医学界新聞

 

連載(24)

    新医学教育学入門

教育者中心から  
学習者中心へ
  

講義をよくするには

  
大西弘高 国際医学大学(マレーシア)・医学教育研究室上級講師


2562号よりつづく)

 平成文化大学は,開学10周年を迎え,徐々に古びていく医学部カリキュラムに頭を悩ませていました。開学当時には非常に優れた教官が集まっていたものの,次々と異動して,学生の評判が低下しつつありました。特に,講義がおもしろくない,だから大学に行く気もしないという学生の声は気掛かりでした。そんな中,2年生の北井さん,京野さんの2人は,後輩たちのためにも何とか講義を改善していきたいと考えました。

講義改善のニーズ

 まず,2人は戦略を練ってみました。教育プログラム開発の考えに従って,講義をする教員の行動を変容させるには,教員への教育が必要であり,そのためのFD(Faculty development)カリキュラムを構築するという考え方に沿うのがいいだろうということになりました。そこで,まず2年,3年の学生に無記名でアンケート調査を行なってみました。すると,
・講義がおもしろくない
・出席を強制されるのが苦痛
・大教室では雑談の騒がしく,後ろでは内容が聞き取れない
・時々みられる手書きのOHPはやめてほしい
・時に内容が難しすぎる
・やる気のない先生の講義をやめてもらえるような評価制度を導入したい
など手厳しい結果が得られました。また,「試験はPBLの内容ではなく講義内容に沿って実施されるので,講義内容のノートを暗記するような学習が惹起されている」という見過ごせない問題も指摘されました。何人か友人とこの結果について話し合ってみましたが,これらの意見はそんなに特殊なものではなく,普段からみんなで共有されている認識に近いということもわかりました。
 一方,北井さん,京野さんは,FDカリキュラムでは学習者にあたる教員にもアンケート調査を行なうことにしました。これについては,医学教育部の野村先生の名前で実施してもらうことになりました。すると,自分の講義にかなり,またはある程度自信を持っていると答えた教員が7割,講義改善のプログラムが必要だと答えた教員が1割強で,学生が持っている問題意識が教員には届いていないことが明確になりました。
 北井さんは,この結果を医学部長の林先生に伝え,今後の方針について図のような計画を持って相談しました。すると,林先生は事態を重く受け止め,改善のために複合的な対策を行なうことを約束してくれました。

実施段階

 林先生は野村先生と相談し,改善方略を実施するための学内ワークショップを計画することにしました。そこで,北井さんから提出された計画をどのように変更するべきかを考えました。

 講義技法については,どんな講義が優れた講義かについてもう少し煮詰めないといけませんね。
野村 はい,学生が「いい講義」と感じるモデルとして,予備校での講義を挙げる者が多かったようです。
 なるほど。「大学は予備校じゃない」というような変な反発もあるかもしれませんが,モデルとしてはよさそうです。他に,学内に誰かいいロールモデルはいないでしょうか。
野村 生理学の矢沢先生は,評判がいいようですね。
 では,まずそういったいいモデルをワークショップでは教員の皆さんに見てもらい,自分たちの講義をどうやって改善するか,評価するかについて,ディスカッションしてもらうのがよさそうですね。そして,最終的に,授業をビデオに撮って振り返るような形にまで持っていくとかなりいい形になるでしょう。
野村 ディスカッションはいいと思うのですが,ビデオ撮りは,以前に平和記念医大でやろうとして,教員の反発が強くて問題になったと聞いています。例えば,評価目的に使うというのではなく,「学習者中心の教育への変革」「将来のウェブ教材への利用」を名目にして,ビデオ撮りしてしまうというのはいかがでしょうか。
 なるほど,それはいい考えですね。ただ,学生の中には,「講義に出席しなくても,後でビデオを見ることができる」というような噂が広まる可能性もあります。そのあたり,意味合いを誤解のないように周知徹底したほうがいいでしょうね。

いい講義とは

 野村先生はワークショップで「いい講義とはどのような講義か」について一般論を講義することになりました。内容は,授業の準備,演出の重要性(声の大きさ,手振り身振り),学生の参加を促す方法,視聴覚機器の使用や注意点(スライドを使い過ぎない,スライドは10行以上記載しない等)です。この講義は,学生の希望者も出席できるようにしました。後に,学生に講義を評価してもらう際,よい講義のあり方について教員と共通認識を持ってもらう必要があるからです。
 しかし,野村先生は準備しながら,徐々に心配になってきました。学内の偉い先生方を相手に,いい講義に関して「上手に講義」しなければ説得力が一気に低下するからです。ワークショップ前々日に,一度林先生や北井さん,京野さんの前で練習をすることになりました。林先生は,学生を中心に講義技法への関心が高まっていきそうなこと,教員にもネガティブな反応を最小限にしながら対策が打てることを確信し,大きな手応えを感じました。

参考資料
名古屋大学高等教育研究センターの「成長するティップス先生」
http://www.cshe.nagoya-u.ac.jp/tips/index.html)は,講義による授業改善に関して,tipsを散りばめた素晴らしい情報です。是非,ご参照ください。