臓器別の種々の疾患に関して,2-3行から数行の無駄のない説明と内視鏡像,病理組織写真が並び,通覧すれば消化管病理の概要は理解できるようになっている。記述が短く簡潔なので,読むのにも時間はかからない。最近の多忙な医師の生活にマッチした,近代的教科書と言うべきであろう。

 第7章が本書のユニークさの一端を示している。ここでは,通常は最初に来るであろう消化管の発生,器官形成が語られ,正常組織像のアトラスが提示されている。第8章の消化管病理に必要な基礎的染色法と遺伝子診断に関連する技術の項は,著者の面目躍如たる部分であり,本書の最大の特徴の1つをなすと言ってもよいであろう。染色法,遺伝子診断法ともに試薬の作り方から検出法までが提示されている。必要とあれば,読者はその記述に従って染色,遺伝子診断を行うことができる。何と行き届いた教科書であろうか。古典的病理学に満足しない著者の,より多くの若い病理医ならびに臨床医に,著者のめざす方向への理解を深めたいという願いが伝わってくる。

 文献は565編が巻末に収録されているが,それ以外にどの教科書にも引用されているような代表的なものは,本文中の括弧の中に配置されているのも無駄がなくてよい。教科書は大成し高齢に達した大家が著すものという常識は,もはや過去のものであることを,本書を通覧してしみじみと感じた。しかし,一方で,著者が成熟の域に達した時に著す成書はどんなものであるかが楽しみでもある。本書は病理医のみならず消化管専門医にとっても有用であり,あまねく消化管の臨床家に推薦したい。

B5・頁264 定価12,600円(税5%込)医学書院


聴覚障害幼児に対する訓練経過を具体的に記載

言語聴覚士のための
子どもの聴覚障害訓練ガイダンス

立石恒雄,木場由紀子 編

《書 評》能登谷晶子(金沢大教授・作業療法学)

経験の浅い言語聴覚士にも心強い

 本書は,聴覚障害幼児を対象とした聴力検査,補聴器装用,人工内耳のマッピング,聴能言語指導の実際について,具体的な症例を提示しながら訓練経過をまとめたものである。第1章の「聴力検査と補聴器」では,乳幼児の聴力検査を担当する現場の言語聴覚士にとって必要な検査の具体的な方法や注意点が書かれている。また,両側外耳道閉鎖症例や重複症例に対する補聴器の装用指導経過や両親指導などについても触れられている。第2章の「小児の聴能言語指導」では,前言語期レベルから構文レベルにいたる指導の経過がまとめられている。第3章の「幼・小児の人工内耳」では,各症例のマップが実際に提示されているので,臨床で人工内耳のマッピングをしている言語聴覚士にとって大変役立つところである。

 実際の臨床場面では,ABR,CORなどによってわが子の聴覚障害が明らかとなった場合にも,家族にわが子の聴覚障害を受容してもらうことは容易ではない。本書には随所に長年聴覚障害幼児の臨床を実践してきた言語聴覚士が臨床場面で行っているさまざまな工夫も記載されており,まだ臨床経験が浅い言語聴覚士にとって大変心強いものになっている。

聴覚障害幼児の訓練施設は増えつつある

 聴覚障害を担当する言語聴覚士は総合病院の耳鼻咽喉科,難聴幼児通園施設,聾学校,耳鼻咽喉科開業医などで働いている場合が多いと思われる。現在,聴覚障害の言語訓練を行っている言語聴覚士にとっても大変役に立つ1冊であるだけでなく,これから言語聴覚士をめざしている養成校の学生さんや保健師,看護師,学校の聞こえや言葉の教室担当者にとっても役立つ本である。聴覚障害児童を扱う大変さとともに,聴覚障害の領域が言語聴覚士にとってとてもやりがいのある領域であることも本書を一読すれば伝わってくる。

 最後に,地方ではまだまだ聴覚障害は聾学校で訓練するものとしか思いつかない医療関係者も多い。しかし最近は総合病院のみならず,一般の耳鼻咽喉科にも言語聴覚士が配置されるようになり,聴覚障害幼児の訓練が居住地の近くで可能になりつつあることを付け加えておく。

A5・頁256 定価3,675円(税5%込)医学書院


急性腹症診療の原点を見直す

急性腹症の早期診断
病歴と身体所見による診断技能をみがく
Cope's Early Diagnosis of the Acute Abdomen, 20th Edition

William Silen 著
小関一英 監訳

《書 評》箕輪良行(聖マリアンナ医大教授・救急医学)

手術すべきかの決断は所見と経過に基づいてなされるべき

 急性腹症とは迅速な診断と早期治療が必要な病態だが,その治療は必ずしも手術に限らない。急性の腹痛を訴える患者を前にした臨床医は「今すぐ,診断しよう」をモットーに,検査を依頼する前に必ず自身で注意深い病歴聴取と身体診察を行うべきである。それらが不完全であると,臨床検査やX線検査を信頼しすぎて診断を誤ることがある。多くの場合,手術すべきかどうかの決断は,検査結果による診断の確証がなくても,所見と経過に基づいてなされなければならない。

 非常に大胆に要約すると,本書のメッセージは上記のようにまとめられるだろう。1921年にCopeが初版を著して以来,版を重ねて現在に至っても一定のインパクトを有するのは,これらのメッセージが今もなお有効であるからに違いない。

80年の歴史に裏打ちされた圧倒的説得力

 かつて評者が日本医科大学の救命センターで訓練を受けたとき,本書の監訳者である小関一英先生が主唱して“Management of Trauma”という厚い教科書を読破することになり,数名の研修医と必死についていった。小関先生がオペ着に白衣を重ね着して,いつも左腕に数冊の英語テキストを抱えていた中の1冊がこのCopeの原本ではなかったかと思う。これほど文字に溢れた本は今時少ないだろう。225頁からの30ほどの画像を除くと,34葉の挿図があるだけである。80年の本書の歴史を越えて,現代医療の実践に足るだけの図譜がここにあり,これらは決して軽んじてはならないものである。評者が今までまったく見たことのない視点からの図がいくつかある。「内閉鎖筋テストに関係する解剖学的構造(図1)」,「胃・十二指腸・腸管潰瘍穿孔が診断される肝鼓音域(図19)」,「疝痛(図22)」,「右側の腹部痛が胸部由来であるか腹部由来であるかを鑑別する方法(図34)」には新鮮な感動があった。

 もちろん,日本と米国の医療現場の違いには,記述の随所で違和感を覚える。例えば,急性腹症における水溶性造影剤を用いた造影検査の意義について,本書では疑問を呈しつつも,上部消化管穿孔を疑う場合にかなり高い評価を与えている。内視鏡検査が広く普及して安全に行えるわが国の第一線の医師にはやや奇異に思われた。

 ともあれ,本書は80年にわたって読み継がれてきた作品として,急性腹症の診療の原点を見直すうえで圧倒的に説得力のある本である。

A5変・頁272 定価4,200円(税5%込)MEDSi


世界で最も愛される解剖学図譜,待望の改訂!

グラント解剖学図譜 第4版
Anne M. R. Agur 著
山下 廣,他 訳

《書 評》坂井建雄(順大教授・解剖学)

不思議な魅力

 『グラント解剖学図譜』は,世界で最も愛されている解剖学図譜である。その待ちに待った新訳がついに刊行された。この前の第3版が出てから,20年ぶりのお披露目である。原書は,1991年に出版された“Grant's Atlas of Anatomy, Ninth Edition”である。

 「グラント」の解剖図には,独特のわかりやすさと,不思議な魅力がある。例えば,下肢と上肢のところでは,骨,血管,神経の全体図がコンパクトにまとめられている。胸腹部内臓の前面と後面からの全体像も,まさにこんな図がほしいと思いながら,他ではちょっとお目にかからないようなものである。講義の準備をする時に,ついつい「グラント」の解剖図を多用してしまう。

 何といっても,「グラント」の魅力の中心は,彩色ハーフトーンによる解剖図である。彩りがほんのりしていて,人体解剖の実在感を残しながら,柔らかく優しい印象を与える。しかも構図の取り方が,実にすばらしい。1つひとつの解剖図が,何を中心に描きたいか,そのテーマが絞り込まれて明確である。皮膚を一部残したり,周辺の構造まで少し余分に描くことで,何をどこから見た図なのかが,一目瞭然にわかる。構図を広くとりすぎると,何から何まで描き込まれてしまって,テーマが散漫になってしまう。狭く絞りすぎると,いったい何を描いているのか,全体の中での位置づけが見えなくなる。その辺りのバランスが秀逸である。

観察に基づいた解剖図

 解剖図の良し悪しがわかるには,若干の経験とセンスが必要なのかもしれない。「グラント」の解剖図が優れているのは,人体解剖の場面を実際に観察して,正確に描いているということである。『ヴォルフ・ハイデッガー人体解剖カラーアトラス』なども同様に,人体解剖の観察をもとに描かれている。観察して描いた解剖図か,知識をもとに描いた解剖図かは,目のある解剖学者であれば,容易に区別がつく。神経や血管の走り方の微妙なばらつきが損なわれて,走行や分岐が規則的に描かれていたり,太さのバランスが異様であったり,そんないい加減な解剖図で,一見ハーフトーンで美しく描かれているものが,意外とよく売れていたりする。概念図でありながら,解剖図であるかのように装うこんなまがい物は,学習者にとって大きな誤解のもとである。知識に基づく概念図はそれらしく線画で,解剖図は美しくハーフトーンで描くべきだ,と私は思う。そんな内容と形式が一致した,良質な解剖図譜を用いて,多くの人に学習してもらいたいものである。

 「グラント」の解剖図は,この『グラント解剖学図譜』だけでなく,他の教科書や実習書にも用いられている。昔から有名なのは,“Grant's Dissector”という解剖実習書である。最近では,Moore and Agurの“Essential Clinical Anatomy”という臨床解剖学の教科書にも転用されている。こちらは,私の訳により『ムーア臨床解剖学』として出版されているので,日本の読者にもなじみが深いと思う。

 この『グラント解剖学図譜』は,原書ではすでに第10版が出版され,近々第11版も出版の見込みだと聞いている。日本語訳の出版も,なるべく早く,原書の改訂ペースに近づいてもらいたいものだと,強く願う。それだけ多くの人が待ち望む,解剖図譜である。

A4変・頁684 定価12,600円(税5%込)医学書院


20世紀に発展した脳神経外科手術の総まとめ

脳神経外科手術アトラス 上巻
山浦 晶 編

《書 評》福井仁士(九大名誉教授/佐世保共済病院長)

術前に一読するのに最適

 本書は,20世紀に発展した脳神経外科手術の総まとめの,実現可能な技術を示すものとして刊行された。本書には,脳神経外科手術の方法や手技を中心として,それに付随する検査法,麻酔法,手術機器などが要領よく行き届いて示されている。各項に画伯による見事な図が網羅されており,読者の理解が得られやすいように配慮されているのが本書の特徴であろう。

 編集者の山浦教授が本書の「序」で述べられているように,すぐれた図は多くのことを語るものである。写真では表すことの難しい手術の真実を,すぐれた図が総合的に表してくれる。

 また,DOs & DONTsとして,やるべきこと,してはならないことが各項につけられて注意を喚起している。読者が症例にあたり,方針を考えたり,術前に一読するに最適なアトラスとして推薦したい。

症例によっては積極手術を行う勇気を

 20世紀の終わり頃から,わが国でも患者さんの医療に対する意識が大きく変わり,とくに21世紀になって医療訴訟が急増してきた。その結果,手術を行う場合患者さんのQOLの低下を避けるため,消極手術になってくる傾向がある。

 しかし,症例によっては患者さんの予後を大局的に考える場合,積極手術が望ましいことがあるだろう。このような場合,患者さんに十分に説明して承諾を得た上で,積極手術を行う勇気を術者は持ってほしいと思う。積極手術を行う時,術者は手術目的を達成し,手術合併症を避けるべく最大の努力をしなければならない。本書は,そのような目的の指針としても役立つであろう。

 本書は,日本で活躍している68名の脳神経外科および関連領域の医師の分担執筆によるものであるが,欧米の医学書に劣らぬすぐれた内容となっている。第2次世界大戦後に日本脳神経外科学会が創立された頃,日本の脳神経外科は欧米に比べて大きく遅れをとっていたが,先輩および現役の各位の努力によりここまで発展してきたことを慶びたい。また,編集者の山浦教授はこれまで多くの脳神経外科の医学書を刊行してこられたが,大学生活の終わりに近くなってこれまでのノウハウを注ぎ込んで立派な本書を刊行されたことに敬意を表したい。

A4・頁448 定価39,900円(税5%込)医学書院