第2587号 2004年6月7日


短期集中連載〔全5回〕

「医療費抑制の時代」を超えて
イギリスの医療・福祉改革

第1回 医療費拡大に転じたイギリスの医療改革に学べ

近藤克則(日本福祉大教授/医療サービス研究)


 日本の医療費(概算値)は,2002年度に実質(介護保険に医療費の一部が移された2000年度を除き)史上初めて減少した。しかも,OECD加盟諸国の医療費水準(GDP比)の平均よりも低い水準からさらに,である。日本の医療費水準は,先進7か国中第6位で,イギリスをわずかに上回ってきた。しかし,わが国は近く第7位に転落するであろう。なぜならば,イギリスは,医療費水準を1.5倍にするNHS(国民保健サービス)改革の最中にあるからである。最新のOECDデータによれば,すでに日本(2000年)とイギリス(2001年)はともに7.6%で並んでしまった。

なぜイギリスに学ぶのか

 アメリカの医療制度は紹介されることが多い。しかし,アメリカの医療費水準は,日本の約2倍であり,医師・看護師数も多く,民間医療保険が中心で無保険者が4000万人を超えている。日本とは,状況がまったく違う。

 一方,なぜかイギリスの医療やその改革動向がまとめて紹介されることは少ない。イギリスは,医療費水準も,医師数も,全国民に医療を保障する制度を持つ点も,わが国と状況が似ている。また,サッチャーら保守政権による競争重視の改革も経験している。この点でも,株式会社の病院経営への参入による競争強化が論議されているわが国の将来を占う上で,大いに参考になる。

 今の日本では大幅な医療費拡大を伴う医療改革など考えられない。対して,医療費拡大に転じざるを得なかったイギリスの経験は,日本が学ぶべき教訓に満ちている。ブレア政権がなぜ大胆な改革に踏み切ったのか,それはどのようなものか,そして教訓は何かなどを,本連載では考えてみたい。

保守党の「内部市場」による競争重視の改革

 イギリスの医療改革の大きな節目は2つある。サッチャーらの保守党により行われた1991年改革と,ブレアが率いるニューレイバー(新しい労働党)が政権に返り咲いた1997年以降の改革である。

 保守党は「医療費を抑制したままでも,競争を重視すれば医療の質は上がる」という信念のもとに改革を進めた。公的な医療保障制度という外部構造はそのままに,その内部に市場を形成した。それまで一体であった医療サービスの「買い手」(予算をたて費用を支払う側)と「売り手」(医療サービスを提供する側)を分離し,さらに病院間に「競争」を持ち込んだ。また,民間資金と経営手法を使って病院など社会資本を整備していくPFIも導入した。

 これらの改革で,「競争」や「民間の手法」を注入すれば,医療費をさほど拡大しなくても,効率化が進み,医療の質は高くなるはずであった。

「第3世界並み」の危機的状況

 しかし,実際にはそうはならなかった。象徴は,待機者リスト問題である。

 待機期間の長さは半端ではない。ブレア政権のもとで「新しいNHS計画(連載第4回で紹介する)」に掲げられた目標の高さ(低さ?)が,現状の深刻さを雄弁に語ってくれる。日本の病院医療は,「3時間待ちの3分診療」と批判されているが,イギリスでは救急部門の最大待機時間を4時間にすること,病院外来患者の予約の最大待機期間を3か月にすることが目標である。目標がこの水準ということは,現状はさらにひどいわけである。総選挙のマニフェストで掲げた公約である「待機者リストを10万人分減らす」という数値目標を,「超過達成した」とブレアは成果を強調した。しかし,残っている待機者リストは,まだ約100万人分もあった。その中には,がんと診断されて手術を待っていた患者が,他の緊急手術のために手術を4回も延期され,その間に手遅れになってしまった例もある。その他,インフルエンザが流行すれば,ベッド不足で廊下で3日も待たされるなど,まさに危機的状況であり,「イギリスの病棟医療は第三世界並」というのにもうなずける。

医療荒廃の原因

 かつて国民に「揺りかごから墓場まで」安心を保障する福祉国家の医療保障制度として名を馳せたNHSが疲弊した理由は,以下の4点である。

 第1は,長期化した低医療費政策のつけである。イギリスのGDP(国内総生産)に占める医療費の割合は,日本と並んで7%台と,先進7か国の中では最低。アメリカのおよそ半分,他のヨーロッパ先進諸国よりも25%前後低いのである。これが続けば,やがて供給量不足や質の低下に陥っても不思議でない。職員,例えば看護師の給与は他業種の(同等の学歴の女性)給与と比べ約3分の2という低い水準だったからである。第2の理由は,NHSの組織が巨大化・官僚化したことである。単一雇用者としては,ヨーロッパで最大の規模であり,職員数は,百万人弱。常勤換算でも,78万人に上る。第3に,繰り返される制度改革による混乱,paper workなど新たな負担の増大である。

 そして第4に,これらが相まって職員の士気の低下を招いていることである。

 NHSが危機的状況であることは,誰の目にも明らかであり,総選挙においても,医療政策は国民の最大の関心事であった。だから97年にブレアらが政権につくと,ただちにNHS改革に乗り出したのである。

本連載について
本連載は,弊社刊行書籍『「医療費抑制の時代」を超えて―イギリスの医療・福祉改革』(近藤克則 著)に収載されている内容をもとに,著者が最新の情報を加えて書き下ろした短期集中連載です。


近藤克則氏
1983年千葉大卒。船橋二和病院リハビリテーション科長などを経て,1997年日本福祉大助教授。2000年8月より1年間University of Kent at Centerbury のSchool of Social Policy, Sociology and Social Research の客員研究員。2003年より現職。専門分野はリハビリテーション医学,医療経済学,政策科学,社会疫学。