第2586号 2004年5月31日


〔連載〕
かれらを
痴呆
呼ぶ前に
「ボディフィールだー」出口泰靖のフィールドノート
    その11
 「自己開示」と「自己呈示」(2)の巻
出口泰靖(ホームヘルパー2級/山梨県立女子短期大学助教授)


2582号よりつづく

自己開示できる場

 前回,「痴呆」とされる人が自らのもの忘れ(あるいは痴呆)に対する気持ちを自己開示して語れる場について紹介しました。「痴呆」とされる人たちが自己開示を行うには,その場が信頼でき,安心でき,たえず自分の不満や不安を何でも聞いてもらえる場である必要がある,ということにも触れました。

 前回ご紹介した「小山のおうち」では,メンバーが「思いのまま」「思いつくまま」自由に自分の気持ちを語り合える場があります。どんな言動も「何回も同じようなこと言って」とか「わけのわからないこと言って」といった,痴呆ゆえの言動として受けとられることなく,個々のメンバーが自己開示しやすいような場の雰囲気が生まれているのです。以下は「小山のおうち」でのミーティングの様子を記録した僕のフィールドノートです。

 スタッフのNさんが,皆さんに今日の気分をうかがいはじめる。窓から日が射し込んで,Aさんの背中に日の光が集まっている。

 「Aさんの背中があったかそうですが,心はどうですか?」。

 心を「ここ」と聞き取ったのであろう,Aさんは「ここ(肩をポンポンとたたいて)は,あったかくならん」。すると側にいた他のスタッフがAさんに「肩こってるん?」と聞く。Aさんは「こってるわけじゃないですけど,ここの辺が難儀なん」と言う。

 (中略)スタッフのNさん「Cさん,今の気持ちを天気に例えると,どうですか?」。Cさん「ハイ」と礼儀正しく立ち上がり,心持ち足踏みをされているかのように,足を小刻みに踏みつつ,「セイテン(セイセン?)で」と答える。皆も聞き取れなかったらしく,「晴天」か「セイセン」かでもめている。スタッフのUさんが辞書をもってきて,「生鮮」という字もある,という。

 (中略)スタッフNさん「Jさん,どうですか? 今日のご気分は?」Jさん,何か言おうとするが,その前に隣に座っているHさんが「『元気ですか?』と言うとるで」とやさしく口添えをする。見ている限りではHさんは常日頃,Jさんにあれこれとやさしく声をかけたり,お世話していたりなさっているようだ。Jさんがうなずいている様子をみて,Hさん「よかったなあ。『ありがとう』と言ってますで」と今日の気分の代弁をなさる。その2人のやりとりの様子をスタッフのNさんはからかうかように「隣の奥さんがうるさいですかね?」とJさんに聞くと,Jさん,フフッと笑みをこぼされる。…(後略)

 ここでの自己開示の場は,「自分自身をさらけ出す行為」という強い意味合いを持つよりもむしろ,自分の今の気持ちを思いのまま伝え合う場の雰囲気づくりをこころがけているようです。逆に言えば,痴呆とされる人は通常,自分の気持ちを思いのままに伝えられる日常を生きていない,ということも言えるかもしれません。

いじめられ体験の自己開示と自己呈示

 しかしながら,前号でも触れたように,僕はまた,「人間って素顔の自分,秘めようとする部分をそんなに簡単に相手にみせられるものだろうか」とも思うのです。僕たちはおしなべてすべての人に自分の姿のすべてをあらわにすることはせず,どちらかというと自分にとって都合の悪い面は隠し,偽り,いい印象を与えようと仮面をかぶったり演技したりして,「自己呈示」しています。

 僕は中学1年の時に,いじめにあいましたが,親や先生には隠していました。小学高学年の間の3年間住んでいた愛媛県から宮城県に転校し,いきなり東北地方に来たことをきっかけに,かっこうのいじめの標的にあっていたのです。愛媛から来たということだけで「みかん星人」「ポンジュース野郎」とからかわれ,人よりおしりが出っ張っているということと「出口」という東北地方では珍しい名前もあって,「でしりー」とののしられ,こづかれたりしました。

 しかし僕はその事実を「自己開示」することはありませんでした。おそらくクラスメイトから報告を受けたのでしょう,担任の先生が僕を呼び寄せて,「いじめられているって聞いたが,大丈夫か?」と聞かれても,「え? なんのことですか? いじめになんかあってませんよ」とヘラヘラと笑い,努めて平静を装っていました。親からも心配されましたが,人から「いじめられている」とみなされたくなかったのです。学校から帰ると,親にもばれないようにトイレに隠れて,毎日のように声を押し殺して泣いていたことを思い出します。

 今では思い出話として授業の受講生に話して聞かせたりして気軽に自己開示できますが,中学生当時の僕は周囲に「自分がいじめられている」と自己開示するどころか,それを認めることすらできませんでした。なので,当時の僕は,親からも担任の先生からも「僕はいじめになんかあってないよ」としらを切るという自己呈示をしていたのだと思います。

「痴呆」とされる人の自己開示と自己呈示

 本連載その6(2003年12月号)でご紹介した久坂さんが,自分の働いていた場所の記憶を逸していた時,それをごまかすかのように「あなたに話すまでもない!」と怒りはじめたように,「呆けゆく」とされる人の中には,「もの忘れ」をしていることが他の人にばれないように,言葉を濁したり,取り繕ったり,話をすり替えたり,つじつま合わせをしたりする場合があります。「痴呆」とされる人自身は,周囲の人たちが自分を「呆けた」とみなさないよう自己呈示し,「面子を保つ」ために「パッシング」とよばれるさまざまな回避的な対処方法をとるようです。

 欧米ではアルツハイマー病と共に生きる本人のためのサポートグループが作られ,当事者の人たちが自己開示して語り合っています1)。そこでは,友人や家族の名前を忘れることや,それによってどのように家族と友人たちに扱われたかということ,相手が明らかに自分のことをよく知っているのに,自分は相手のことをよくわからずに会話をしなければならなかったこと,周りの人の顔つきで,同じストーリーや質問を繰り返してしまったことに気づいたこと,自分のミスをごまかしたり,ちょっとしたもの忘れを隠すこと,などの体験が,グループで共有されて語り合われています。

 また,名前がすぐに思い出せない時に,すべての人を「先生」と呼ぶことで,名前を思い出さねばならないという不安を解消したり,質問されたらよく笑顔と笑いで応じ,自分の思い出せるトピック(例えば自分の子どもの頃の話)に話題を変えるなど,もの忘れやその他の認知的障害の問題の対処法について語り合われています。

 しかし,グループのメンバーによってほとんど用いられなかった対処法があるのだといいます。それは,「自らにもの忘れがあることを伝えること」です。もの忘れがあることを人々に知られると,友人が自分から遠ざかり,自分を気が狂った人であるかのように扱われるからだそうです。

 「呆けゆく」当事者のサポートグループがつくられ,開かれた場が確保され,そこで自己開示が行われ,「呆けゆく」体験がオープンに語られたとしても,そのグループから離れると自分が「呆けゆく」ことをパッシングしようとする当事者がいることは,心にとどめておきたいと僕は思います。

 同じく欧米では痴呆とされる当事者の中に,「私はアルツハイマー病である」と周囲に公表(カミングアウト)し,自伝出版や講演活動を行うことで自己開示する人もいます。

 アルツハイマー病は,少しタブーともされる事柄――あるいは冗談にしてしまうような事柄――になっている。患者の家族たちは,その奇妙で「変てこな」親族のことを恥ずかしく思いがちであり,この愚かしい行動をなぜ止められないのか理解できないでいる。私は,その病気を恥ずかしく思うタブーを打ち破りたいと思う。なぜ,脳細胞の身体的故障を体の他の部分の身体的故障以上に恥じるのだろうか? 私たちは正気を失っているのではなく,病気なのである。だから,どうか私たちが尊厳を保てるように扱い,私たちのことを笑い者にしたり,恥じたりしないでほしいと思う。「私は痴呆症です」と言って公表することで,きっと私は究極のタブーを打ち破りつつあるのだろう!2)

 石川准さんという方が,「自分がいかに価値ある者かを人や自分に対して印象を操作して証明せずにはいられない」と,人間というのは「わたし」の価値や存在を証明せずにいられない,自己呈示せずにいられない動物だと指摘しています。上記の人も,周囲に「私はアルツハイマー病と共に生きていく」と伝えて自己開示しているのだとは思いますが,この自己開示自体,「笑いものにしたり恥じたりしないで欲しい」と,他者が感じるだろう自分の印象を操作しようとする「自己呈示」の1つとみなすこともできそうです。

 「もの忘れ」に関することだけでなく,僕たちは自己の姿を「見せたり」「見せなかったり」し,他者に対してある特定の印象を操作するために躍起になって存在証明する3)生き物なのだと思います。

【文献】
1)ウェイン・キャロン:痴呆によって隠された人間性を求めて-アルツハイマー病と共に生きる人々のサポートグループでの経験より(『治療に生きる病いの経験』創元社,238-263, 2003.)
2)クリスティーン・ボーデン,桧垣陽子(訳):私は誰になっていくの?-アルツハイマー病者からみた世界,クリエイツかもがわ,2003.(Christine Boden: WHO WILL I BE WHEN I DIE?, Harper Collins Publishers, 1998)
3)石川准:アイデンティティ・ゲーム,新評論,1992.

【著者紹介】  ホームヘルパー2級の資格を駆使して,痴呆ケアの現場にかかわりながらフィールドワークを行う若手社会学者。自称「ボディフィールだー」として,ケア現場で感じた感覚(ボディフィール)を丹念に言葉にしながら,痴呆ケアの実像を探る。