医学界新聞

 

おきざりにされた健康

第5回

ホームレスたち

神馬征峰
(東京大学大学院・医学系研究科 国際地域保健学教室 講師)


2563号よりつづく

厳しい季節

 これまで外国で「おきざり」にされている人たちについて考えてきました。しかし,私たちの住む日本国内にも,「おきざり」にされている人がいます。私のすぐ身近にもいます。毎朝通勤時に横切る上野公園で暮らすホームレスの人たち。寒そうに暮らしています。彼らにとって厳しい季節,越冬の季節がやってきました。
 公園の池にはたくさんの渡り鳥が舞っています。その鳥たちにえさをあげるホームレスの人たち,犬とたわむれるホームレスの人たち。そんな姿を見て,思います。あの鳥や犬は人間たちをどう見ているのかなあと。
 ちゃんとした職業があって通勤する人たち。忙しそうです。ゆっくり鳥と向かい合う暇もありません。犬と遊ぶ暇もありません。寄り道などせずに,ただひたすら,目的地に向かって歩き,走ります。
 家を追われ,職場を追われ,公園に住み着いた人たち。鳥を友のように見つめ,犬と一緒に遊んでいます。ホームレスの人たちに対する一般社会人の評価と鳥,犬の評価。この2つはまったく逆転しているようにも思います。

ホームレスの実態

 厚生労働省は平成15年1月から2月にかけて,「ホームレスの実態に関する全国調査」を実施しました。その目的は「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法(平成14年法律第105号)第14条の規定により,ホームレスの自立の支援等に関する施策の策定及び実施に資するため」とされています。
 その結果,全国のホームレスの数は2万5296人でした。そのうち半分以上は大阪府(7757人)と東京都(6361人)で生活しています。生活の場所で最も多いのが都市公園で全体の約40%を占めています。ホームレスになった理由は,「倒産,失業や仕事が減った」というのが約70%。それに加えて,「病気・けが・高齢で仕事ができなくなった」という理由も約20%あります。
 健康状態に関しては,身体の不調を訴えている人が約50%弱,そのうち治療等を受けていない人が約70%もいます。これまでに何らかの支援を受けたことのある人は約70%います。その主な内容は,「炊き出し」と「衣類や毛布の配布」です。この1年間,家族・親族との連絡が途絶えている人は約80%にものぼります。
 法務省の人権擁護機関に対し,人権問題について相談したい事項を尋ねた結果,全体の約4分の1に当たる人から,「通行人からの暴力」(189件),「近隣住民等からの嫌がらせ」(158件)等の人権問題について,相談したいとの回答がありました。

ちょっと立ち止まってください

 大阪の釜が崎で20年以上も前からケースワーカーとして働いてきた入佐明美さんが,活動8年目に「ねえちゃん ごくろうさん-釜が崎で出会った人びと」(キリスト新聞社1987年)という本を書いています。その中から入佐さんのメッセージを最後に紹介したいと思います(一部省略・改変しています)。

 「あなたは,今どこにいますか? ビルのなかで働いている人は,このビルは,誰がつくったのだろうか。地下鉄に乗っている人は,この地下鉄は,誰が掘り,レールをしいたのだろうか,などと今,しばらくの間,考えてみてくれませんか。
 誰もがいやがる,しんどい過酷な,危険の伴う仕事を,誰が背負っているのでしょうか。日雇い労働者たちです。
 ここ釜が崎で,主に日雇い労働者を対象に地域内の医療パトロールをしてきました。多い日は200人の人々が吹きさらしのなかでふとんにくるまり,さらに路上では100人の人が野宿しています。なぜ,私たちの生活の安定の根源を作りだすために体をはって生きてきた人たちが,冬になればこんな暮らしをしなければいけないのでしょうか?
 憲法25条には『すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』と書かれてあるのに,なぜこのような現実があるのでしょうか。
 これは私の問題であり,あなたの問題ではないのでしょうか。このような現実を作り出しているのは,私であり,あなたではないのでしょうか。あなたの生活のなかで,このことを考えていただきたいのです」