第2589号 2004年6月21日


短期集中連載〔全5回〕

「医療費抑制の時代」を超えて
イギリスの医療・福祉改革

第3回 第三の道とニュー・パブリック・マネジメント

近藤克則(日本福祉大教授/医療サービス研究)


2588号よりつづく

 世界で初めて,すべての国民に医療を保障して半世紀,NHSはイギリス人の誇り・心(soul)であった。それが,長期に及ぶ医療費抑制の結果,「質」が低下し「医療費」の安さだけが取り柄になってしまった。

 国民の不満が高まる中,「第三の道」をスローガンにNHS改革を公約に掲げ,1997年の総選挙で勝利したのがニューレイバー(新しい労働党)のブレア政権であった。

「第三の道」

 「第三の道」とは,「公正」を「効率」よりも重視した古い労働党の「第一の道」でもなく,「効率」のために「公正」を犠牲にした保守党の「第二の道」でもない。「公正」も「効率」も共に重視する思想である。

 保守党政権の行ったことでもよい点は残し,変えるべき点は改革するという。保守党による内部市場導入のNHS改革(1990年)についても,次の3点は残すべきとした。(1)医療サービス計画部門と提供部門の分離,(2)プライマリ・ケアの重視,(3)中央政府から現場により近い部署への権限委譲である。

 一方,捨て去るべき点と改革の方向として,以下を含む7点を示した。(1)財政的理由や競争でなく臨床的ニーズや協力を重視する,(2)競争での優位を守るために共有できなかった最善の医療実践(best practice)を共有する,(3)効率偏重を廃し効果や医療の質も評価する,などである。

NHS改革に見るニュー・パブリック・マネジメント

 ブレアのNHS改革の全体像(図)をとらえるためには,ニュー・パブリック・マネジメント(NPM)を知る必要がある。それは,公共サービスに民間企業の経営手法や競争を導入することで効率化を図ろうとする理論と行政改革をさしている。

 その第1の特徴は,品質管理の重視である。まず国として保証すべき医療の水準をNSF(National Service Framework)で示した。NSFでは「最良の実践(best practice)」をEBM(根拠に基づく医療)に沿って明らかにした。

 第2の特徴は,効率の重視である。NPMでは,“Value for money”や“best value”などが強調され,「投じた費用に見合う最大限の価値」を生み出すことが求められる。これを推進するひとつの機構が,国立最適医療研究所(NICE)である。これは費用対効果(=効率)の視点から,医療技術を評価する研究機構である。

 第3の特徴は,現場への権限委譲である。プライマリ・ケア・トラストや病院を運営するNHSトラストの裁量を広げた。その代わり臨床現場における統治(クリニカル・ガバナンス)の重要性を強調した。NSFやNICEの示した基準を参考にしながら,生涯研修や専門職の自己規制を通じて診療の質を確保する責任は現場にあるとした。

 第4の特徴は,評価の重視である。医療の質や成果については,3つの方法-(1)PAFと呼ばれるベンチマーク,(2)NICEやNSFで推奨されたガイドラインが遵守されているかどうか保健医療改善委員会(CHI)が監査などでモニタリング,(3)サービスの質についても,患者(顧客)の経験したサービス内容や意見を重視し,CHIがチェックするようになったのである。

 PAFとは,病院や運営主体であるトラストの業績や成果をベンチマーク(数値化された指標群)で評価する仕組みである。これにより,待機期間・患者数,平均在院日数,コスト,主要疾患別の死亡率や自宅退院率,再入院率などが,病院を運営するトラストごとに公開され,その善し悪しが一目でわかるようになってしまった。

「医療の質」と「公正」の重視

 NPMの考え方は,すでに保守党により導入されていた。では,何が新しくなったのか?

 違いは,「質」と「公正」の重視である。保守党の信奉した新自由主義では,「効率」を重視し,政府による規制や介入は「非効率」として嫌い,市場や競争に委ねることを好む。他の売り手に競り勝つために,事業者は「効率」とともに「質」の向上を追求するはずであり,悪「質」事業者は市場から撤退を迫られる。その結果,医療の「質」は高くなると信じた。しかし,現実はそうならなかった。

 これに対しブレア政権は,「効率」は引き続き重視するが,そのために「質」を犠牲にはしないとした。そして,「質」を高めるために図示したような仕組みを導入したのである。

 もうひとつ,「健康の不平等」を容認せず「公正」や「平等」を重視した。例えば,政府が設置した委員会(アチェソン委員長)により,社会階層の低い層で健康状態が依然として悪いことが報告された。そして,この「健康の不平等」をなくすため政府の行動計画を発表した。また,受けられる医療の居住地間格差に対しても,NICEを設置して,費用効果の視点から全英で提供されるべき医療技術を検討したのである。さらにPAFでも「公平なアクセス」がモニタリングされている。

 以上,「第三の道」とNPMが,ブレアのNHS改革の思想であり,そのグランドデザインである。

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近藤克則氏
1983年千葉大卒。船橋二和病院リハビリテーション科長などを経て,1997年日本福祉大助教授。2000年8月より1年間University of Kent at Centerbury のSchool of Social Policy, Sociology and Social Research の客員研究員。2003年より現職。専門分野はリハビリテーション医学,医療経済学,政策科学,社会疫学。