連載(14) | 新医学教育学入門 | 教育者中心から 学習者中心へ |
タキソノミーと教育方略,評価の関係 | ||
大西弘高 国際医学大学(マレーシア)・医学教育研究室上級講師 |
知識,態度,技能
引き続き,FD(faculty development)ワークショップの様子を見てみましょう。知野(ちの),態良(たいら),輪座(わざ)の教官3名は,悪性腫瘍の診断を患者さんに告知するような場面にうまく対応できるような,内科ローテート中の研修医2年目を対象としたカリキュラムに対するニーズが高いと考え,医療面接の中で特に「悪い知らせの伝え方(Bad news telling)」に関するカリキュラムを考えることにしました。一般目標は「患者の心理に配慮した悪い知らせの伝え方に関する能力を身につけ,最善の臨床経過をもたらすようにする」としましたが,個別目標を絞り込む時になかなか議論がまとまりません。知野 「悪い知らせの伝え方に対する患者の反応を知る」っていうのはどうかな。
輪座 知るというだけじゃダメだと思いますよ。さっきタスクフォースの西田先生が単語を選んだほうが測定しやすい形になるって言ってましたよね。「患者の反応に関して列挙する」がいいんですかね。
知野 ああ,なるほど。それなら測定できるよね。
態良 「悪い知らせを伝える時に患者に優しく接する態度を身につける」はどうでしょうか。
知野 態度面は重要だね。いいと思うよ。
輪座 それも,「患者に共感的に接することを重要であるとランクづける」とするらしいです。
態良 あっ,そうなんですね。
輪座 でも,実際にやるとなると難しいんですよね。僕は,「病に関する患者の想いを聴く」という技法を挙げてみたいんですけど,これも測定可能にしようと思うとやっぱり難しいです。
態良 「模擬患者の参加による客観試験により8割の学生が合格点を取る」って表現すると測定できそうに思うんですけど。
知野 態良先生,お上手ですね。
輪座 でも,OSCEにしちゃうとなんだかぎこちなくなってしまうから,僕はちょっと抵抗がありますね……
態良 実際,教えるとなるとどうすればいいんでしょうか。
知野 最初は簡単な講義が必要だろうね。
輪座 学生同士や模擬患者とのロールプレイをしてみて,実際にどのようなところが難しいのかを実感することも重要でしょうね。
態良 ロールプレイを録画して,それをみんなで見てディスカッションするというようなことができればいいかもしれません。
知野 なるほどねぇ。私は少し教育に関して講義のような古いスタイルにこだわり過ぎていたのかもしれないなあ。そうすると,評価はやっぱりOSCEのような形がよさそうだね
輪座 そういえば,今度研修医2年目の人たちは,4,5年生の時にOSCEを受けている人が多いというアンケート結果が出ていましたね。それならあまり研修医たちも硬くならないかもしれません。研修医向けですからOSCEといっても形性的な評価でいいでしょうし。
知野 かなり考えがまとまってきましたね。では,少し個別目標を文章にしてみますね……
タキソノミーと教育方略,評価の関係
この例では,知野先生は講義によって知識を伝えるということにややこだわっているのかなと自己評価しています。やや古いスタイルの教育に深くかかわってきた方なのでしょう。態良先生はロールプレイやディスカッションで態度教育の場にしたいという想いを強くしているようです。輪座先生は医学教育的な用語にもある程度慣れ親しんでいるようですし,どちらかというと態度面よりは面接の技法(スキル)面に焦点を当てているように見えます。ただ,態良先生も輪座先生も比較的よく似た教育方法,評価方法に行き着きそうです。タキソノミーを分類する一番の利点は,教育方法や評価方法の選択が容易になることです。表に,タキソノミーと好ましい教育方法,評価方法の対応に関する一覧表を挙げておきます。この例では,ロールプレイとディスカッションがスキル及び態度の教育として用いられるようです。また,評価に関してはOSCEによってスキル面を中心に評価することになるでしょう。実際に行動が変化したかどうかについては,指導医や看護師からの評価が行なわれれば最も実態を表した評価になります。
表 タキソノミーと好ましい教育方法,評価方法の対応 | ||||||||||||||||||
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*1.臨床症例問題を解くような自習など
*2.特定のテーマに関して目標設定,計画立案,実行,評価や判断という活動プロセスを経て行なう学習的活動 *3.いわゆるアンケート形式で,認識や信念などを問う *4.他者には同僚,指導医,ともに働く他職種の職員などが含まれる |
タキソノミーの問題点と有用性
さて,「悪い知らせの伝え方(Bad news telling)」に関するカリキュラムをタキソノミーに分けようとすれば,なかなか分類が難しいと気づかれるのではないでしょうか。経験のある臨床医ならBad news tellingなどという用語を知らなくても患者のことを思いやって医療面接に携わっている人が多いでしょうから,知識そのものがどれだけの意味を持つのかも判断の難しいところです。また,実際に悪性腫瘍の告知場面となれば,患者や家族の非言語的な手がかり,例えばとても絶望したように見えるとか,とにかく不安がってそわそわしているなどをいかに汲み取るかが非常に重要ですが,このような能力は知識,態度,技法のいずれに分類されるべきなのか明確ではありません。よって,タキソノミーにこだわることは教育の文脈を損ねると考える教育者もいるようです。しかし,分類しようと試みることにより,知識面よりも態度や技法面の重要性がクローズアップされたり,教育方法,評価方法の選択がより意義の大きいものになったりするという効果はあるのではないでしょうか。私は,さまざまな教育内容において,タキソノミーのことを少し考慮することはカリキュラム開発の視点から非常に有意義であると考えています。
次回は,カリキュラムを実施段階に移す際に生じる問題をいかに予測するかというやや違った側面について考えてみます。
(この項つづく)