第2589号 2004年6月21日


精神医学の到達点と展望を語る

第100回日本精神神経学会開催


 第100回日本精神神経学会が5月20-22日の3日間,小山司会長(北大教授)のもと,札幌コンベンションセンターで開催された。

 節目の第100回を迎えた今回の基本テーマは「新世紀の精神医学・医療の展望」。第100回記念講演では,「わが国の精神医学・医療の歴史と今後の展望」と題して,精神医学の回顧と展望を行った。また,特別講演でMalcom Lader氏(ロンドン大)が不安障害の分類と治療について最新の知見を披露したほか,シンポジウムで新規抗精神病薬の役割や新臨床研修制度の実際的問題が検証されるなど,新しい時代に進むべき方向性が多方面から模索された。


■新規抗精神病薬の役割を検証

 わが国の精神科薬物療法においては,近年相次いで臨床現場に投入された新しい抗精神病薬(非定型抗精神病薬)であるリスペリドン,ペロスピロン,クエチアピン,オランザピンが注目されている。これら薬物は錐体外路症状などの副作用が少なく,陰性症状や認知障害の改善効果が従来の薬物より高いとされている。

 シンポジウム「わが国の精神医療における新規抗精神病薬の役割」(司会=山梨県立北病院 藤井康男氏,慶大 稲垣中氏)では,新規抗精神病薬を使用する臨床現場が成果を報告し,これら薬物の評価について議論を深めた。

心理社会的治療との組み合わせを

 須藤徹氏(肥前精神医療センター)は,急性期治療の中での新規抗精神病薬の役割について口演。「少なくとも当病院の急性期治療においては,第2世代の抗精神病薬を第1選択薬とする流れが確立しつつある」と述べ,導入前後の処方変化を詳細に報告した。その中で坑パ剤使用率の低下や多剤処方の減少を数値で示し,「単純な処方と切り替えに努め,個々の薬物の評価を積み上げていくことが重要」と,今後のデータ蓄積への課題を述べた。

 小石川比良来氏(亀田総合病院)は,新規抗精神病薬と心理社会的治療の組み合わせの意義について解説。これまでの多剤併用大量処方モデル(入院中心主義・主治医中心の治療方針)と新薬による単剤処方モデル(地域中心・チームアプローチ)の相違を述べ,「本来ならば,新薬の登場は従来の医学モデルからのパラダイムシフトを迫るものだ」とし,新規抗精神病薬が出たものの,その薬理学的特性が十分に生かされていないと指摘した。また欧米の脱施設運動も例に出しながら,「精神科リハビリテーションの場で導入されてきたチーム医療が,新規抗精神病薬の登場によってその重要性をさらに増す」と強調した。

多剤大量処方からの脱却なるか

 精神科薬物治療は多剤大量処方ではなく単剤処方が望ましいという理解が臨床家の間で深まっているが,従来型の多剤大量処方が改善されない現状がある。次に登壇した河合伸念氏(水海道厚生病院)は「自分も多剤大量をいまだに行い,悩んでいる」というスタンスで,新規抗精神病薬との関連からこの問題を考察した。

 なぜ従来の処方から抜け出せないのか。氏はその理由に関して,「多剤大量処方から非定型単剤に切り替える際のリスクとベネフィットが十分に検証されていない」と分析し,切り替え方法の確立が急務だとした。そこで氏は,プロコトールに基づいた新規抗精神病薬への切り替えの試みを紹介。減薬から切り替えの経過で観察された精神症状や錐体外路症状,心電図上の変化について報告した。また一方で,患者の症状が改善したとしても退院後に行く場所がないという事実を指摘し,「切り替えと同時に,心理社会的な介入や社会資源の充実が不可欠だ」との考えを示した。

 最後に登壇した宮田量治氏(山梨県立北病院)は,病床数削減と個室化による機能強化を進める病院の実情を説明。それには退院促進が必須となるが,その際,入院患者数の削減よりも長期在院患者の退院促進が重要(=長期在院患者の退院が新たな長期化数より多ければ,ベッドは確実に空く)と述べた。そして,抗精神病薬の切り替えが長期在院患者の退院促進において決め手となる可能性を示唆した。

 その後のディスカッションでは,「初診の際に何ミリからはじめたらいいか」「切り替えの際の第1選択薬は?」など質疑が活発になされ,新規抗精神病薬に対する関心の高さが伺えた。また,減薬に伴い精神症状が一時悪化する場合もあるため,患者やその家族,スタッフへの十分な事前説明が不可欠であることが確認された。

 最後に司会の稲垣氏は,「わが国の精神医療における新規抗精神病薬の役割については考察しなければならないことがまだ多いが,この流れをぜひ継承してほしい」と述べ,臨床からのさらなる研究報告に期待を込め,シンポジウムを閉めた。

■精神科医療の歩みをたどる記念講演

 第100回総会記念講演「わが国の精神医学・医療の歴史と今後の展望」では,日本の精神医学をリードしてきた3人の演者によって,力動精神医学・生物学的精神医学・臨床精神医学,それぞれの立場から精神科医療の歩みがたどられた。

力動精神医学と生物学的精神医学

 まず,力動精神医学の立場から西園昌久氏(心理社会的精神医学研究所)が日本の精神分析の歴史を回顧。日本ではじめて精神分析による治療を行った丸井清泰と,森田正馬によって創始された日本独自の森田療法,その対比をめぐって本学会で行われた丸井-森田論争にはじまり,本学会でどのように力動精神医学・精神分析が論じられてきたかについて概説した。また,今後の力動精神医学の展望として,「生物学的次元とのかかわりを忘れてはならない」と強調。精神医学の発達のためには,「臨床病理学を軸にして,力動精神医学と生物学的精神医学とを車の両輪にしてほしい」と期待を述べた。

 大月三郎氏(慈圭会精神医学研究所)は生物学的精神医学の立場から,学会の歴史や分子遺伝学の発展などを概説。生物学的精神医学の目標を「個体差の因子と発症・再発の因子を明らかにし,処置可能なものとその方法・限界を明示できること」とした。また,急性期の測定を可能にするには,被験者につける器具の最小化とテレメーター化により心理的影響を少なくすることが重要であると述べ,さらなる研究の発展には技術革新が不可欠との考えを示した。

精神科病床不足が叫ばれた時代

 山下格氏(平松記念病院)は臨床精神医学の立場から,精神医学の進歩とともにその歪みについて言及。最初に,医療・福祉の施設面の変換を述べ,50年前は日本の精神科病床は極端に少なく,欧米なみの病床を設けることが緊急課題だったこと。やがて病床増設の進捗に伴い,倫理的に問題となる病院が現れた一方,欧米では急速な脱施設化で50年前の日本の病床数に近い水準になったことを指摘。「昔は病床が少ないことで,今は多いことで日本の精神科医療の立ち遅れが批判されている」と,改めて精神科医療・福祉の難しさを語った。

 最後は,向精神薬に熱心になりすぎて患者への対応を疎かにすることや,操作的診断によるマニュアル化について警告を発し,精神科臨床の良識を求めつつ講演を結んだ。