第2555号 2003年10月13日


〔寄稿〕

「レジデント労働時間は週80時間以内」
規制を設けたニューヨーク州の実際

十川 博(ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校・外科レジデント) 


 ニューヨーク州では他の州に先駆けて,レジデントの労働時間を週80時間以内にする規則を設け,実際に成果をあげてきた。この動きは本年より全米に広がることになった。日本でもレジデント(研修医+専修医)の労働過多は周知のごとくであり,研修医の過労死がマスコミに取り上げられたりと関心を集めている。今回はニューヨーク州において,いかに苦労して労働時間を守らせているかについて報告する。


Bell Regulation

 1984年ニューヨーク・コーネル大学病院にて過剰労働のレジデントによる投薬ミス?(2つの薬のインターアクション)があり,それにより患者が死亡。その裁判によって,病院にも医師にも過失はないものの,過剰労働をさせているシステムおよび指導医の監督不足が問題であるとの結論に至った。それを受けてニューヨーク州は89年にレジデントの労働時間を制限する法案(通称Bell Regulation)を制定した。
 その内容は,「週80時間以内の労働時間厳守,連続24時間以上の労働の禁止」というものであった。しかしながら,このBell Regulationは違反しても病院側が反則金を払えばよく,病院側にとってはレジデントの低賃金を考えると反則金を払っても多く働いてもらうほうが採算面で有利であり,外科のプログラムなどでは,必ずしも守られていなかったようである。

ACGME

 一方,近年全米レベルでレジデントの労働時間をカットしようという運動が活発になり,ACGME(米国のレジデントプログラムを監督する第三者機関)がBell Regulationに沿ったガイドラインを作り,それを守らない場合は各レジデントプログラムが閉鎖される恐れが出てきた。各病院にとってこれは深刻な問題であり,ニューヨーク州だけでなく全米のレジデントプログラムで労働時間をカットせねばならなくなった。これが,ここ1-2年の動きである。

労働現場の実際は

 労働時間の問題が深刻なのは,外科のプログラムにおいてであろう。日本でも米国でも外科レジデントは長時間労働であり,米国ではレジデントの間は通常,伝統的に3日ごとに当直があり(時には2日ごとも珍しくはなかった),週110時間から130時間労働が普通であった。特に外科ではマンパワーが常に不足しており,Bell Regulationのあるニューヨーク州でさえ,つい数年前まではこのような状況であった。
 私のレジデントプログラムは州立大学病院のプログラムであり,例えば私立の大学病院よりもニューヨーク州からの圧力は強く,他の病院より率先してBell Regulationを守らねばならない立場なのであるが,私が米国での外科レジデント生活をはじめた2001年には,まだ徹底していなかった。したがって,最初の1か月は伝統的な3日ごとの当直生活を送った。日本での外科医生活を経験していたのでたいして苦痛には感じなかったが,米国での当直はほとんど眠れず,また昼間もかなり忙しいので,日本の外科レジデントの生活よりも体力的には大変であった。
 しかしながら,その後Bell Regulationを徹底させようという動きが強まり,当直時に4時間の休息,当直明けは午後2時までに帰宅することというルールができた。本来は,Bell Regulationによると連続24時間以上は働けないので当直明けは,朝帰宅すべきであるが,そうすると外科レジデントが手術をする機会を失うので,休息時間を当直中に設け,手術を午前中にさせて午後に帰宅させようという苦肉の策であった。これによってレジデント生活はかなり楽になったし,勉強をする(教科書や文献を読む)時間が増えたというアンケート結果が出ている。

労働時間の制限による 労働力不足をどう補うか

 しかしどうやって当直時間中に4時間休ませるのか? レジデントが帰宅した後の穴埋めはどうするのかという疑問が沸いてくる。
 1つはレジデントの数を増やすことである。Preliminary(他の専門に行く前に,1-2年間一般外科トレーニングを受けるレジデント)の数を増やすという方法がある。また,米国にはPA(Physician Assistant)やNP(Nurse Practitioner)という人々がいて,彼らを採用することで1年目のレジデントの穴埋めをした。PAやNPはだいたい大学卒業後,2年間それぞれの学校を卒業した人たちであり,1年目あるいは2年目レジデントと同等の働きができる。給料は年間7万ドルから8万ドルぐらいであるから,病院側には痛い出費であるが,プログラムが閉鎖されるよりましであるということである。
 その一方,「レジデントの手術症例は減らないのか」,「週80時間しか働かないレジデントが5年間で通常どおりレジデンシーを卒業するのでは,経験不足にならないのか」,「患者の周術期を診る連続性が失われるのではないか」という懸念もあり,外科レジデンシーを6年間にすべきではないかという声もある。しかしながら,以前よりもシステムが改善したと,多くのレジデント,指導医は考えている。
 一方で,私の所属する外科プログラムでは昨年よりナイト・フロートシステムを採用した。つまり夜だけ働くローテーションを作り,日曜の夜から金曜日の夜まで働くレジデントチームが形成された。土曜日・日曜日は昼間働くレジデントが分担して当直となる。これによりナイト・フロートでなければ,平日の夜は当直がなく,月に2回から3回の週末(土曜日か日曜日か)の当直だけですむようになった。なんとか,このシステムでうまくやれている。
 内科や麻酔科のレジデントにBell Regulationの影響について聞いたのであるが,もともと彼らの労働時間は週80時間に近く,ほとんど変化はないとのことである。

最後に

 米国ではBell Regulationの前でも,効率的に仕事を進めるシステム(手術記録や退院サマリーのディクテーションや病棟秘書の存在)があったが,それでも外科レジデントの仕事は大変であった。ましてや日本の病院のように研修医が本当にすべての雑用をこなし,PAやNPなどの新しい職種による肩代わりが見込めない状況では,研修医の労働時間を減らそうとしても,上級医に雑用を分配するだけのことになりかねない。日本でどうしたらよいのか。私には処方箋はない。日本の慢性的なマンパワー不足を補うには,資金がいるし,それを元手にして,外国からの医師を受け入れるなり,PAやNPの制度を設立せねば,解決にはほど遠い。

 以下は私のプログラムの外科教授でチェアマンであるDr. Ricottaの言葉である。
 「振り返って見れば,過酷なプログラムとして知られるジョンズホプキンス大学の外科レジデントだった当時,家庭をかえりみずに働き,子どもと過ごす時間も持てなかった。しかし,やはりそれは異常な生活だったのだということを,全米の外科のチェアマンは謙虚に認識すべきだ。今,レジデント卒業パーティにたくさんの子どもの姿がある,レジデントがきちんとプライベートライフを送っているのは非常に喜ばしいことだ」



十川 博氏
1995年滋賀医大卒。沖縄米海軍病院,東京女子医大消化器病センター外科を経て,99年マサチューセッツ総合病院移植外科にてリサーチフェロー。2001年よりニューヨーク州立大ストーニーブルック校にて外科レジデント。