第2544号 2003年7月21日



名郷直樹の研修センター長日記

2R

センター長の仕事って?

名郷直樹  (地域医療振興協会 地域医療研修センター長,
横須賀市立うわまち病院 臨床研修センター長)


前回2540号

○月×日
 「辞令,Z市立しおかぜ病院,臨床研修センター長を命ず」
 こういう形式ばったことはどうも性に合わない。性に合わないうえに,大きな失敗をした。だいたい今日が仕事はじめで,仕事の前に辞令交付があるとちゃんとわかっていたじゃないか。それにもかかわらず,出かけるときにはそんなことすっかり忘れて,着ているものといえばポロシャツにチノパンだ。前に並ぶ病院幹部の目が,何となく私の身なりを見て,あきれているように思えるのは被害妄想か。他の職員はみなビシッとスーツか,白衣のユニフォーム姿。自分ひとりがのけもののようで,どんな顔して,どんな格好で辞令をもらえばいいのか。そんなことをくよくよしているうちに,センター長を命じられて,なんともかっこ悪い様子で辞令を受け取ったに違いない。
 まあいいさ。臨床研修センター長だ。内科部長や外科部長と違うんだから。スーツも着ないし,白衣も着ない。これからの仕事振りでばん回していけばいいんだ。そう自分に言い聞かせて何とか立ち直った。
 しかしその立ち直りもむなしく,次々と予想だにしないことが起こる。辞令交付式の後,院長と内科部長に呼ばれて,また何やら不吉な予感。不吉な予感は必ず的中する。
 「明日からの外来のことなんだけど,こんなふうに組んでみたけど大丈夫ですか?」
 何で私が内科外来なんだ。私は臨床研修センター長だぞ。内科外来というのは内科の医師の仕事だろ。しかしそんな文句を言う間もなく,次のフレーズが続く。
 「シニアレジデント(ここでは3年目以降のレジデントをこう呼ぶ)の先生はもう十分1人でできるよね。先生とレジデントのペアで時間内の内科救急当番をお願いしてもいいかな。バックアップは先生自身にやってもらえれば教育にもなると思うし」
 えー! 内科の外来予定表には,私とシニアレジデントの名前が毎日びっしり入っている。シニアレジデントのローテートはまだ決まってないだろ。内科からローテートするなんて誰が決めたんだ! それよりだいたい何で私が毎日内科救急当番までやらなきゃいけないんだー! しかしさらに追い討ちをかけるように,思いもよらない言葉が続く。
 「あと当直は月1-2回いいかな?」
 私は単なる内科医師として赴任したのか? レジデントも内科の中だけで教育し,その教育役も全部私ということ? 研修センター長の仕事ってそういうこと? 赴任前と全然話が違うじゃないか。どこにでもある臨床の片手間にやるような教育ポストでなく,教育専任のポストじゃなかったのか? 比喩じゃなく気が遠くなってきた。何か反論しようと思うが,どう説明したらいいのか言葉が出てこない。ようやく出てきたのは次のフレーズだった。
 「最初2週間は,シニアレジデントのオリエンテーションをがっちりやるという約束だったと思うのですが……」
 「オリエンテーションは5月にジュニア(1-2年目のレジデント)が来た時に一緒にやったほうがいいでしょう」
 だめだ。そんな話をしている場合じゃない。冷静に対処しなくては。「教育専任の臨床研修センター長」,「臨床医としての立場は設けない」,「教育以外の臨床はやらない」,そういう条件だからこそ,へき地の現場を捨ててきたのだ。自分1人でがんばるだけでは結局何も変わらない。問題はシステムだ。へき地医療の専門医を育てるためのシステムの立ち上げが私の仕事なのだ。臨床の片手間でやる教育なら,へき地診療所でもできたじゃないか。何のためにここへ来たんだ。ここであっさり引き下がったら,すべてがパーになるかもしれない。しっかりしろ。
 「オリエンテーションについてはそうですね。でもオリエンテーションを延ばすとしても,外来や当直は別の話なので。自分1人で外来や当直をやるつもりはありません。やるとしてもレジデントと一緒にやりたいと思います。ただ私1人でレジデントの教育ができるわけではないので,教育のシステムをつくることが私の仕事なのです。毎日時間内の救急当番ではちょっと困るんですけど」
 「先生の言うことは難しいなあ。とりあえず来週の外来はやってくださいよ。病院のシステムやレジデントがどんな外来で研修するか知っておくのはむだじゃないでしょう」
 確かに自分でもうまく説明できていない。難しい。
 「わかりました。でも私自身は内科じゃないので,あくまで暫定的な外来表ということでいいですか」
 「今月半ばにはもう1名内科医が増えますからその時に見直しましょう」

 いきなりへとへとだ。内科外来はやることに落ち着いた。救急当番と当直はとりあえずはずしてもらった。レジデントのオリエンテーションはとりあえずなし,ローテートは内科から,その後はまたゆっくり決めればいい。
 とにかくスタートしたんだ。辞令には,内科とも外科とも書いてない。臨床研修センターとだけ書いてある。大手を振って,「私は臨床研修センター所属です。内科ではありません」
 そう貫き通そう。内科,外科という枠組みとは別の,教育を専門にする臨床医,そんな医者をめざして,進むしかない。
 あー,へき地の臨床の日々がもう懐かしい。



名郷直樹
1986年自治医大卒。88年愛知県作手村で僻地診療所医療に従事。92年母校に戻り疫学研究。
95年作手村に復帰し診療所長。僻地でのEBM実践で知られ著書多数。2003年より現職。

本連載はフィクションであり,実在する人物,団体,施設とは関係がありません。