第2593号 2004年7月19日


投稿

メキシコの医学教育と医療

-医学部6年生は1人で僻地へ

板東 浩(日本プライマリ・ケア学会広報委員会)


はじめに

 本邦ではプライマリ・ケア医学の必要性や卒前卒後の教育制度について議論がなされている。これまで筆者は世界家庭医学会(World Organization of Family Doctors)に関連し,諸外国における医学教育制度を報告してきた(詳細はhttp://hb8.seikyou.ne.jp/home/pianomed/)。このたびメキシコの医療に触れ,興味深い医学教育の一面を知る機会を得たので,報告させていただきたい。

卒前に「社会奉仕」

 メキシコには57の医学校がある。医学専門課程は6年間で日本と同様だが,実際にはまったく異なるカリキュラムだ。4年間で講義が終わり,5年目はインターンの期間。直後に行われる試験は,全国共通でなく各大学で審査されるものだ。

 そして6年目の内容を知って,私は驚いた。この1年間は「社会奉仕」と呼ばれ,メキシコ特有の制度であり,僻地医療に従事するのだ。それも,通常たった1人で判断し治療することが多いという。当然ながら,僻地では分娩介助も行うこともある。そのため,インターンの時期には,医学生は目の色を変えて,何でも学び吸収しようと必死である。

 同国には無医村が少なくないため,状況に合った制度であるといえる。社会奉仕の間は,患者を診ながら別室で本を開いて調べ,極限状態に置かれることもしばしば。社会奉仕を終えたら国家試験を通過し,ようやく医師免許を与えられる。

 もちろん,この制度には若干の弱点もある。5年修了時の試験は大学の基準に任され,習得の度合いが明らかではない点だ。しかし,本試験レベルの議論よりも,第一線で診療にあたる経験のほうが,実践的で役に立つであろう。この制度の大きなメリットが,もっと世界中で知られ普及すべきだと考える医学関係者も少なくない。

卒後のレジデンシー

 同国のレジデンシープログラムは米国に類似する。卒業後に試験をパスしてから,自分が希望するプログラムに入る。家庭医学はスペイン語でmedico familiarと呼ばれ,内科や外科など選択科の必要年限は最近長くなり,4-5年かかる。

 レジデンシーを修了して専門医となった後に,米国やスペインなど外国に行く医師がいる。研鑽を深められるだけでなく所得が数倍に増えるため,帰ってこない医師も少なくない。最近米国からノーベル賞受賞者が多く出ているが,メキシコの脳外科医が米国で研究し受賞するような例があり,この意味で,頭脳の流出も懸念されている。

保険診療と自由診療

 日本と異なり,メキシコの医療制度は二重構造だ。患者サイドでは,保険診療と自由診療が混在している。公立病院の医療費は無料だが,予算の関係で満足できる診療は望めない。公立病院での医療事故のニュースも少なくなく,国民は保険診療の質が低いことを周知している。

 一方,自由診療では,希望する私立病院を自由に受診できる。同国で設備が整った大きな病院はすべて私立。個人の開業医でも,時間をかけて診療を受けられるが,医療費は高い。先進医療は,すぐに米国から導入されるという。

 一例をあげれば,眼科におけるフラップのレーザー治療は,日本では少ないが,同国での手術件数は桁違いに多い。術数が多ければ,それだけ成功率も高くなり,メキシコにおける各専門家の治療レベルは高いとされる。

 また,医師サイドにも二重構造がある。経験の浅い医師が,午前中は公立病院で,午後は私立の診療所で働く場合がある。保険診療と自由診療を合わせた混合診療を1人の医師が行っていることになる。

 自由診療では,医療費の価格はすべて医師が自由に決められ,国は関与しない。薬については完全な医薬分業であり,病院で処方せんをもらい,院外薬局で薬を受け取る制度だ。例えば,上気道炎で受診し,3日間抗生物質と若干の薬剤を処方された場合,薬剤だけでほぼ1万円ほどになる。

最近の動向

 米国と同様に,メキシコでもいろいろな企業が医療保険を売る時代である。会員制の病院も増えてきている。会員を集め,大企業や組織と提携し,お金をうまく循環させることによって病院経営を行う。医療保険会社とのかかわりも重要だ。

 同国の医療保険は,同国で働く労働者に与えられる。1人の医師と妻の場合,年間に15-20万円を支払う。メキシコの物価は高いがサラリーは低いため,生活は楽ではない。

 子どもの数について,現在の日本で祖父母の兄弟が3-6人で,父母が1-3人ほどと仮定すれば,メキシコではちょうど一世代遅れているという。同国では教育にお金がかかるので,次の世代が1-2人になるだろうと推測し,厚生省も僻地でバースコントロールの教育活動を行っている。

 メキシコの人口は9736万人(2000年国勢調査)で,2001年の死因統計を表に示す。糖尿病が第1位,興味深い項目として交通事故1.4万人,他殺1.0万人,栄養障害1.0万人などがある。新聞でも,子どもの肥満や高血圧が話題だ。fast foodの普及で食習慣が変わり,特に都会では運動習慣が減り,改善が求められている。

日本人医師の活躍

 偶然にも,1人の医師と出会った。大学卒業後に南米に渡り,スペイン語を学びながらメキシコのグアダラハラ医学校を卒業した田富博義先生。専門は整形外科でグループ診療を行っている。持ち前の忍耐と向上心で医療界の信頼を得て大使館関係の仕事にかかわり,医療保険会社とも良好な関係を築き,避暑地カンクンにレストランを所有する経済人としても成功している。

 日本では医局制度があり,卒業後も面倒をみてくれるのが普通だ。しかし,メキシコでは卒業後の進路は自分の力で切り開いていく。努力するものは発展するが,逆に技術や信頼がない医師は働き場所がなくなり失業する。当然ではあるが,医療の世界は厳しい。異業種のグループ診療をしていると,相互に紹介するので,ある程度有利であるという。

表 メキシコの死因統計
疾病名 2001年 1997年
1 糖尿病 11.30% 8.2% (3位)
2 心臓病 10.30% 15.5% (1位)
3 肝硬変 5.80% 5.2% (6位)
4 脳血管障害 5.80% 5.6% (5位)
5 周産期死亡 4.10% 4.5% (8位)
6 閉塞性肺疾患 3.60%      
7 交通事故 3.10% 3.3%  
8 肺炎肺感染症 3.00% 4.5% (7位)
9 ネフローゼ 2.40% 2.3% (10位)
10 高血圧関連疾患 2.30%      
11 他殺 2.30% 3.1% (9位)
12 栄養障害 2.00% 2.3% (11位)
1997年の死因の上位は心臓病15.5%,すべての癌11.6%,糖尿病8.2%。2001年は集計方法が変更され,癌は臓器別の集計となった。発表された癌の項目を総計すると5.6%だが,すべての癌を含んでいない。比較可能な項目は表中に挿入した。

おわりに

 本稿では,メキシコの医学教育と医療について,若干,紹介させていただいた。国の事情に合わせた教育内容をとっており,将来医師数が増えれば,制度も変わってくるだろう。医療は,米国の先進医療が直ちに導入される土壌があり,長所の1つと言えよう。しかし,一方で,資本主義の歪んだ姿を反映した自由診療と保険診療のギャップの存在が問題だ。今後は,糖尿病などの生活習慣病への対策なども課題になってくると思われる。