第2585号 2004年5月24日


日本型研修へのみちしるべ

最終回

マッチングの導入

編集:桑間雄一郎
ベスイスラエルメディカルセンター内科
アルバートアインシュタイン医大アシスタントプロフェッサー


2581号よりつづく

 日米双方の医学教育体験者たちに討議していただいてきたシリーズも,今回で最終回です。大きく異なる日米の医療および医学教育のさまざまな側面を,実体験からにじみ出る生の声として,利点欠点を対比する形で述べていただいてきました。今回のシリーズを通して,新しい日本型研修制度のあるべき姿が,おぼろげながらも浮かび上がってきたような気がします。

 医学界では長年にわたり医局制度による閉鎖的な雇用慣習が続いてきたことも大きな原因となって,大変革が起きにくい状況が続いてきました。しかし,今年度から導入された医師研修マッチング制度により,人材の大規模な流動化がはじまりました。人材が混ざり合い,変革への大きな活力が生まれれば,このシリーズで提言されたさまざまなアイデアも勢いよく実行に移されていくでしょう。

(桑間雄一郎)


■質の高い研修のために

よい研修施設の人気は上昇

西堀 50年以上の歴史を持つ米国でのマッチングシステムでは,87%の学生が上位3つの選択で研修病院にマッチしているというデータがあります。このシステムは研修医にとっても,研修病院にとっても,相互利益があるとされています。

上村 マッチング開始によって,医学生は自分で研修先を選ばなくてはならなくなりました。自分が卒後どうしたいのかを卒業前の早い時期から積極的に考えなくてはいけないので,学生意識によい意味で変化が起こると思います。母校の大学病院以外の病院を見学に行く機会を持つことも医学生にとって後に役立つ貴重な体験だと思います。

新明 研修医マッチング制度がはじまってから,よい研修病院の人気はウナギのぼりだそうですね。

桑間 よい研修病院が医学生に高く評価されるのは大変うれしいことです。よい研修病院で指導医をなさっている先生方にとっても大きな励みになると思います。

研修の質を評価するしくみが必要

西堀 今回の日本のマッチングの結果を見ると,希望順位3位まででは95.2%と非常に高いマッチ率です。システムの立ち上げは非常にうまくいったと思います。今後重要になってくるのは,システムが研修の質を上げているかどうかを「評価」するチェック機構があり,フィードバックできるか否かです。すなわちValidation(検証)のステップです。

桑間 これからは,高い評価を受けている研修病院が,より多くの経済的支援を受けることができるような仕組みを早急に整えることも必要でしょう。よい研修病院が,医学教育にかかる経費で経営が圧迫され,病院職員が犠牲を強いられるようなことは絶対に避けなければなりません。よい研修を提供すれば,その分だけ経済的にも評価され,その結果さらによい研修環境を提供できるようになるのだという,健全なインセンティブが働く環境で,よい研修病院を育成していくことが必要でしょう。

上村 そうですね。マッチングで医学生を各研修病院にただ振り分けるのではなく,各研修病院の研修の質をある程度保証する必要があるでしょう。優良な研修病院には大胆に補助金を支給し,逆に基準に満たない病院は研修病院からはずし,補助金ももらえないようにするなどの仕組みが必要なのではないかと思います。

八重樫 ただ,米国では研修病院への補助金の額の違いは,研修の質の優劣とは全く関係なく慣習などで決まっています。研修の質を評価するよい方法を日本独自で考えないと,その仕組みは機能しなくなる恐れがありますから注意が必要です。

西堀 以前,新明先生の話にもありましたが,ジョンズ・ホプキンス大の内科が過酷な研修医の労働環境を理由に研修病院の指定を取り消されたという事態がありました。卒後医学研修を監査する機関として米国にはACGME(Accreditation Council for Graduate Medical Education)というものがあります。ACGMEは8000近い米国の卒後医学研修プログラム(レジデンシーとフェローシップ)の研修認定に責任を持つ民間団体です。さまざまな評価基準からプログラムの質を監査していきます。

 今回,マッチングの立ち上げで多くの病院が厚生労働省による研修施設指定を受けたと思います。日本の国立大学医学部付属病院ではEPOC(Evaluation system of Post-graduate Clinical Training)という研修評価システムがあると聞きました。今後,研修システムが卒後医学教育の向上に寄与しているかどうかということを,政府,病院,指導医,研修医などの多くの公正な観点からフィードバックする機関または機構ができあがることを期待します。

新明 よい研修病院への健全なインセンティブに反論はまったくありません。しかし,私は全国津々浦々の大多数の普通の研修病院の環境を整えることの重要性を忘れないでほしいと思います。今回の医師研修制度の大改革の第一目的は,必要最低限の医師の技量は必ずすべての医師に習得してもらうことにあるはずです。一部の優良研修病院のみの質向上が第一義ではないはずです。

桑間 確かにそのとおりです。全国の研修病院を発展させていくためには,必要最低限の研修環境を広くあまねく確保することに力を入れる方法と,優良なモデルケースを大成功させてあとの研修病院がこれに追いつこうと努力することを期待する方法の両方が必要ですね。

◆議論のポイント

 マッチングの実施によってよい研修病院の人気は上昇しているが,今後は研修の質を評価するシステムによって評価をフィードバックしていくことが重要。すなわち,すべての研修病院の基本的な研修環境を整備することに加え,高い評価を受けた研修病院が経済的なインセンティブを受けられるような仕組みが必要になる。

■大学病院を離れて研修する

医局とのつながり

本郷 今までは大学病院での研修が主流でしたが,市中病院での研修を希望する医学生が増えているようです。

村島 私は京都大学医学部卒業後,舞鶴市民病院で研修医をしました。大学病院以外で研修をすることは大学との関係をいわば積極的に絶つようなイメージで捉えられがちでしたから,最後まで市中病院で研修するという決意は友人たちにも話し出せずにいました。多くの医学生が大学医局とのつながりが大切だと口にする雰囲気だったのです。

桑間 今まで医局という大学病院の医師集団は,多くの市中病院の人事を掌握し,医師を派遣する形で,これらの病院を傘下におさめてきました。私は東京大学医学部出身です。しばらく日本の医局はご無沙汰で今のことはコメントできませんが,少なくとも一昔前の権威ある大学病院の医局の力は大きかったと思います。

 有名市中研修病院生え抜きで実力の高い研修医が,その病院のスタッフに抜擢されたときに,医局から横槍が入って,医局からのいわば天下りの医師がそのポジションを手にする結果になったというような噂は医学生にも広く浸透していました。市中病院で研修したいと思っても,少なくとも1年目は大学で大学医局とのつながりを作ってから市中病院に出たほうがよいと皆が口にしていました。しかし,これからはマッチングですから,自分が研修したい病院を素直に選べる雰囲気ができてよいことだと感じます。

コモン・ディジーズを学ぶ

新明 市中病院の方が,コモン・ディジーズ(ごくありふれた普通の病気)の患者さんが多く,普通の医師に求められる素養をトレーニングする目的の初期研修には適していると思います。大学病院では特殊な病気の患者さんの管理に追われて,初期研修のイロハが身につきにくいのではないでしょうか。

 大学病院でも総合診療科という講座を設けるところが増えてきましたが,ごくありふれた病気の一般診療をこういった講座が中心になってしっかり担当し,大学病院の研修医にイロハをしっかり叩き込む研修方式へ舵を切っていくことが望ましいと思います。研究面ではこういった講座にごくありふれた病気のガイドライン整備など臨床医学に力を入れていただき,日本の医療の標準化を推し進めてもらいたいと思います。

本郷 新明先生の意見に同感です。鉄は熱いうちに打てといいます。医師になりたての大切な時期は,コモン・ディジーズにたくさん触れて,ドリルのように修練を繰り返すことが大切だと思います。市中病院での研修にはこの点で大きなメリットがあります。

 また,医学生時代にインタビューで複数の病院を訪れて各病院を比較する機会を持つことは貴重な経験です。医学生には病院を選ぶ責任があり,研修病院は選ばれているのだという緊張感のもとで,研修の質は向上していくのだと思います。マッチングのプロセスにはコストがかかりますが,研修の質を上げていくために必要なコストと考えてもよいのではないでしょうか。

教育には多大なコストがかかる

八重樫 マッチング導入で市中病院が注目されるようになったのはよいことです。大学病院の研修医も市中病院をローテーションで回るような仕組みがあってもよいですね。大学病院のアカデミックな環境と市中病院でのコモン・ディジーズの診療経験と両方得ることができます。私もマッチングには総論では賛成です。

 しかし,各論としてはさまざまな混乱があって医学生の皆さんの不安はさぞ大きいでしょう。それに,研修医が増えることになる市中病院にとっても多くの研修医を教育するのは初めてだったり,応募してくる医学生とのたくさんの面接の仕事がいきなり発生するのですから大変ですよね。新制度導入の初期をどう乗り切るかは大変な問題です。

桑間 そうですね。教育にはコストがかかります。マッチングのプロセスでは,医学生は各病院を訪れなければなりません。各病院の指導医たちはインタビューに多くの時間を割かなければなりません。日本のある有名研修病院の指導医は,インタビューに押し寄せる多くの学生への対応で疲れ果てたと正直な感想を私の前で述べられたのが強い印象として残っています。質の高い教育にはそれだけコストがかかるということです。

 実際に研修がはじまれば,患者さんの診療は研修医と指導医の2人でしなければならない。さらに,研修医と指導医のディスカッションを通じたティーチングの時間も必要になります。軽く見積もってもこれまでの2-3倍の手間はかかると思わなければなりません。

八重樫 コストがかかる。すなわち手がかかる。指導に時間がかかる。絶対的に増加する教育のための仕事量をどうやってさばいていくか。これには米国のように医学教育を多くの指導医で分担していくことが不可欠になると思います。

 米国の病院では医療の分業化が強いですから,外来担当医師,入院担当医師,検査担当医師などと非常に多くの医師が働いています。これらの医師がある一定期間だけ教育担当を当番でさせられていくわけです。例えば,実際に指導医をされている桑間先生も1年のうちの2-3か月間程度の教育担当義務をこなし,他の多くの時間は診療を中心になされていますね。1人の指導医が1年を通じて全教育に責任を持つのとは違います。日本も多くの指導医で増大する医学教育の仕事量を分かち合わなければ長持ちしません。

地域の医師も教育に参加するシステムを

本郷 日本の開業医の方々の中には非常に優秀な先生方がいらっしゃって,ぜひこの先生には医学教育に携わっていただきたいと感じる方が少なくありません。このような先生方に医学教育へ参加いただくしくみを大胆に取り入れられないかと思います。

 医療費抑制ムード一色の現時点では,経済的に報酬をだすことは難しそうですから,医学教育で活躍していただくことへの感謝として,客員教授や客員助教授とかの名誉の称号を用意するくらいの計らいがあるといいですね。

桑間 プロフェッショナルな職業である医師にとって,医学教育に参加することは大きな喜びですね。教えるためにはたゆみない勉強をしつづけなければならない。教えることは自分にとっても大きな勉強です。地域医療の現場の先生方も広く医学教育の一端を担っていただくことは,広く地域医療の質を上げることにもなります。すなわち,医学生や研修医の教育効果だけではなく,教える側の医師の生涯教育の大きな柱になるのです。マッチング制度の導入が医師人事の流動化につながり,医学教育の場が大学病院から広く地域に広がることで,「教える・学ぶ」の輪が日本中に広がっていくことを期待したいと思います。

◆議論のポイント

 マッチングによって市中病院が注目されるのはよいことだが,各施設の指導医にかかる負担は増大する。地域の医師が教育に参加するなどしくみを作ることによって,多くの指導医で医学教育の仕事を分かちあうことが必要だ。

(連載おわり)


桑間雄一郎氏(編者)
1987年東大卒。東大第1外科を経て渡米し,1993-97年ニューヨークベスイスラエルメディカルセンター内科レジデント。1997年一時帰国し,東京海上メディカルサービス,日医総研に勤務。この間東大非常勤講師も務める。2000年再び渡米し,現在は米国において指導医としても活躍している。

コメンテーター紹介
上村正義氏
1998年東邦大卒。沖縄米海軍病院,国立岡山病院小児科を経て,2001年よりロングアイランドカレッジ病院小児科レジデント。2004年7月よりシカゴ大新生児科フェロー開始予定。
新明裕子氏
1999年聖マリアンナ医大卒。横須賀米海軍病院,市立川崎病院小児科を経て2001年よりコロンビア大学病院,セントルークス・ルーズベルト病院およびMemorial Sloan-Kettering Cancer Centerで内科研修中。
西堀大我氏
1999年北大卒。横須賀米海軍病院,北大放射線科を経て,2002年よりベスイスラエルメディカルセンター内科レジデント。2005年度は同チーフレジデントの予定。
本郷偉元氏
1996年東北大卒。沖縄県立中部病院などを経て,2001年よりベスイスラエルメディカルセンター内科レジデント。2004年7月よりバンダービルト大にて感染症科フェロー開始予定。
村島美穂氏
2000年京大卒。舞鶴市民病院内科研修医を経て2003年よりPennsylvania Hospital of University of Pennsylvania Health Systemレジデント。
八重樫牧人氏
1997年弘前大卒。亀田総合病院,沖縄米海軍病院を経て2000年よりセントルークス・ルーズベルト病院内科レジデント。2003年よりニューヨーク州立大ダウンステート校呼吸器・集中治療内科フェロー。