第2570号 2004年2月2日


【投稿】

オーストラリアGP教育者による教育ワークショップ

西澤宗子(平静会大村病院/千葉大学附属病院総合診療部)




 さる11月15日,第18回日本家庭医療学会にて,特別教育ワークショップ(以下WS)「診療所での指導へのチャレンジ」が開催された。家庭医の育成において,診療所でのマンツーマン指導を徹底させているオーストラリアの教育方法を学び,日本のこれからの診療所指導について考える目的で企画されたこのWSは,予想以上に反響を呼ぶものとなった。
 3時間のWSでは,オーストラリアで使用されている実践的なオンライン教育を活用し,また日本の症例をもとにしたケースカンファレンスを行ない,教育システムや実際の指導方法について幅広いディスカッションが繰り広げられた。外来教育における実践的教育リソースの紹介,および指導方法,教育システムに関する情報は注目を集めたが,オーストラリアでの研修についても関心が集まった。WS終了後に寄せられた質問とアンケートから,特に参加者の関心が強かった内容を中心に報告する。

学会の役割
専門教育の担い手として

 オーストラリアのGP学会の教育的役割と教育システムについては,WSを通して関心が集まった。オーストラリアでは各専門に学会は基本的に1つしかない。スペシャリストの医療水準を維持し,社会的な評価を得るうえで,学会の役割は大きい。今回講師として来日されたのは,オーストラリアGP学会(The Royal Australia College of General Practitioners)と学会附属のGP教育機関(GP Education Australia,以下GPEA)の教育責任者であるDr. Rawlin,Dr. Bell,Dr. Atkinsonの3氏。
 彼らの所属するGP学会の役割は,唯一のGPスペシャリストの集合団体として,GP教育プログラム(卒後GP教育),生涯教育,GP医療の社会的アピールなどを行なうものであり,GP医療の質を高く維持する目的で活動している。オーストラリアでは,医学部6年間(通常),インターン1年間,レジデント数年間を経てから,試験を受けGP学会に入会,そこからGP教育プログラムが開始され,GP認定試験に合格するとGP認定を受ける。
 GP学会の教育プログラムは,他の専門教育と違い,診療所ベースで指導医のもと,マンツーマン体制を基本とする。また診療所外教育として,週半日の小グループカンファレンスを実施している。さらに学会は,オーストラリア医師全体の50-60%を占めるGPに対し生涯教育を義務とし,教育リソースを提供している。卒前教育は大学が専門に行ない,卒後専門教育はGP学会が行なうという,オーストラリアのGP教育システムに関心が集まった。

オンライン教育

 WSでは,生涯教育リソースの1つとして使用されるオンライン教育の実践に注目が集まった。オンライン教育の利用者は,一般GPだけでなく学生,研修中の医師,教育者,海外GPと幅広い層にわたっている。指導医は,自分の指導する研修者がどの分野に弱点を持つのかをチェックすることもできる。内容は,実症例を題材にマルチプルクエスチョンとEメール,チャットを使用するもので,解答だけでなく説明と意見交換も行なうことができる。質問は身体疾患と精神的問題,患者の生活環境を複雑に考慮させる実践的なものがほとんどである。

【実症例(ごく一部のみ紹介)】
 メリンダ 50歳(メリンダの写真あり)。子宮頸癌検診の目的であなたのクリニックを受診。あなたはそこで,異常に膨らんだ彼女の腹部に気づきました。彼女自身は腹部についてまったく意識していません。

 Question1.Pap smearの後,あなたは次のうち何を行ないますか。
(1)血液検査,(2)腫瘍マーカー,(3)尿検査,(4)超音波,(5)腹部レントゲン,(6)腹部CT,(7)他の専門医療を紹介
(解説の詳細は省略。(1)(2)(5)は有用性,コスト面から×。(3)は有用ではないが簡便・低コストのため○。(4)は◎。)

 (中略)その後,メリンダは婦人科を受診し,卵巣癌と診断されました。彼女は自分が重病であるとは,まったく考えていませんでした。

 Question6.あなたは,メリンダの予想に反し,癌であるという悪い知らせをしました。それは彼女のこれからの人生を狂わすものであったかもしれません。これについて,あなたはどのように考えますか?(文章で解答し,後日コメントが返信される)

 どの症例も,写真や検査結果が具体的に表示され,利用者が生々しく検討できるように工夫されている。EBMやコスト,状況を考慮した解答と解説が,GPEAの指導医によって示され,またメールで返信される。さらに文章で解答させるQuestion6のような質問も非常に興味深かった。
 Question6の役割は,毎日の診療の中でGPが抱える精神的ストレスを少しでも軽減させる働きを持つ。「日常診療を孤立してこなす開業医は,診療上のストレスを抱え込んでしまう場合も多い。これに対し,オンライン教育は精神的サポートという意味でも果たす役割は大きい」とDr. Bellはコメントした。
 オーストラリアGPのコンピュータの普及率は世界的に高く,約8割のGPが診察室にコンピュータを有している。電子カルテは,実際のGPが10年をかけて開発した結果,実用的なだけでなく,医療情報提供や統計処理が国レベルで行なわれるよう細部まで検討されたものとなり,同一のプログラムが国内全土に普及することにつながった。このオンライン教育もまた,開発を実際のGP指導医が手がけていることは非常に興味深く感じた。

※オンライン教育
www.gplearning.gpea.com.au
お問い合わせは,西澤(soko_nishi@hotmail.com)まで。

診療所指導のヒント

 Dr. Rawlinは診療所で指導を行なう際には,「プランニング」「カリキュラム作成」「責任感と熱意」が必要であると言及した。「プランニング」としては,指導について医師以外のスタッフと一緒に検討すること,指導する部屋や本棚など環境設備,患者の同意をどのように得るかの検討が望ましいとコメント。「カリキュラム作成」のポイントとしては学習者のレベル,ゴール設定,学習者が必ず習得しなくてはならない課題,誰がアシスト・動機付けをすることができるか,誰と一緒に指導することができるか,その診療所独特の課題があるか,などを明確にすることが大切だと述べた。
 「責任感と熱意」は言うまでもなく重要であるが,孤独感を感じやすい診療所医療の中で,これを維持し続けることは実際簡単ではない。Dr. Rawlinは,孤立しないこと,できるだけ指導負担を分担すること,指導することとはまた別に家庭医療分野の中で特別に興味を持てる分野をつくっておくこと,これらが責任感と熱意を維持するためのコツだとコメントした。
 また,診療所が地域ヘルスケアシステムの中で中心的役割を担っていることを教育に活用すること,地域の診療所指導医の持ち回りで行なう勉強会やインターネットなど,多様な指導方法を活用することも重要だと言及し,診療所の指導医が責任感と十分な熱意を持ち続けるための,指導医へのサポートの重要性を強調した。
 オーストラリアではGP学会より認定を受けた指導医には,指導を行なった期間に対して政府より補助金がGPEAを通して支払われる。Dr. Atkinsonは,「金額は十分とは言い切れないかもしれないが,私のように,指導が楽しくて楽しくて仕方がない医師でさえ,指導医への補助金は絶対不可欠だと感じている。熱意のある指導医にとって,指導にかかる物理的・経済的・時間的・精神的負担が非常に大きいのが実情である。医療費削減効果に期待するだけでなく,質の高いファミリードクターの養成は,国にとっても重要と理解されている」とWS後に語った。

日本の診療所指導の課題

 指導医にとって診療所で教育を行なうことのメリットは,家庭医および教育者として生涯教育をすることができ,学習者が育成していく喜びを経験でき,結果として現場で学んだ質の高い家庭医を増やすことにつながっていくことにあると,私は思う。
 やりがいと楽しみを感じられる仕事であるが,負担も大きいという一面もある。コンサルトを受ける部屋,コンピュータ,書籍などの準備という物理的負担,指導する時間および指導医が自らの診療時間を削った時間,教育準備などにかかる時間的負担,教育経費,減少した診療時間分の収入などの経済的負担。細かいようにも感じられるかもしれないが,個人経営の開業医にとってこの負担が少ないとは思えない。これらの負担は,個人レベルの解決が困難であり,質的・経済的援助が今後の課題になると考えられる。
 私は,日本でも学会などの教育組織の中に,家庭医の診療所教育をバックアップする体制が検討されるよう期待したい。診療所個別の努力だけでは指導体制が長期継続できない恐れがあり,また指導のバラツキも懸念される。学会などによる教育システムの整備は,指導医や学習者を個人レベルでサポートするだけでなく,必要な経済的財源の検討や交渉,さらには家庭医療の社会的アピールにつながるものと期待できるのではないだろうか。