第2572号 2004年2月16日


英語で発信!臨床症例提示 -今こそ世界の潮流に乗ろう-

Oral Case Presentation

[第2回]There's a first time for everything.

齋藤中哉(ハワイ大学医学部医学教育部客員教諭)


第2568号より続く)

多文化共生

 ハワイ大学医学部よりこの連載を発信していることから,読者の中には,米国至上主義の態度を警戒する向きもあるでしょう。しかし,本連載を貫く精神は,米国一元論による理論武装ではなく,ハワイ州に象徴される温和な多文化共生です。
 まず,「正しさ」への過剰な拘泥から自己を解放しましょう。Presentationは文化と習慣の賜物です。「正しい」症例提示はだれも定義しえず,ただ「上手な」症例提示に至る無数の道筋があるだけです。
 次に,米語は米国の占有ではありません。確かに英語(British English)の地位を,米国は米語(American English)に置き換えてしまったのですが,現在,世界中の人々が米語を国際語(International English)に変換しつつあります。国際語で自分を表現する自由,およびその構築に携わる権利は,万人に等しく与えられています。
 互いに学び教え合う態度さえ共有できれば,国家と民族の背景は消失します。武器を持たず,「手ぶら」で出発しましょう。

■Contents Index [ID & CC]

ID&CCの重要性

 ID&CCは症例提示のHeadlineなので,省略は不可能です。表題のない論文は誰も読まないように,ID&CCのない症例提示は聴者の興味関心を喚起できません。逆にいえば,ID&CCを印象的な一文で活き活きと語りだすことが,よい症例提示の第一歩になります。

必須5項目

 ID&CCは,簡潔明瞭な一文,長くても二文以内に収めることを基本とします。後論に関係しない項目は,思い切って省略します。しかし,省略してはいけない項目があります。年齢,性別,受診経路,主訴,およびその持続期間です。
 この必須5項目で構成したのが,Text boxの基本8表現です。音読してみましょう。指導医への報告から学会発表に至るまで,どのような症例提示の場においても使用することができます。ここでは,患者の受診経路を表現するための特有の言い回しがあることに注意し,最も使用頻度が高いこれら8動詞を暗記してしまいましょう。

補足6項目

 次に,Text boxの発展表現7例を音読してください。必須5項目に,関連病歴,生活歴,利き腕,人種,職業,婚姻区分などを加えました。いずれも,本来Historyの中で詳述すべき項目ですが,ID&CCの中で言及しておくと,論点先取により聴者の理解を確実にするだけでなく,聴者の臨床推論を冒頭から最大限に刺激する効果があります。
 これら補足6項目は,医学的議論に必要な場合に限って言及しましょう。利き腕:right-handed,left-handed,婚姻区分:single,unmarried,married,divorced,widowedを覚えておくと役に立ちます。
 関連病歴や生活歴をID&CCの中で述べるためには,句や節の挿入を要します。難しいと感じる方は,無理をせずに,本来の場所Historyで述べるだけで構いません。

主訴を取り上げるコツ

(1)主訴は,患者の言葉を忠実に反映した自分の言葉で述べ,他覚所見や診断名は避けしょう。ただし,乳幼児,意識障害,病識欠如などの場合は,医学的診療理由や同伴者による来院理由で主訴に代えます。
(2)主訴は,3つ以内に絞りましょう。多すぎる主訴は,聴者を混乱させます。5つを超えると,短期記憶の射程外になります。

表1 ID&CCの基本

□必須5項目:年齢,性別,受診経路,主訴,持続期間。
□補足6項目:関連病歴,生活歴,利き腕,人種,職業,婚姻区分。
□主訴は,自覚症状から汲み上げ,最も重要な3つ以内に絞ります。

ただし,病態把握のために多数の主訴の羅列が本当に必要な場合があります。その場合,主訴だけゆっくり述べたり,2回繰り返したりすると,聴者に親切です。

練習-1
 自家薬籠中の症例を3例選び,ID&CCを書き出してください。

■Delivery Index [Mindset]

患者の最高代理人

 担当医は,患者の苦しみのよき理解者であると同時に,症例検討の場では,患者のことをもっともよく知る代理人でなければなりません。すなわち,議論が迷走した時,主訴と現病の把握に立ち患者の真の問題点を参加者全員に喚起し続ける使命をあらかじめ担っているのです。

守秘義務

 連載第1回の模擬症例提示“Phil Collins”(仮名)のように医学生から指導医に申し送りする場合や,参加者全員が患者の診療担当者である場合は,患者取り違えを避けるためにも氏名の言及が必要です。しかし,その患者を診療していない人々も参加する検討会では,氏名はもちろん,個人の特定につながる情報を公表してはいけません。

時間感覚

 あくまで一般論ですが,相手の話を間断なく傾聴できる時間はせいぜい5分とされています。症例提示の場合,立席で5分から3分,着席で5分から7分が1つの目安になります。実際には,求められている情報量に応じて,新入院患者紹介7分,専門医コンサルト5分,経過報告3分といったように臨機応変でなければなりません。ただし,どんなに複雑な症例提示でも,10分を超えないほうがよいでしょう。

「読み原稿」からの離陸

 初めて英語で発表を行なう場合,読み原稿は必須です。それを一字一句暗記し,繰り返しリハーサルを行ないます。睡眠時間を削ってでも,この努力を惜しまずに行なうことが,症例提示に習熟するための秘訣です。仮に,その発表がどんなに聞き苦しく下手なものであったとしても,指導医は,発表者が準備のためにどれだけ努力したかを,たいてい正確に見抜いているものです。

表2 症例提示の心構え

□患者の苦しみの代弁者となる。
□無用な個人情報の開示は厳禁。
□七五三の発表時間を遵守する。
□発表用メモを作り,暗記する。
□本番では時折メモの一瞥のみ。

 最初は一晩を要していた読み原稿の準備も,やがて箇条書きメモで済むようになり,最終的には,診療録を直前に閲覧するだけで,症例提示が行なえるようになります。

徒手空拳

 さて本番です。症例検討会は「話をする」場です。目と目を合わせてきちんと「話をする」ことが目的です。だれも,読み原稿や箇条書きメモを,本番で読み上げたりはしません。直前に最後の点検をしたら,それらにときおり目を落とす程度で,澱みなく話ができるように,必要なことはすべて暗記して臨むのがもっとも基本的な作法です。

練習-2  学会発表を含めて,あらゆる発表の機会で,原稿を読む習慣を廃止してください。
(1)まず,日本語の発表で。
(2)次いで,英語の発表で。

♪ 間奏曲

 「人前で話をすること」は1つの技術です。技術は磨けば必ず研ぎ澄まされます。努力して身につけた技術は,医師として,生涯にわたって役に立つ貴重な財産となるでしょう。There's a first time for everything.

●「新」しい声を是非「聞」かせください。
E-mail: nakaya@deardoctor.ac

Text Box
yr=year,ED=emergercy department,ER=emergency room,EMT=emergercy medical technician,HP=hospital

基本8表現

 ※必須5項目からなる構文です。
    年齢 性別 受診経路 主訴+持続期間
能動態 1来院 An18yr-old man came to the clinic complaining of irregular heart beats for the past three days.
  2受診 A27yr-old woman presented to the hospital complaining of occasional palpitations for six weeks.
  3診察 A36yr-old man consulted his physician because of concern about a family history of sudden death.
受動態 4入院 A45yr-old man was admitted to the hospital because of crushing chest pain of one hour duration.
  5搬送 A54yr-old woman was brought to the ER by ambulance after a five minute episode of seizure.
  6転院 A63yr-old woman was transferred to the HP from another HP because of worsening dyspnea over five days.
  7紹介 A72yr-old woman was referred to the cardiologist because of an incidental finding of left atrial mass.
  8評価 An81yr-old man was evaluated in the clinic for constant chest discomfort over the past two months.

発展表現7例

 ※議論の助けとなる補足6項目を加えた例文です。基本表現の2倍の長さになっています。
  1心肺停止 A66yr-old man who had collapsed on the street was found by the EMT to be apneic and to have no pulse. He was brought to the ED without any witnesses or family members to give further details.
  2生来健康 A22yr-old previously healthy single female college student who had never smoked came to the clinic complaining of severe cough for two days, but reported no sputum, fever, chills, loss of appetite or shortness of breath.
  3基礎疾患 A44yr-old divorced male barber who had undergone maintenance hemodialysis was admitted to the hospital because of worsening shortness of breath and cough during the previous 12 hours.
  4既往歴 A33yr-old Japanese male banker with a history of asthma in his childhood presented to the ER with chest tightness and wheezing, which developed gradually over two days after a cold.
  5利き腕 A55yr-old left-handed male with a ten‐year history of diabetes mellitus and hypertension was admitted to the hospital because of loss of control of his left arm and leg for the previous 8 hours.
  6産科歴 A33yr-old G2P1A1 woman in the 29th week of her third pregnancy came to the ED complaining of severe sharp pain on the right side of her chest. (G2P1A1 = gravida 2, para 1, abortion 1)
  7移住歴 A55yr-old Vietnamese married male cook came to the ER after an episode of coughing up about a spoonful of bloody sputum. He immigrated from Vietnam last year and does not speak English.




【筆者略歴】
京大工学部修士課程修了,阪大医学部卒。東京医大八王子医療センター腎臓科助手を経て現職。ハワイ大医学部で初めての日本人PBLチューターおよびカリキュラム開発者として活躍中。