医学界新聞

 

連載
メディカルスクールで
学ぶ

   第7回
   授業の様子

  高垣 堅太郎
ジョージタウン大学スクール・オブ・メディスン MD/PhD課程2年

前回2544号

 メディカルスクールでの授業の様子については,時折本紙でも報告されます。米国の授業は日本に比べて活気が感じられるといった印象が一般的のようです。筆者の限られた経験からは,一般的な日米比較は不可能ですが,今回は外からは見えにくい部分に焦点を当てたいと思います。

授業の様子

 日本での大学時代と比べて現在,授業についての一番の違いは学生のシビアさかもしれません。筆者の通っていた日本の大学では,つまらない授業も多くの学生がまじめに聞いていたように思いますが,現在の学校では,あまりにつまらない授業は10分もしないうちに徐々に学生が減っていきますし,部屋を抜けずに内職や昼寝にいそしんだ学生も,時間ぴったりになるとばたばたと本をしまいはじめます。以降,同じ教員の授業はがらがらです。
 当然逆もあるわけで,講義の上手さで有名な先生の授業は満員になりますし,上級生や若手の教員が聴衆に混じっていることもあります。そして,少数の講義名人(基礎のコマを持つ臨床系の先生が多いのですが)の講義のあとには拍手が起きます。
 このような学生の評価は,各科目の最後に行なわれるオンライン・アンケートで正式化され,よほど評価の悪い先生は講義から外されるようです。また,評価が悪いと,テニヤ審査(米国の大学の教員は基本的には契約制で,一部の教員のみが委員会の審査によってtenureと称する終身雇用権を獲得する)の際に問題になるそうです。
 学生の側からも,よい先生を評価する仕組みがあります。年に1回,学生会の主催でゴールデン・アップル式典と称して,構内の学会場で晩餐会が催され,各学年の投票をもとに優秀教員,レジデントなどに黄金の林檎の置物(米国では林檎は先生の象徴)が表彰されます。この置物は,受賞教員のオフィスの目立つところに誇らしげに飾られます。
 また,生理学であまりにすばらしい授業をした循環器内科の老先生に対して,クラス中で集金し,記念品をお送りしたこともありました。

教育のインフラストラクチャー

 もう1つ大きな違いは,授業そのもの以外の,周辺体制の完備です。例えば,ジョージタウンの時間割は多くのメディカルスクール同様ブロック制(毎週の時間割ではなく,年間を通してカリキュラムに応じた毎日の細かい時間割が割られ,主要科目は一度に2-3科目ずつを履修する仕組み。試験は各科目ブロックが終了する度に随時行なわれる)ですが,このカリキュラムの調整を行なう副学長がいるほどです。
 各科目は当然のように細かいシラバスが準備され,履修後の学習目標も事前に明示されます。学生運営のノート・サービスもあり,これを購読すれば,講義の数日後には講義ノートが手に入ります(こういったことは多くのメディカルスクールで行なわれている)。
 電子情報のインフラ整備も進んでいます。ほとんどの授業のスライドがオンライン掲示板()に掲示され,参考論文などもこれを通して読めます。授業はすべて映写係によって録音され,図書館でカセットを借りられるほか,一部はスライドとともにインターネットから聞けるようにすらなっています。米国では大学の70%がなんらかの無線インターネットを実施しているといわれますが,ジョージタウンでも導入されており,授業中にパソコンを参照する姿もちらほら見かけられます。そして,一部の教室や廊下にはコンセントと並んで,インターネットの差込口も準備されています。
 ソフト面では,電子ジャーナルはもちろんのこと,いくつかのEBMサービスや教科書も校内の端末室や校外からのダイアルアップを通して利用できるほか,解剖学や組織学などの学習ソフトも準備されています。また,PDAの利用も推進されており,授業の時間割を直接ダウンロードできるほか,医学情報の入手も可能です。

新カリキュラムの例

 ジョージタウン大学では,米国メディカルスクールの大多数同様,新式のPBL(問題解決型学習)中心のカリキュラムについて実験は重ねてきたものの,本格導入は断念されています。教員の人数不足,既存のテニヤ教員の種類,入学する学生の種類,そして,レジデンシー出願の際に重要になる成績の評価基準の問題,といった事情が導入を阻んでいるのだと思います。USMLEとの関連で,PBLカリキュラムでは「無理なく・斑なく」学ぶことが難しいのも確かのようです。「完全PBL式のメディカルスクール城下町では,テスト対策予備校が繁栄しているらしい」というのは,日本にまでは届かない噂の1つでしょう。
 ジョージタウンでも,PBLのセッションは申し訳程度には行なわれていますが,少なくとも現状は中途半端で,かえって不必要な気がします。医学の帰納的な性質上,「考える」ということは「調べる・読む・覚える」ことと切り離せず,2週間に一度程度集まってやたらと「I think」を連発しあうのも,すぐに興ざめしてしまいます。とりわけ,思慮深さと多弁が逆相関する傾向にあり,困ったものです。
 現況下,カリキュラムの改革は主に,既存の授業を特定テーマにしたがって縦断的に繋ぐことに焦点が当てられているようです。
 例えば,全国的な先駆けとしてNIH(米国立衛生研究所)から170億ドルのカリキュラム開発助成金を受けているCAM(代替医療)カリキュラムは,臨床への橋渡し科目の中や,解剖学,生理学,内分泌学,脳科学,薬学など各科目内にコマを割られており,各科目の主管教授とは別の教授が縦断的に計画しています。老年医療カリキュラムも同様に,老人科の教授によって縦断的に組まれています。
 全体的に見渡すと,ジョージタウンが教育重視のメディカルスクールだということもあるのでしょうけれども,カリキュラムのあり方が真剣に検討され,俯瞰的な観点から計画されているように感じます。学生の意見も,カリキュラム委員会の学生代表や,学長陣との直接対話を通して反映されている様子です。
 具体的な計画自体は理想的でない部分がが感じられる点もありますが,全体計画と周辺体制整備に取り組む姿勢は,status quo(現状の体制)にがんじがらめになりがちな日本の大学も,参考にするべき面かもしれません。

*CAM(代替医療)カリキュラム……薬草療法などを利用する患者が多いことから,CAM利用の実態を知ることに焦点が当てられている。また,西洋薬との相互作用や,CAM施療者からの患者引継ぎ,CAM施療者への患者紹介に必要な基礎知識などもカバーされている。