医学界新聞

 

【投稿】

地域に根ざした家庭医を見学して

金子春香(福島県立医科大学5年生)
大坂友希(同大学4年生)


見学の経緯

 私たちは医学部に入学して間もない頃,専門化された医療の他に,プライマリ・ケアに重点を置く医療の存在を知りました。そして,これが多くの患者さんにとって必要なものであり,一番身近な存在である点に大変興味を持っていました。

 昨年11月の福島県立医科大学の大学祭で,「地域とともに泣き笑い」と題した家庭医療についての楢戸健次郎医師の講演を拝聴しました。講演の後,家庭医療についてもっと知りたいと思い,診療所の見学をさせていただきたいと申し出たところ,快諾してくださったので,春休みを利用して見学に伺いました。

 楢戸医師は,北海道岩見沢市の東町ファミリークリニックと空知郡栗沢町美流渡(みると)診療所において,3名の医師と当番制でグループ診療を行っています。どちらの施設も見学させていただいたのですが,主に美流渡診療所について書きたいと思います。

美流渡とは

 美流渡診療所は北海道のほぼ中央,山間の旧炭坑町,空知郡栗沢町美流渡にあります。美流渡の人口は1500人前後,過疎化と高齢化が急速に進んでおり,人口のほぼ半分が65歳以上です。隣の岩見沢市までは車で30分。タクシーは1台しかなく,救急車もありません。長屋やトタン屋根の住宅がほとんどでお年寄りの独居が多いことも特徴です。この地域唯一の診療所,美流渡診療所に来院する患者さんは1日約50人,混雑する時では80人程度です。

 冬は雪が深く,積もった雪で窓が閉ざされてしまうこともあります。雪に不慣れな私たちが怖くて歩けないような凍結した山道を,お年寄りの方が30分以上歩いて診療所まで来る様子が印象的でした。

美流渡の家庭医

 美流渡診療所の外来では,慢性的な病気を抱える高齢者が多く受診していました。先生方の診察を見学していると,ただ問診を取るだけでなく,患者さんが思うままに話すのをよく聞き,整理し直すことで患者さんの問題を的確に捉えていました。

 時間をかけて1人ひとりの患者さんの話を聞くため,帰っていく患者さんの,不安の解消した満足げな顔がとても印象的でした。また,寝たきりの患者さんを抱える家族の心の相談など,患者さんだけでなくその家族の問題に至るまで相談にのることもありました。患者さん1人の病気を治療することに焦点を置きがちな現代において,患者さんを支える家族までケアできる家庭医の必要性は,これからますます高まっていくのではないかと思います。楢戸医師いわく「金貸し,犬猫の避妊手術,縁談の世話以外なら何でもOK」とのことで,こうした何でも相談できる心強さが家庭医の魅力だと感じました。家庭医に必要な心構えとは,住民のどんな小さな不安も受けとめようとする気持ちではないでしょうか。

往診に同行して

 美流渡では地理的に隔絶された家庭や,高齢者の一人暮らしが多いため,診療所に通えない患者さんの家に定期的な往診を行っています。患者さんにお話を伺ったところ,「先生がいてくれて,本当に助かってるよ。ありがたいね」という言葉が多く聞かれ,美流渡診療所への信頼の厚さが感じられました。この地で30年間,地域に根を下ろした継続的な診療を続けきたからこその結果だと思います。

 美流渡診療所での当直中に,動脈性の鼻出血を起こした患者さんに出会う機会がありました。楢戸医師と私たちは車で患者さんの家にかけつけ,一次処置を行った後,隣の市の専門医に送ることにしました。患者さんを直接車で専門医のところまで送っていく間,楢戸医師は常に「大丈夫だよ,もうすぐ着くからね」と励まし続けていました。不安な患者さんを癒すのは医療だけではなく,こうした一言なのかもしれません。

 専門医の治療に立ち会っていた際,楢戸医師は「自分のできる範囲を見きわめるのは大切なことだ。それから,直接自分で患者さんを送り届けること。そうすることで専門医の先生も嫌な顔せずに診てくれる」と語ってくれました。家庭医にとって必要なのは,自分の治療できる範囲を的確に見きわめ,必要であれば専門医に送る決断をすること。そして患者さんや,専門医との関係を大切にすること。しかしそれは,単なる医療機関の取り次ぎや一次医療しか行わない医師という意味ではなく,患者さんの病態や家族背景を考慮したうえで最も適すると考えられる医療行為や,アドバイスを行えるスペシャリストという存在であると思います。

住民の身近なところに

 美流渡診療所では診療以外に,高齢者に使用済みのスキーストックを配布し,転倒予防に役立てるという研究も行っています。特に冬は雪で道が滑りやすくなるため,転倒の予防は大切で,安心して外出できることは閉じこもりの防止にもなります。

 また楢戸医師は保健センターで健康教室の講師としても活動され,疾病予防・健康増進の取り組みも行っています。こうした活動ができる背景には,グループ診療を行っていることが大きいと思います。きめ細かい医療を提供し,また医者のQOLを保つためにも,ゆとりのある診療体制が必要であると感じました。

 楢戸医師はある文献で,「住民の身近なところにいて,いつでも家族の保健,医療上の相談に乗り,ありふれた病気は適切に処理し,また場合によっては適当な専門医に紹介するような医師,“家庭医”が将来日本にも必要ではないか,自分もそんな医師になってみたいと思った」と書かれています。楢戸医師は,まさにそのような“家庭医”でした。今回の見学を通して,これまで何となく曖昧であった“家庭医”が少し明確になったように思えました。

見学を通じて思ったこと

 現在の医療界で専門医志向が強く根付いている中で,最近地域医療や家庭医療が話題になってきています。福島県でも医療過疎地が多くあり,以前参加した福島県での大学改編シンポジウムでも,地域に根ざした医師が住民に求められていることを痛感しました。しかし,現在のカリキュラムでは大学在学中に地域医療,家庭医,総合診療というものに触れる機会が少なく,大変残念に思います。そこで私たちは「家庭医・地域医療」などを勉強するサークルを結成しました。驚くことに,学生の中にはこれらに興味がある人が多数いることがわかり,ともに学んでいくことに喜びを感じています。また,各学年の授業でも地域医療を垣間見る機会も若干増えてきており,入学当初からこのような医療の存在を知ることができるのは,将来どの道に進むにしろ貴重な体験になると思います。これからも,様々な授業や実習を通じて,もっと多くの人に,こういった医療があることを知ってほしいです。

 また今回の見学で,医師と患者さんの信頼関係がとても大切だということを強く感じました。医師である前に人間として,人と人との関係がうまく構築されてこそ,患者さんの家庭環境,家族背景,社会的問題までをも聞き出すことができ,患者さんに合った医療行為を行えるのだと思います。机上の勉強だけでなく,色々なことを経験して,心豊かな医師になりたいと思いました。

 最後に,私たちをこころよく迎えてくださった,美流渡診療所および東町ファミリークリニックの先生方,職員の皆さんに,この場を借りて厚くお礼申し上げます。