第2579号 2004年4月5日


〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第36回

神の委員会(17)
「所得格差に基づく医療配給」

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2576号よりつづく

 「医療に配給制を持ち込むなどけしからん,医療も社会の他の経済活動と同じように,市場原理に委ねるのが一番公平で効率的なのだ」と「市場原理派」の人々は主張する。しかし,市場原理を推し進めた果てに待つものは「所得格差に基づく医療配給」という苛酷な現実に他ならない。
 市場原理派の人々は,配給制をあたかも市場原理に相反する概念として語る傾向があるが,プリンストン大学のユー・ラインハルトは,「市場原理のもとで乏しい資源が価格に基づいて分配される仕組みも配給制以外の何物でもない」とし,これを,「価格に基づく配給(price rationing)」と呼んでいる。
 言うまでもなく,「価格に基づく配給」は,相応の価格を支払うことに合意した人だけにサービスや資源が分配される仕組みであるが,社会に貧富の格差が存在する場合,医療や教育など,必要不可欠な社会サービス資源を「価格に基づく配給」のみに基づいて分配することは,低所得者が必要不可欠なサービスにアクセスすることを不可能とするので,倫理的には容認されえない。

苛酷な体制から弱者救えぬ米国

 ラインハルトは,医療や教育など必要不可欠なサービスについて「価格に基づく配給」を適用することが倫理的に容認されるためには,あらかじめ社会の富を再配分し,「相応の価格を支払う」という能力について公平な条件を整えておくことが前提であるとしている。
 実際に,米国でも,高齢者用医療保険「メディケア」・低所得者用医療保険「メディケイド」という公的医療保険を税で運営することで医療における富の再配分を試みている。しかし,こうした努力にもかかわらず,民間の医療保険が主流をなす米国の医療保険制度では,市場原理の下で「価格に基づく配給制=所得格差に基づく配給制」が隅々までいきわたり,低所得者・弱者の医療へのアクセスが閉ざされることが常態化している。国家として莫大な額の税金を投入してメディケア・メディケイドという巨大プロジェクトを運営しているにもかかわらず,低所得者・弱者を「所得格差に基づく配給」という苛酷な体制から救済することができずにいるのである。

米国医療保険の三階層

 以下,米国の医療保険制度が「所得格差に基づく配給」で運営されている実態を概観しよう。
 ラインハルトは,米国の医療保険制度は,所得格差に基づく三階層システムから成り立っているとしているが,最下層を構成するのは,医療保険を購入したくとも低所得ゆえに購入できない無保険者である。
 無保険者が病気になった時に最初に直面するハードルは,「価格に基づく配給」の典型例である。「受診した場合の医療費を払うことができるかどうか。払えそうにないから受診するのを止めようか,それとも,莫大な借金を抱えることを覚悟して受診しようか」という決断を強いられるのである。そして,ひとたび医療施設を受診した後にも,無保険者の医療費を補助するために用意されている公的財源は常に不足しているのが現実なので,必要な医療にアクセスできる保証はどこにもない。
 米国の医療保険の第二階層を占めるのは,大多数を構成するミドルクラスであるが,ほとんどは,何らかのマネジドケアに加入している。この階層で消費者がどの保険に加入するかを選択する際にも「価格による配給」に直面することになる。例えば,保険会社が決めたネットワーク外の医療施設を受診した場合に保険給付が認められるかどうかなど,一般に患者の受療行動に対する制約が緩いほど保険料が高い傾向があり,収入に余裕がある人ほど制約の緩やかな保険に加入することが容易となる。
 さらに,マネジドケアでは,保険会社が企業の都合で決めたルールに基づいて医療サービスが配給されることは,前回述べたように,米最高裁の判決でも認知された事実である。ここで問題なのは,営利の保険会社が配給制を運用する際の一義的目的がしばしば「コスト削減=利益確保」にあることで,だからこそHMO商法に対する患者の不満がたかまり,前回紹介した「ペグラム対ハードリッチ」のような訴訟が起こされたりするのである。
 そして,米国の医療保険制度の最上階層を構成するのは一握りの富裕層である。例えば,大企業の重役は,受療行動に何の制限もない出来高払いの医療保険に加入しているが,超高額の保険料はすべて企業が負担し,自己負担は一切なしとするのが通例となっている。米国が世界に誇る最高の医療レベルを,何の財政的負担も感じずに享受できる唯一の階層である。

分割・階層化の愚

 市場原理派の人々は「『配給制』は相応の価格を支払う意思を示した人に対してサービスの分配を拒否するから悪である」と主張するが,市場原理で医療を運営した果てに待っているものが「所得格差に基づく配給制」に他ならないことは,米国医療の現実が明瞭に示している。米国では,大多数の国民にとって,必要な医療にアクセスすることが困難になったり不可能になったりすることが日常化し,「市場原理に委ねれば公平で効率的な医療が達成される」という市場原理派の主張とは正反対の医療が行なわれているのである。
 日本の医療制度改革をめぐる議論の中で,混合診療の解禁など,「医療保険の公の部分を減らし,民の部分を増やすことで米国型の制度にする」ことを主張する向きがあるが,米国をまねて医療保険の分割・階層化をめざすほど愚かなことはない。