医学界新聞

 

『生体の科学』座談会

創薬ゲノミクス・創薬プロテオミクス・創薬インフォマティクス



   
谷口寿章氏
徳島大学分子酵素学研究センター教授
  板井昭子氏
(株)医薬分子設計研究所代表取締役社長
  松田 譲氏
協和発酵工業(株)取締役社長
 
   
田中利男氏
三重大学医学部薬理学教授
  藤田道也氏
浜松医科大学名誉教授(『生体の科学』編集部)
  石川春律氏
群馬大学名誉教授(『生体の科学』編集部)
 
   
野々村禎昭氏
<司会>
(財)微生物化学研究会理事長
   

野々村<司会> 『生体の科学』誌では毎年10月に増大特集を組んでいますが,今年は「創薬ゲノミクス・創薬プロテオミクス・創薬インフォマティクス」というテーマで企画してみました。今日はこの方面の新しい動き,現状,問題点などをお伺いできればと思います。まず田中先生からお願いします。

創薬ゲノミクスを中心に

田中 私が創薬ゲノミクスに関心を持ったのは,分子生物学の影響を受けて分子薬理学が発展してきた90年代半ば頃です。そのテクノロジーが結実した1つの例としては,医薬品とその標的分子の相互作用の明快な解析結果が出るようになりました。それは後で話されるプロテオミクスや構造生物学など多くのサイエンスが可能にしてきたと思います。ただ,薬理学は主に単一遺伝子疾患でなく,多因子疾患を対象にしてきたという歴史的な背景があります。
 薬理学はフェノタイピングの歴史が長く,ターゲットは同定されても,それがなぜある多因子疾患のフェノタイプに治療的な介入が可能になるかという情報は比較的少なかった。90年代になると,包括的にexpression profileを解析する異なるテクノロジーが現れました。われわれはdifferetial displayという方法でスタートしました。
 当初はアイソトープでdifferential displayをして薬物を作用させた時に,発現が変化する遺伝子群を解析できるようになり,教科書的な標的分子の作用だけでは理解できないようなジーンクラスターの変化が浮かび上がってきました。そこで,標的分子とフェノタイプの間を埋めるジーンクラスターが初めて目の前に見えるようになってきたわけです。mRNAのトータルとしてトランスクリプトーム解析と言われていますが,薬理学にとって今後重要なのではないかと考えたわけです。
 医薬品のターゲットは483個あるとされているのですが,治療的な介入を可能にしている標的が試行錯誤の過程で見つかっており,それが見事な形で臨床では成立している。そうすると,医薬品の作用機序は標的分子で理解するだけではない。今までの分子薬理学というのはターゲットを中心に解析してきたわけですが,その下流にあるジーンクラスターが新しい薬理学の解になってきている。それは疾患という正常とは異なるexpression profileに支えられているフェノタイプの出会う場所ですから,そういう意味では分子生物学が持っている還元主義でなく,クラスターとしての解を薬理学が見出す必要があると思います。

創薬プロテオミクスを中心に

野々村 谷口先生,プロテオミクスの立場からお話しください。
谷口 田中先生のお話と共通するキーワードは「包括的あるいは網羅的な解析」で,何らかの変化に対する細胞の反応をグローバルにとらえることだと思います。それを蛋白レベルでするのがプロテオミクス,またはプロテオーム解析で,90年代半ばに提唱されました。それ以前は田中先生が紹介されたdifferential displayです。田中先生にお聞きしたいのは,プロテオミクスやゲノミクス,トランスクリプトミクスでも,細胞全体の反応はどの技術を使っても見事にとらえられますが,問題はその中からターゲットを見つけることで,それが今回の座談会のテーマでもある創薬の目標です。
 全体として,数千という蛋白質の量の変動をまずとらえることを可能にしたのはここ4-5年の技術の進歩です。1つは去年ノーベル賞をもらった田中耕一さんたちの業績に代表される質量分析の技術的な進歩で,もう1つはデータベースの充実です。ゲノム解析によってもたらされたのですが,その2つを基盤としてプロテオミクスの解析技術が可能になったわけで,ライフサイエンスの研究手法としては革命的だと思います。それではその技術を使って本当に創薬に持っていけるか。トランスクリプトソームでもプロテオームでも多数の遺伝子・蛋白質の変動が見えてしまう。その中にターゲットが含まれるのか。今の田中先生のお話を聞いているとグローバルな変化で,それがフェノタイプに結びつくのであれば,その中にもターゲットを見つける可能性があるのかと思ったのですが,どのようにお考えなのでしょうか。
田中 ご承知のように,ゲノムテクノロジーはトランスクリプトームにしてもゲノムシークエンスにしても,プロテオミクスにしても,その結果たくさんのジーンリストがavailableになって,その上翻訳後修飾とか,phosphorylationを代表とするようなものを含めると,大量の分子種が現れました。当初は楽観主義が支配して,Drews Jたちのレビューですと,例えば多因子疾患に10個ずつの疾患遺伝子が関与し,しかもそれに関連のinteractionを入れると,3倍ぐらいのものが関与している。多因子疾患を100と限定してもかなりの数のものがターゲットになるのではないかと推測すると1万に近いような数になる。ところがその後,druggableという言葉が出てきたのですが,そういうcandidateがdruggableとしてtarget validationされるものはそれほど多くないことがわかってきました。
 当初は3,000から1万ぐらいの創薬ターゲットが見つかるのではないかという仮説があったのですが,試行錯誤で得たターゲットは483でしかなかった。ハイスループットスクリーニングをしていなかったせいとも考えられるし,functional genomicsの中で,治療的なポテンシャルを持っているgene productはそれほど多くはないのではないかとも思われます。つまり医薬品で治療を可能にしているのは,単にゲノムの持っている治療的な遺伝子機能のポテンシャルを使っているにすぎません。ゲノムの機能の限界が薬物治療の限界ですから,そういう意味では少し悲観的になっているのではないかと思います。
 differential displayはヘビーな作業ですから,さらに配列情報がavailableになって,DNAマイクロアレイに変えています。そこで,483という人類が長年かかって見つけた臨床上使っているターゲットに低分子を作用させた時のdown streamというものを,もう一度学び直すことが大切だと思います。今までの伝統的な薬理では見えなかった,冒頭に言ったジーンクラスターから学ぶと,そこにはワールドワイドに治療に使われていますから,少なくとも安全性に対しては保証されています。
 もう1つは薬効,有効性が証明されているので,そこからもう一度学び直すというプロセスが必要なのではないか。白紙のままゲノム全体にいくと,それは大海に宝を探しに行く可能性があるのではないかというのが,薬理の側からの理解です。

創薬インフォマティクス

野々村 板井先生,ベンチャーではどのように使われていますか。
板井 まず現状を考えてみますと,ライフサイエンスの研究成果は,疾患や現象から出発した伝統的なパラダイムに対して,包括的,網羅的配列に関連した新しいトレンドの研究の2つに分かれると思います。
 新しい研究の欠点は,配列は見つかっても,その蛋白が体内でどういう役割を果たしているかがなかなかわからないので,創薬ターゲットになりにくいことです。私どもは伝統的なほうに目を向けたバイオインフォマティクスをやっていますが,もっと体系化・統合し,電子化して,その上で新しいトレンドのライフサイエンスの成果を解釈しない限り,創薬ターゲットが見つかることはないだろうと思います。
 全体の現象を疾患に結びつけないと,蛋白質の持つ意味や利用価値が出ません。だから今は,新しい蛋白質を見つけたり,単離したり立体構造を解いても,機能がわからないものは特許性がありません。ですから,まず機能の研究が何より重要と考えています。分子設計という私の立場からいうと,この蛋白質がこの疾病のキーになるという情報があれば,必ず薬は創れるというところまできています。そこで新しい創薬ターゲットを見つける方法に興味があるのですが,両面からやっていかなければいけないと思います。
 もう1つは創薬ターゲットの問題ですが,標的を定めて創薬をするようになったのはここ10年のことで,昔は作用から入り,何か効くものがあったらそれを手本にして誘導体を作り,その中から薬効がよく,毒性がなく,動態のよいものを探すというやり方でした。ただ,医薬として実現した時に,そのターゲットにだけ作用しているのではなく,他の蛋白質にも結合して作用を及ぼしていることがあります。
 今よい薬といわれているもののほとんどがdual actionとtriple actionですから,とりあえずの標的は定めておいても,サブタイプの問題や,偶然似たようなポケットを持つ蛋白質にいってしまうこともや,作用メカニズムが単一ではないことがあります。

創薬する立場からみて

野々村 実際に創薬にかかわっておられる松田先生,いかがですか。
松田 創薬のプロセスを考えてみると,医薬品の探索研究では,ランダムまたはtheoreticalにスクリーニングして化合物を選び,それから毒性や代謝・排泄機構など化合物の安定性,それに他の薬物に対してどういう影響があるのかも調べます。その次に,動物実験を経てヒトでの臨床試験に入るわけです。そういうプロセスを経て達成されるわけですから,初期の物を見つける段階と,その途中の開発プロセスと,さらには臨床開発段階ではかなり異質です。
 企業の立場でいうと,ゲノム情報を創薬のプロセスの中のあらゆるステージで生かせることが重要です。先ほど田中先生がおっしゃったように,ゲノムの情報を遺伝子レベル,蛋白レベル,あるいはクラスターのレベルで処理することによって,薬物の標的を見つけ,それを対象にしてスクリーニングすることは一番大事ですが,最初のステップに過ぎません。先ほどご指摘のように,当初は楽観的な考えが支配しており,ある標的遺伝子,特に新規遺伝子を見つけてスクリーニングする際に化合物の数が多いほどヒット率が上がるので,化合物の数を競ったこともありました。
 ところが,最近は単なるゲノムの配列情報だけで標的を選んでスクリーニングしても,新薬開発のプロセスの後期のほうまでつながるようなものが出にくいという考えが支配的になってきて,やはり生物学をベースにして創薬の標的となりうる遺伝子をきちんと特定しなければだめだと思われるようになってきました。
 ゲノム創薬という言葉は最近使われませんが,英語に直すと「bridging-genomics and drug discovery」で,ゲノムの情報を創薬の中に生かすことですから,初期段階だけで生かす必要はないということです。そこで企業の立場でいうと,新薬の成功率は活性が弱いからという理由だけで落ちるわけではない。活性と毒性との比率で,活性は弱くても毒性が弱ければ安全域が大きい。そういう意味で活性だけでなく,代謝安定性,排泄機構など副作用に関与する遺伝子がどのようにかかわっているか,あるいは問題が予想される作用点に作用しないような薬物を選別する手段として,ゲノムの情報をどう生かすかというところに力を入れようとしています。新規な創薬標的遺伝子はもちろん探索しますが,当社としてはもっと実用的なセンスで仕事をしています。さらに最近は,臨床開発中の薬剤のエビデンス,つまりきちんと標的に作用することを証明し,既存の薬物との差別化を図る。その面にもゲノムの情報をもっと積極的に使おうというのが企業の立場です。

分子ターゲットがどうして薬になるか

野々村 板井先生は,NF-κBの抑制剤を研究していますが,いかがですか。
板井 細胞の役割分担とか細胞の状態は,一様でないことがわかってきました。刺激が入った時だけ働くパスウェイもあるわけで,刺激が入らなかったら当然そこは動いていないから,NF-κBを抑えても必ずしも重篤な毒性が出るわけではない。
 細胞の実験と動物実験の乖離が埋められたら創薬は楽になるだろうと思います。細胞の実験は,細胞の種類,培養条件,細胞の密度によってばらつきます。どの状態が動物個体の現象とフェノタイプと矛盾なく説明できるのかということはよくわからないわけで,その辺を分子薬理と動物薬理の先生がやってくださるとありがたいです。
田中 vivoのデータ,あるいは個体レベルの情報が重要だというお話ですが,2つあります。1つは,モデルをきれいにやるvivoの薬理学者が少なくともアカデミアで枯渇しつつあります。もう1つは技術的側面で,2つのボトルネックがあります。技術的な面は,おそらくイノベーションによって早晩克服されると思いますが,vivoの薬理学者は意識的に育成していかないと,消えていくだろうと危惧しています。
田中 ジーンターゲティングをやっておられる先生方がフェノタイピングを正確に解析できる人はいないかと真剣に探しておられるようですが,少ないですね。
藤田 結局,古典的な薬理学とか生理学でしょう。そういうのは今の時代として業績が出にくくなっているのだから,問題は論文の生産なんですよ。それが分子のレベルではみんなそういう論文を製造するシステムができていますからね。それに乗ってしまいますから,それは時代の問題です。
田中 非常に深刻な問題だと思いますね。

臨床検体の必要性

谷口 プロテオミクスだけではなく,DNAを使った解析でも同様ですが,病因遺伝子を探そうとすると,まず検体を集めないと話にならない。日本で十分な検体を集めることができるかどうか。まず大きなハードルは個人差で,これを乗り越えるためには多数の検体が必要です。最初にお話にあった単一遺伝子の疾患は今はかなり解決し,今後はcommon diseaseを標的にする必要があります。そういうものに対して検体を集めて,われわれが使えるすべての解析技術を使って病因遺伝子を明らかにしたいのですが,その最初のハードルが高い。
野々村 特にコントロールはもっと大変ではないですか。オペの時の病変部と,その人の切り離した中の正常部,普通正常人からとることはできないですからね。
谷口 欧米では先行している研究グループがあって,病変部だけではなくその周辺の決まった部位の健康な組織も同時に採取する。それをいくつかの疾患,特に癌ですが,その検体を国家レベルでシステマティックに集めるという動きがあります。
田中 われわれの病院も遺伝子組織バンキングを始めていますが,問題は預金率を上げる方法です。その銀行に預金するのに何かドライブするようなシステムを考えていかないと倒産してしまうと思います。
 1つは預金したら得する,つまり利益が十分得られないとモチベーションが上がらない。日本でなかなかうまく作動しにくいのは,その利率が悪すぎるからではないですか。例えばゲノム情報をどういう形で提供者,最終的には患者さんに還元するかということになるのですが,その前に臨床研究者に対しても,どういう形で利息をつけて返せるか,そういうことが起こらないと預金率を上げられないのではないか,今そこをどうすればいいかと悩んでいます。
松田 提供者に十分メリットを感じさせるだけの情報提供なり,プライバシーの保護という点が徹底されていないからですか。
田中 乗り越えなければならない問題がかなりあると思います。研究者の啓蒙も必要ですが,少なくともまだいくつかの問題が残っている感じがしますね。
石川 蛋白質の機能がはっきりわかれば創薬はやりやすい,あるいはゲノム情報をもとに創薬を進めるというお話がありました。創薬にこだわるのですが,それがどういうふうに具体的に創薬につながるのでしょうか。
野々村 谷口先生,プロテオミクスでハイスループットなどをやります。あれは第1段階ですが,どういう方法ですか。
谷口 1つはDNAレベルの解析と同じで,ディファレンシャル解析で,2つのサンプルの間で発現が変化している蛋白質を見つけることです。
 今は数千の蛋白質を1日で解析できますから,逆に原因遺伝子を同定することが難しくなる。細胞全体も何か一つ変わると全体にグローバルな変化を示しますが,その変化を検出することは今簡単になっている。先ほどお話がありましたが,副作用に特徴的な細胞の反応という形でとらえるのは,明らかに創薬の前半,かなり初期の段階で判断できると思います。問題は創薬の標的になるものがそこに含まれているかどうかで,含まれていない可能性もあります。
石川 標的が決まると,次はどういうアプローチがとられるのですか。
谷口 そこが,ポストゲノム時代の大きな問題です。標的が決まっても,その機能がわからない。そもそも従来の生物学,生化学,分子生物学もそうですが,まず最初にフェノタイプ,表現型,あるいは機能ありきで,機能に関与している遺伝子や蛋白質を見つけることでした。それが今は逆に,まず配列ありきで,そこから機能へとたどる方法論があるかというと実はない。
 ですから,今行なわれているのはある蛋白質にどんな蛋白質が結合するか。そこからもとの蛋白質の機能を探れないか。そういうことでしかないのですね。あるいは蛋白質の細胞の中の局在をみるとか。
石川 ノックアウトマウスも使えますね。
谷口 もちろんできます。でも,ある遺伝子をノックアウトしても表現型に変化が出るかわからない。何を見ればよいかわからない。ノックアウトとコントロールと比較してどう違うか。細胞全体に何が起こっているか。1つの遺伝子をノックアウトして細胞全体がどう変化するかを見ることはプロテオミクスでできる。機能がわからないけれど変化している。その変化から未知の機能を知るのは難しい。そもそもそういう学問が存在しない。リバースゲノミクスとかリバースプロテオミクスということをおっしゃっている方もおられるのですが,実はそういう学問は存在しない。既知の遺伝子をノックアウトして,未知の表現型を探るストラテジーの限界です。結局,細胞全体の中の,例えば相互作用のネットワーク,シグナル伝達のネットワークをすべて明らかにするしか手はない。それは今後5年から10年の研究で明らかにされていくと思います。トランスクリプトミクスも,ゲノミクスも,プロテミクスもすべて総動員して,ここをノックアウトすると全体がどう変化するということも完全に理解できるような時代が来る。そして初めて,ここを標的にすると創薬に直接結びつくのではないかということもわかってくると思います。

遺伝子,分子ターゲットから創薬へ

野々村 松田先生はいかがお考えですか。
松田 新規遺伝子を見つけて,それをノックアウトすると特徴的な症状が出るので,それを創薬ターゲットの証明に使おうといういわゆるtarget validationです。実は創薬の標的としてふさわしいかどうかを証明することは大変時間と労力がかかる。新規遺伝子の配列情報から機能を推定し,それをベースに,例えば生物的な機能を薬理学的,生理学的な手法で調べて,対象となる遺伝子がある生物現象や特定の疾患にかかわっていることを証明し,さらに次の実際の創薬のステップに進めていくという手法はそれほど簡単ではありません。創薬の場合はある程度戦略的に限定的な手法で迫るやり方でないと,網羅的に一網打尽にするというわけにはいかないと思います。
野々村 ただ,分子ターゲティングをもとにして創った薬はたくさんあります。一番よい例がAIDSですが,AIDSの場合は全部感染かリリーズするまでの変化が分子レベルでわかっているものだから,それぞれの個所に応じて薬が創られていたのにあまり効かなかったわけですね。でも,初めから今までの薬の発展の仕方と違って,本当に分子ターゲティングでやったと思います。ところが,最近実際に効き出したわけです。この間東大医科学研究所の岩本先生にうちで講演を頼み,そこで伺ってびっくりしましたが,これまで1剤だったら効かなかったが,2剤-3剤使えば効く。それでAIDSが姿を消したわけです。ところが,ヘルペスと一緒で,投薬を止めるとまた出てきてしまう。一度使い出したら,3剤投与をずっと続なければいけない。しかし,インフォマティクスが進んでいたらもしかすると,早く気づいたかもしれない。
板井 でも,メカニズムの違うところの増殖を抑えようということですよね。
野々村 そういうのは,創薬の話をする時に,どこへ出てくるのかなと思っていたのですが,そういうことこそインフォマティクスだったのではないでしょうか。
藤田 3剤の効き方というのは相加的なのですか,相乗的なのですか。
板井 あの場合は相加的だと思います。最初から併用を前提とした臨床開発は難しいので,あの場合も単剤でも少し効いていると思いますが。
野々村 薬としては残らないですからね。
田中 野々村先生のAIDSの例は非常にきれいだと思います。ただ,歴史を振り返ってみると,降圧剤にしても抗癌剤にしても,併用療法というのはある程度試行錯誤的に多剤併用が,プロトコールにあります。ですから,経験的にはいろいろな試行錯誤を人類はやってきたのではないかなという気がします。高血圧の治療薬のガイドラインも何剤かを重ねていきますから,そういう意味では薬物療法の基本的なストラテジーの1つとしては多剤併用というのも残された戦略だと思います。
野々村 ただ,今までの薬と違って開発の仕方そのものが分子ターゲティングできているものですからね。むしろこちらに効かなかったという。
田中 その場合は時代的に,分子生物学が成熟した時に病気が出てきたというか,そういう部分はありますね。

GPCRと創薬

田中 私はトランスクリプトームを中心に,mRNAの変化から抽出しようというストラテジーを取っています。その過程で,全生物学を完成しようと思うと,すべての情報がすべてマトリクスに埋まるまでは創薬というのはなかなか成立しないというのは,正しい意見だと思います。ところが,実際はまだ薬物療法の恩恵に浴さない人たちが死んでいくわけですから,背に腹は替えられないので,GPCR(G protein coupled receptor)をやると思います。問題は,冒頭の谷口先生の質問と同じですが,druggableでないGPCRは存在すると思われますか,すべてdruggableだと思いますか。
 なぜこれを話題にするかというと,今の医薬品の50%前後が一応GPCRがターゲットだと精力的に集中して研究されています。それにもかかわらず生物学としてはかなり成熟しているGPCRの中で,医薬品は成立しているものといないものがある。それが創薬の1つの課題だと思います。
板井 ターゲットを決める時に製薬企業はまずマーケットを考えます。そういうこともありますから,単純に構造上の問題ではないと思います。
野々村 マーケットだけではなく,日本の場合は治験の問題があります。
田中 ただ,外国でやる治験でもいいのですが,druggabilityのprincipleというものが存在するのかしないのかというのも1つの大きな課題として残されています。
 ターゲットそのものが毒性にリンクするということはdruggabilityを損なっているという定義につながるのではないかというのが私の提案なのですが。

プロテオミクスからインフォマティクスへ

野々村 かなり膨大なデータベースが必要になるでしょうが,いかがでしょうか。
谷口 いくつか問題があって,何らかの現象に関係しているらしい蛋白質のリストが一挙に出てくるが,その中の3分の1は機能は未知で,配列しかわかっていない。そこから機能にたどるには,データベースを作り,資料についての情報と,解析結果をリレーショナルデータベースにする。さらに機能未知遺伝子の配列から入って,情報を集めるためのツールも作っています。むしろ大規模なリレーショナルデータベースを国家規模で作ってくれないかなというのがわれわれの希望です。
 アメリカのNCBIは10年ほど前ですか,アントレーという形でリレーショナルデータベース化しました。例えば1つの文献に対する関連した文献をリストアップして,それがリレーショナルデータベースにしてある。それと蛋白質,核酸の配列のデータベースにリンクが張ってあるので非常に有効だったのですが,今使ってみると,何かほとんど関係のないような文献がたくさん引っかかってくる。それは関係のつけ方があまりにも古すぎるから,今後出てくるデータから有効な情報を抽出するためには,まず生命情報の完備されたリレーショナルデータベースが絶対必要です。
 それから,プロテオミクスのデータ自体から実際に有用な情報を抽出するためにわれわれ自身でプロテオミクスのデータと,蛋白質に関する情報,あるいは蛋白質の配列に関係する情報をすべて集めて,それをリレーショナルデータベースとして作っていく。われわれの解析ではまず何らかのサンプルがあるので,そういうサンプル情報と最終的に得られた情報をまずデータベース化しよう。今のところその段階で,今後はそこからできるだけ何らかの形で有効な情報を抽出したいと考えているのですが,まだ少し難しいというのが現状ですね。
野々村 ゲノミクスからプロテオミクスへと,同時平行して起こるわけですが,創薬のほうで対象になるのは,ほとんどが低分子です。よい例が抗高血圧薬のアンジオテンシンIIアンタゴニストやCaチャネルブロッカーです。初めは薬になるとも思わなかったのに,見事な抗高血圧薬になったわけです。そう考えると,プロテオミクスと低分子化合物の結合や板井先生のところでなされていることがどうなっていくのかというのか。その辺のことを最後にお話ししていただこうと思います。
谷口 私はそこまで考えていませんでしたが,低分子の情報を含めたデータベースなしで済ませられないことがわかりました。
 もう1つ残された課題は,GPCRの話も出てきましたが,受容体だけをみていても限界があると思います。板井先生がやっておられることと私たちがやっていることはよく似ていて,細胞ネットワークを全部明らかにしていこうとしています。私は蛋白質のリン酸化をやってきましたが,最新のプロテオミクスの技術を用いると,実はリン酸化の部位も決まってしまう。今まで知られていなかったようなリン酸化部位というのも何百,数千箇所というレベルで出てきます。今われわれがやっていることは,実はそこに対する抗体作りなのです。今でも,例えば50とか100ぐらいの抗リン酸化抗体が揃っていて市販されていますが,その規模を500から1,000にしたい。そうすると細胞全体のシグナル伝達系の全体の反応,どのパスウェイがどう活性化されたかということが一目でわかる。それがわかると今度は個々のレセプターだけでなくて,レセプターもいくつもあって,こう流れていってここ,そこのキーポイントをターゲットにするということができるのではないか。もうすでに板井先生は始められているのかもしれませんが。
板井 いろいろと特許も書いています。

全体を眺めなおす

野々村 もう1度,薬というのは低分子化合物であるという観点から考えてみたらどうですか。
田中 むしろdrug target,いわゆる以前に薬物受容体として提案されたものが,分子生物学によってわれわれの目の前にvisibleになってきました。実はゲノミクス,あるいは機能ゲノミクスというものがわれわれに提示してくれつつあるのは,薬物受容体の下流の総体,全体像です。それが今まで延々とやってきたフェノタイピングにつなぎ得るチャンスを与えてくれている。
 ただ問題は,谷口先生がおっしゃるように,あまりにも候補遺伝子が多すぎることと,真の標的を抽出するサイエンスがまだあまり効率のよいシステムになっていない悩みだと思います。それに対するストラテジーとしては,低分子のパーターベーションがツールとしてはいいと思います。
 もう1つ加味しなければならないのは,疾患で動くジーンクラスターと,薬物で動くジーンクラスターを同時に解析しない限り,創薬は成立しない。そこが最大の問題です。例えば,β-ブロッカーも素直に考えると危ない薬物だと思うのですが,それがグローバルに使われている。そうすると単にtissue distributionとかtissue specificityのselectivityでなくて,もう1つ違う生物学があって,それで初めて全体で治療が成立する条件,また今持っているわれわれのサイエンスのレベルを超えたような部分がまだあるのではないかと痛感しています。そのサイエンスが成立しない間は,遺伝的情報とconventionalなストラテジーを統合していかざるを得ないのではないか。どちらかというと試行錯誤に近いのが現状ではないかなというのが印象です。
松田 企業の立場で言いますと,臨床でも特定の遺伝子の過剰発現が明らかに疾患と関係があるという場合には,その患者さんにおける特定遺伝子の発現レベルを調べて治療に役立てることは,すでにいくつかの具体例もある。またその前段階で,薬剤の差別化,あるいは副作用が予想される患者さんを治療対象からはずす,さらに治療効果が期待される患者さんを集めて臨床試験も行なわれています。
 もっと前の段階でも,固有の化合物バンクの中でどういった構造のものが副作用をもたらすか,あるいはこういう活性を合わせ持つだろうということなどをデータベース化して会社固有なものを作り,日常的に探索研究の中に生かす,それに近いことは実際に研究現場ではかなり行なわれています。そうした活動が創薬全体のプロセスを効率化する,スピーディーに行なわせる。大学の先生方がおやりになっている成果がやがて結実し,創薬のプロセスが効率化することは間違いないと思います。
 ただ,それが言われているほど簡単ではないということは,現実としてあると思います。そういう意味で企業のやっている創薬プロセスと,先生方が今取り組んでおられる情報処理というものもどこかでうまく連携しながらやる必要はあると思います。
野々村 石川先生はいかがですか。
石川 新しいストラテジーで創薬をしていこうという方向が理解できたと思います。蛋白質レベルや細胞レベルの機能の多くがはっきりしないことも,さまざまな面でまだ創薬に対するブレーキになっていることも理解できました。そういう意味では課題も多いことを感じました。
野々村 長時間貴重なお話を頂戴しどうもありがとうございました。
(おわり)

 この座談会は,雑誌『生体の科学』(医学書院販売)で企画された「座談会:創薬ゲノミクス・創薬プロテオミクス・創薬インフォマティクス」を医学界新聞編集室で約4分の1に再構成したものです。なお,全文は同誌第54巻5号に掲載されます。
【週刊医学界新聞編集室】