医学界新聞

 

〔寄稿〕

ポートフォリオを利用した研修医による
「研修の成果プレゼンテーション」

森 敬良(出雲市民病院シニアレジデント)


人間味あふれる医師の養成

 新しい時代の研修医は何を身につけ,どう評価すればその可能性を伸ばしていくことができるでしょうか。知識や技術の評価は筆記試験や実技試験が一定の役割を果たすかもしれません。しかし,その医師の人間性,態度,コミュニケーション能力などを評価することは非常に困難なことと言われています。卒後研修が必修化され,初期研修の目標が示されましたが,その方略や評価方法に関しては,今後全国各地でさまざまな取り組みがなされると予想されます。このような中,情意領域(態度,人間性など)の評価については「ポートフォリオ評価」が注目を浴びています。
 当院では,初等教育などの「ポートフォリオ評価」で有名な鈴木敏恵先生(一級建築士,未来教育デザイナー)をアドバイザーにお迎えし,ポートフォリオを用いたプロジェクト学習に取り組んでおります。また,さる9月18日には,地域の方も対象にした「研修医プレゼンテーション」を開催いたしましたので,あわせてご報告いたします。

ポートフォリオ活用の実践とその意義

 ポートフォリオを医師の研修に活用することは,諸外国や日本の一部の施設(北部東京家庭医療学センターなど)でも取り組まれています。
 今年から当院でも,研修医に自分のポートフォリオを作ることを必須としました。与えた課題はただ1点で「ともかく日常勉強したことや,振り返りをしたことなど,医師としてかかわったすべてをファイリングすること」でした。5人の研修医は,少し戸惑いながらも徐々に「仕事歴」を作りはじめました。取り組み方はそれぞれに異なり,全部1つのファイルに入れている研修医や,患者さんごとにまとめる研修医,カンファレンス用紙や振り返り用紙は別にする研修医など,不思議と5人のほとんどが自然と分別収集をするようになりました。
 仕事の成果を保存するという行為は非常に重要なのですが,これだけでは単なるコレクションになってしまいます。これらが生きるのは「振り返り」をする時です。
 当院では週に2回,研修医だけで「振り返り」の時間をとっています。また月に1回は他職種も含めた「研修委員会」も開催し,そこで月間の振り返り,フィードバックをしています。
 これらの準備には,いずれも英国のダンディー大学でも使われている「振り返り用紙」(目標のうち達成できたこと,改善が必要なこと,今の感情・気持ち,今後学びたいこと,など自己評価として記入する)を利用するのですが,それを書く時に必ず自分のポートフォリオを眺めるのです。これによって,自分の数日間や1か月間を俯瞰でき,振り返りが客観的にしやすくなるのです。
 ポートフォリオを活用することは,振り返りが容易になるだけでなく,非常にポジティブな思考も育てます。これまでの初期研修では,手技,知識のテストやチェックリスト,担当症例のまとめ,指導医からのコメントだけで評価されることが多かったと思われますが,ともすれば「できていないところ探し」「自分の失敗の再現」ばかりに終始してしまいました。しかし,ポートフォリオ自体が「作品集,実績歴」ですから自然と自分の「いいところ探し」で「成功体験の再現」が浮かんできます。「自分のいいところを見つける」という作業は,その後の医師人生においても重要な技術であると感じます。

導入期研修のアウトカム

 大学を卒業して医師として働きはじめる時期は,医師という社会的責任を負うと同時に社会人としての責任も負うことになります。これは研修医の人生にとっては劇的な転換期です。当院のプログラムでは,この初期研修の導入期(約5か月間)を非常に重要と考え,一般内科病棟を中心にゆったりとしたスケジュールで行なっています。この導入期の間に,医師としてのプロフェッショナリズムの基礎を身につけ,2年間を意欲的,誠実に,前向きにやりぬく力をつかむことを目標にしているのです。
 また同時にポートフォリオを活用した学習(プロジェクト学習の縮小版)をくり返すことにより,目標設定力,課題発見力,チームによる解決力,同時に「自分のいいところ」「同僚のいいところ」を探し伝える能力も獲得したいと考えています。
 研修医もこの9月で導入期を終えるにあたり,その総まとめをすることになりました。鈴木先生と相談し,ポートフォリオをもとに医師,他職種も含め,地域の方々の前で「プレゼンテーション」をすることを課題としたのです。
 研修医たちは自分の集めてきたポートフォリオを眺めながら「マイ・テーマ」を決めていきました。鈴木先生から出されたテーマの条件は「他の研修医にも役に立つこと」「自分で大事だと思えること」「発表が目的ではなく,知の共有・シェアが目的であること」の3つ。また自分たちでも『調べたことの発表』ではなく『意義,価値を感じた“気づき”や手技,手法』を発表することが重要だと話し合いました。何度か鈴木先生に電話やFAXでフィードバックをいただいて決定したテーマは,
・患者さんの生活背景,心理状態に配慮して決断しよう
・患者さんへ安心感を与えられる注射上手になりたい
・いろいろな研修スタイルを勉強し今の研修を発展させよう
・研修医モチベーションアップ法――バレーボールに学ぶ
・患者さんが安心し納得がいく診療ができるドクターになる方法
という,個性のあるものでした。
 また,プレゼンテーションの制作物に関しても以下のような条件が出されました。
・基本的に,「模造紙1枚,タテ使い」とする(必要に応じて付加的にパワーポイントも使用可)
・模造紙の一番上にテーマを赤太文字で書くこと
・図や根拠となる数字を入れること
・自らの実践が含まれること。具体的にイメージできること
・「……だから~する」という結論が具体的に書かれていること
・なにより,「自分の思いや考え」が入っていること!
 もちろん,地域の方も対象ですから,専門外の方が聞いてもわかるような言葉づかいでなければなりません。「模造紙1枚タテ使い」という条件はパワーポイントに慣れている研修医は少々戸惑ったようですが,直筆であったり,紙であったりすることでパワーポイントよりも人間味ある表現ができるように感じました。
 そして発表前日9月17日に出雲にこられた鈴木先生と,研修医それぞれが準備状況や発表したい内容を相談し最終の準備を整えました。

研修医プレゼンテーションの流れ

 発表当日9月18日には,当院の会場に40名近い参加者(地域の方,患者さん約10名,職員約20名,医学生5名)に来ていただけました。最初に私と鈴木先生がプレゼンテーションし,当日の目的,方法を説明しました。続いて研修医が順番に5分の制限時間で発表していきました。発表が終わると必ず同僚研修医からフィードバックをするようにしました。その後は会場から数名発言していただき,発言しきれなかった部分は付箋を用いて,後で模造紙にはりつけてリターンをいただきました。続いて研修をはじめてから発表当日までの研修医たちの姿を写真で振り返り(セレブレートタイム),会場から研修医へのメッセージをいただきました。

さまざまな角度からのフィードバックで得られたもの

 初めての取り組みだったのですが,研修医たちの新しい一面をたくさん見つけることができました。テーマを選んだ「こだわり」や,地域の方々の前での明るい表情,お互いをどう見ているかなど,シニアレジデントとして近くでよく見ていたはずでしたが,まったく知らないこともあり,驚きました。また,相互評価(peer review)も必須としていましたが,研修医どうしでも新たな発見があり,興味深く感じました。
 参加した医学生さんからも「参加する前は知識,技術面の発表かと思ったが,コミュニケーションや態度などがテーマであり,医師にとって,もっと根本的で重要な内容であると改めて感じた」との感想をいただきました。地域の方からも「研修医のみなさんをこれからも応援していきたい」「最初は白衣の人が多くドキドキしたが,先生たちやこの病院を信頼しているので,自信を持ってがんばってほしい」とエールもいただけました。これらは相互評価に加えて研修医の自信につながったことと思います。
 さらに重要であると感じたことは,発表を見た看護師や医師など職員の発言でした。「当院の研修に自信が持てた」「いい病院だと思うことができた」など,研修を受け入れている側の自信になったということです。当院はこの3年間連続して研修医を受け入れているものの,180床(一般120床,療養60床)の中小病院です。しかし「中小病院こそよい研修ができるのではないか」「自分たちは地域の方々と共にこれからもいい医療をできる」という発見ができました。
 今後もこのポートフォリオを用いたプロジェクト学習を繰り返していき,研修に生かしていきたいと思います。



森敬良氏
2001年島根医大卒。出雲市民病院にて初期研修。研修中に選択科として北部東京家庭医療学センターで学んだ。現在は家庭医をめざしながら出雲市民病院で屋根瓦方式のシニアレジデントを担っている