医学界新聞

 

脳低温療法の成績向上と普及のカギ

林成之氏(日本大学教授)に聞く


 外傷やクモ膜下出血などで脳にひどい損傷を受けた人々を救い,「不可能を可能にした」といわれる脳低温療法。2月5-6日の両日,この療法の開発者として世界的に知られる林成之学会長(日本大学教授)のもと,国際脳低温療法学会(会場:東京ドームホテル)が開かれた。世界各国の第一人者が一堂に会した今学会の成果とこれからの課題を林氏に聞いた。


「患者にとって」よい学会に

――今回の学会の成果は?
 脳神経外科,心停止,救急医療などさまざまな分野の専門家が集まり,議論することができました。既存の医学分野を越えた,患者を中心に考えた国際学会になったと思います。「アメリカでもこういう形の学会はつくられていない,新しいコンセプト」と海外の研究者からも評価されました。
 また,脳低温療法に世界中の人がトライしていて,麻酔のかかった動物実験ではみんな成功するのですが,人間に応用しようとするとなぜかうまくいかなかいことも多いのが現状です。理由がわからないので混乱し,努力してそれぞれが問題解決をしています。今回,世界各国の医療研究者がお互いの成果を持ち寄り検証することで,「治療法のどこを間違えているのか」「どう解決したらいいか」が明らかになりました。これで参加者の治療法が向上すれば,患者にとっていい学会だったといえます。
――治療法のどのポイントを間違えることが多いのでしょうか。
 まず,動物と同じような病態が人間でも起こると思っている点です。動物よりももっと難しい病態が人間の脳では起こるのに気づいていない。それからテクニックの面では,低体温は人間にとって侵襲が強い環境なので,その状態でいかに正確に管理するかがポイントになります。
 これまでは「壊れて死にかけた神経細胞は直らない」と考えられてきましたが,それは回復治療ではなく保護治療をやってきたからです。酸素やブドウ糖の管理を緻密にやれば,多くは回復していきます。さらには,現在行なわれている脳の管理方法も,今後大きくかたちを変えていくはずで,今回もいくつかの新たな試みが報告されました。

「広く深く」学ぶことが必須

――今後,脳低温療法を普及させるための課題は?
 ひとつには,医療者の勉強が不足していることがあげられます。この治療をやるためには脳の勉強だけでなく,呼吸器系,循環器系,免疫系など幅広い知識が必要となります。これまでの専門性を追求する学問では対応できません。一方,救急医療は「広く浅く」という概念が通用してきましたが,脳低温療法は「広く深く」学ぶことが必要です。これまでの医学のあり方を変えていく必要があります。
 2番目の問題は,医療機器が高価で,現在保険でまったくカバーされていないことです。どれくらい高価かといえば車1台分かからないくらいなのですが,なぜ患者の命を救うことより保険のコストが優先されるのか。これはぼくらの努力で解決できる問題でもないのでハードルが高いなと感じています。
――日本の救急医に知っておいてほしいことは?
 脳低温療法の新しい展開によって,心停止の患者さんの蘇生限界も変わってきています。ぜひこの治療法を勉強して,世界と勝負できるレベルでがんばってしてほしいと思います。

脳低温療法
脳に重度の損傷を受けた患者の脳温を一時的に32-34度に保つことで脳内の代謝を抑制し,神経細胞の壊死を防ぎながら,回復をめざす治療法。冷却には水冷式ブランケットなどが用いられている。従来の治療では脳死に至ったと思われる患者が多数蘇生し,近年では心停止患者の治療にも応用されている。