医学界新聞

 

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英国の家庭医教育システム

一戸由美子(Northwick Park NHS Hospital・産婦人科)


 私は秋田大学医学部を卒業後,2年間の研修医ローテーションと2年半ほどの病院勤務を経て渡英し,英国医師免許を取得しました。現在はロンドンにあるNorthwick Park NHS Hospitalの産婦人科に勤務し,家庭医になるための研修をしています。

 「揺りかごから墓場まで」をモットーとした英国医療。これを支えているのが家庭医と呼ばれる医師であり,この家庭医について紹介したいと思います。


英国の家庭医-General Practitioner

 家庭医とはプライマリケアの第一線で働く医師で,英国ではGeneral Practitioner(GP)と呼ばれ,他の国ではHome DoctorあるいはPrimary Physicianとも呼ばれています。英国では,患者さんの身体・心に何か問題が生じた場合,最初に相談・診療にあたるのがこのホームドクターです。日本ではまだなじみのうすい「総合診療科」としての専門性を持った医師であり,歯科を除くすべての診療に対応します。一般内科・外科はもちろん,耳鼻科,眼科,皮膚科,産婦人科,精神科も含んだプライマリケアを行うため,幅広い医療知識と技術の修得が必要とされます。

 日本と英国の医療システムの最大の相違は,英国がGPシステムを採用していることといえるでしょう。図に示したように,患者は救急の場合を除き,必ずGPの診察を受け,必要のある場合のみ専門医に紹介されます。2000年の統計によると受診患者の73%はGPによって治療され,専門医に紹介されることなく解決されています。このシステムにより,英国の各科の専門医はより高度な専門疾患診療に集中できるようになっています。

 このように,プライマリケアとセカンダリケアの境界が明瞭で,両者がその専門性を高く保持しつつ連携体制をとって患者の治療に携わっているのが英国の医療システムの特徴です。

GPの仕事

プライマリケア業務
 GPが勤務する診療所はベッドを保持しておらず,外来業務が主です。しかし時には,往診や在宅医療サポートを要求されることもあります。全科を対象とした診察・投薬治療をはじめ,縫合・膿瘍の切開などのminor surgery,母子保健業務(妊婦健診,乳児健診),性教育・家族計画業務(避妊リング挿入や経口避妊薬の処方),慢性疾患外来(喘息,糖尿病),予防医学(予防接種,子宮頸癌検診)など,その医療活動は広範囲にわたります。

セカンダリケアへの窓口業務
 精密検査や専門医による治療,入院が必要な患者は病院(高度医療機関)へ紹介されます。この際,必要な患者情報(病歴や投薬歴など)を紹介先へ提供することもGPの大切な仕事です。専門医による治療が終了すると,患者は病院からGPへと戻され,以後専門医の指導のもとでフォローアップ治療が継続されます。

GP教育システム

 GPになるには幅広い医学知識と技術の修得が必要となるため,ある一定のトレーニングを修了することが要求されています。具体的には,Royal College of General Practitioner(英国家庭医協会)により認定された内容の研修を行い,修了証を受理することが義務付けられています。研修はトレーニング資格を所持した指導医のもとで実際の診療活動を行い,それぞれの診療や手技に対してプレゼンテーションを用いた教育手法を中心に,評価が行われます。

 一般的なトレーニングのローテーションプログラムは3年間で完了するGP Vocational Trainingと呼ばれるもので,2年間の病院勤務(4-6の診療科での勤務)と1年間の診療所勤務で構成されています。病院勤務では各科の専門医がトレーニングを担当し,規定された学習項目を達成するようにアセスメントとディスカッションが繰り返されます。診療所勤務では,トレーニング指導資格を持ったGPが勤務する診療所に配属され,日々の診療を通し教育・指導が行われます。

 すべてのプログラムが終了すると,トレーニング内容とプログラムに属する複数の指導医からの評価内容をJoint Committee on Postgraduate Training for General Practice(卒後GPトレーニング委員会)に報告し,GPとしての資格が審査されます。

 ローテーションプログラム修了と委員会の承認がGPになるための基本的に必要な資格ですが,多くの医師はローテーション中に各科のディプロマ試験を受けます。これらは筆記試験やOSCEから構成され,より専門性を持つ(sub-specialityとして)GPを養成することを目標としています。例えば,総合診療科(Membership of Royal College of General Practice),産婦人科(Diploma of Royal College of Obstetricians and Gynaecologists),小児科(Diploma in Child Health)などの資格試験があります。

Northwick Park NHS Hospitalにおける産婦人科研修

 私は現在GPトレーニングの一環として産婦人科で勤務していますが,診療では,徹底的な基本診断アプローチ,すなわち(1)詳細な問診,(2)身体所見・診察,(3)診断確立(仮説),(4)マネジメントプラン,(5)指導医へのプレゼンテーション・ディスカッション,(6)患者への説明,を繰り返し行います。問診の仕方,身体所見の取り方にはそれぞれスタイルが確立されており,それを徹底的に習得するように訓練されます。いわば実際の臨床現場で,実際の患者を相手にOSCEを繰り返しているような具合です。

 教科書の中だけではなく,臨床現場でもこの基本診断アプローチが深く根付いており,経験を積んだシニアドクターであるほど,この基本にのっとって診療を行っているのには驚かされます。日本ではベテランの医師であるほど,自分の診療スタイルというものが確立しているように思われますが,英国では常に“standardisation”が求められ,すべての症例に対して確立されたアプローチ方法を用いて症状-所見-疾患との因果関係をとらえ,診断能力のレベルを保とうとしています。

A Good Standard of Practice and Care

 GPはすべての患者の第一の医療窓口となるため,その役割と責任は重く,誤診や見逃しによる医療事故や,過剰な医療介入などが発生することのないように,さまざまな教育・管理体制が取られています。常にGPとしての質の標準化,医学知識・技術の向上と保持が重要であり,これらは英国家庭医協会やNICE(The National Institute for Clinical Excellence)などの機関に監督されています。GPの養成段階から,個々の疾患に対するクリティカルガイドラインやEBMに基づいた診療が要求され,患者が国内のどこで誰に診療されても,一定の質の医療が受けられるように指導・教育されています。

GPの医療倫理

 医師の教育やトレーニングにおいては,資格,試験,知識,技術などがとかく重視されがちですが,英国ではもっとも大切なGP教育として医療倫理があげられています。医師と患者の信頼関係の構築がなくして医療は存在しえないという考えのもとに,医師の教育現場あるいは卒後評価過程で最優先されるのが,“Good Medical Practice”という概念です。英国の医師免許を発行し,医師の質を監督している機関であるGMC(General Medical Council)が掲げているGPのあるべき姿は『Good Medical Practice for General Practitioner』の中で言及されています。ここでもっとも基本的な原則「医師の義務」(Duties of a doctor)を紹介します(表)。

表 Duties of a doctor(GMC)
・常に患者を優先する
・すべての患者に丁寧かつ配慮を持って接する
・患者の尊厳とプライバシーを守る
・患者に耳を傾け,十分に意見を聞く
・情報提供は患者が理解できるような形で行う
・患者の権利を尊重し,医療的な決断過程に患者を十分参加させる
・医学的知識と技術を一定に保つ
・自己の医学的能力の限界を理解する
・正直かつ信頼できる医師である
・個人の秘密を尊重し厳守する
・個人的な信仰から患者を偏見してはならない
・他の医師による不当な行為から患者を守る
・医師としての地位を乱用しない
・チームメンバーと協力し患者に最大の利益をもたらす

 最後に,英国の家庭医教育の特徴は(1)研修プログラム・評価システムの確立,(2)教育専門の指導医の存在,(3)継続的な臨床教育の監視体制,(4)医師としての「知識・技術養成」と「人格養成」に焦点をあてた教育システムなどにまとめることができると思います。もちろん,システムの中には問題点もあり改善を要する部分もありますが,日本の臨床医教育が学ぶべき点も多数あると思われます。