第2575号 2004年3月8日


【投稿】

ペンシルヴァニア大学における
総合内科診療部フェローシップ

―医学教育者育成トレーニング―

田辺智子(ペンシルヴァニア大学総合内科診療部)


 私は京都府立医科大学を卒業し,15か月の臨床研修の後に渡米,ニューヨークのマンハッタンにあるベス・イスラエル・メディカルセンターで1998年より内科レジデントとして3年間,のち内科チーフレジデントとして1年間を過ごした。レジデンシーの3年目までは,腎臓病学/集中治療フェローシップに進もうと決めていたが,チーフレジデントを経験したことがきっかけとなり,全米で64ある総合内科診療部のフェローシップの中でも優れた医学教育者を育成することを目的としているペンシルヴァニア大学の臨床医学教育者育成フェローシップへ進んだ。そこで今回,私が学んでいるアメリカの臨床医学教育者育成フェローシップがどのようなものなのかを紹介したいと思う。

チーフレジデントとしての1年間

 ベス・イスラエル・メディカルセンターでの研修2年目,研修プログラムのディレクターから,チーフレジデントにならないかとのオファーを受けた時,嬉しかった反面,正直言ってそれがどのような役目なのかわからなかった。周囲の驚きの中,私は最終的にそのオファーを受け,外来棟でのチーフレジデントになることに決めた。外来棟を選んだ理由は,病院内ではチーフレジデントは数人いるが,外来棟に行けばチーフレジデントは私1人だからである。レジデントとして教えることの楽しさとともに,あらゆる決定過程に決定権を持つチーフレジデントとして参加できる,願ってもないチャンスであった。
 チーフレジデントとしての私の仕事は,救急研修カリキュラムの作成,インターンのためのEBM(Evidence-Based Medicine)シリーズ,またモーニングリポートと呼ばれる2-3年目のレジデントを対象にした毎日の症例検討会を組織し,アルバート・アインシュタイン医科大学の医学生には酸・塩基平衡,急性腎不全,肝臓機能の読み方などの講義であった。
 この1年間に私が痛感したことは,教えるということは単に知識の伝達でなく,学ぶ側のレベルやニーズによってさまざまなテクニックを駆使しながら忍耐強く,時には同じことを繰り返すのが重要ということである。実感として,それを十分行なうにはレジデンシーでの3年間とチーフレジデントの1年間ではとても足りないと感じていた。そのため,すでに決まっていた腎臓病学/集中治療フェローシップを断るには勇気がいったが,私はペンシルヴァニア大学の臨床医学教育者育成フェローシップに進むことを決めた。

ペンシルヴァニア大学 総合内科診療部フェローシップ

 ペンシルヴァニア大学総合内科診療部のフェローシップは,全米でももっとも古い歴史を持つ。日本ではまだ知名度が低いが,The Society of General Internal Medicine(SGIM;詳細はwww.sgim.org)発足の際から,ペンシルヴァニア大学総合内科診療部が中核的存在になって活動を続けてきた。 SGIMは1978年に発起し,1986年には『The Journal of General Internal Medicine』を出版,現在は米国を中心に世界中で3000人を越すプライマリ・ケア医をメンバーに持っている。現在私の所属する総合内科診療部のチーフであるDr. Sankey WilliamsはSGIMの前会頭であり,プライマリ・ケアにおける臨床研究の発展に大きく貢献した医師の1人である。
 ペンシルヴァニア大学総合内科診療部のフェローシップには2種類あり,そのうちの1つは独立した臨床研究者を育てる目的で創立され,Physician-Scientistフェローシップと呼ばれる。このフェローシップはアメリカ政府により100%スポンサーされており,残念ながらグリーンカードを持たない外国人には門戸が開かれていない。所属する医師(フェロー)は2-3年間,疫学と生物統計学においてみっちり講義を受けた後,卒業時に多くの人が臨床疫学のマスター学位を取得する。
 この卒業までの間に,フェローたちは1つのリサーチプロジェクトをデザインし,National Institution of Health(NIH)からKO1と呼ばれる駆け出し研究者に与えられる交付金を与えられることを要求される。アメリカでよいデザインの臨床研究が次々と行なわれているのは,このようなトレーニングを受けた医師たちが核になっているからである。
 もう1つの,私の所属する臨床医学教育者育成フェローシップは,2年間で優れた臨床医としてはもちろん,優れた医学教育者としても育成することを目的としている。そのためフェローには,最新医学の教育者として必要な基礎疫学を学ぶこと,医学文献を正しく理解し結果を鵜呑みにせず,厳しく分析する力を身に付けることが要求される。
 また,臨床能力の向上を目的として週2回,ペンシルヴァニア大学病院とフィラデルフィア退役軍人病院で外来診療,またプリセプターと呼ばれるレジデントの外来診療を監督するクリニックが週1回ある。それだけでなく,総合内科部門内でのジャーナルクラブが1年目は年4回,2年目は年2回開催され,指定された医学雑誌の中から自分の発表したい論文を選び,内科スタッフ医師の前で自分なりの解釈を発表する。1年目のフェローにとっては冷や汗ものであるが,疫学,生物統計学の知識に富んだスタッフがほとんどなため,自分の解釈が間違っていたり,発表された論文自体に問題があった場合,それらを鋭く指摘され,非常に教育的な経験になる。その代わり,準備不足の時のしっぺ返しも手厳しい。

ティーチングテクニックを磨く

 臨床医学教育者育成フェローシップでは,ペンシルヴァニア大学医学部の学生に対して平均3か月間,週3回「Introduction to Internal Medicine」という講義を行なう。これは1回3時間の講義で,内容は外来患者から入院患者まで幅広くカバーするため,準備には多大な時間を要する。例をあげると,外来患者では胃・十二指腸潰瘍,関節病,入院患者では急性冠動脈症候群,市中肺炎などの病態生理学から治療までをCase-Based形式で教える。私にとってこの講義を担当することは,単にさまざまなティーチングテクニックを学ぶことだけでなく,非常に楽しいものとなった。
 また,月に1-2回American Board of Internal Medicine(米国内科試験委員会)のExecutive Vice PresidentであるDr. F. Daniel Duffyから直接ティーチングについての教えを受けられる事も大きな利点と言える。Dr. Duffyのセッションでは,フェローとフェローシップのディレクターが集い,フェローが実際教育現場で経験した問題点を論議する。時には,フェローが教える講義をビデオに撮り,全員でその講義内容やティーチングテクニックを評価することも行なわれ,自分で自分をじっくりと批判するよい機会である。
 医学雑誌の編集にも興味があったため,昨年よりDivision ChiefのDr. Williamsが『Annals of Internal Medicine』の共同編集者となったのをきっかけに,その編集会議に参加する機会に恵まれた。このように,一般に総合内科診療部のフェローシップは自分の興味ある分野を探求する時間とチャンスを与えてくれる場でもある。

医学教育者を取り巻く現実

 アメリカでも質のよい医学教育の重要性が叫ばれる一方で,Clinician-Educator(臨床医兼医学教育者)は現実には困難な状況にいる。多くの有名医学校に隣接する病院が経済危機に陥っていることは耳に新しくない。問題は,医学教育が大切なことは重々理解されていても,どの施設も優秀な教育者を雇うだけの経済的な余裕がないことである。“Nobody pays for teaching.”とは,悲しいかな私が何度も聞いた現実である。
 それでも,新しく入ってくるインターンや医学生のやる気にあふれた表情を見ていると,私は自分が正しい選択をしたように思える。その姿は,8年前に希望に燃えて渡米した自分自身であり,今まで自分が教えてもらったことを今度は自分が還元したいという1人の医師としての個人的な喜びなのかもしれない。
 私は今年の7月からカリフォルニア大学サンディエゴ校へ移り,Clinician-Educatorとして新たなスタートを切る。今までの教えられる側から,教える側への転換である。臨床医学教育者育成フェローシップでの経験を十分に活かしていきたいと思う。