連載(12) | 新医学教育学入門 | 教育者中心から 学習者中心へ |
教育目標分類(タキソノミー)とは | ||
大西弘高 国際医学大学(マレーシア)・医学教育研究室上級講師 |
チーム医療改善に向けて
水野ありさ先生は,元看護師で現在栃木医科大の教官を務めています。以前から何とか医師と看護師の協力的な労働環境を達成したいと考え,臨床心理学などを深く学んだ後,教職に就いたのでした。先週述べたFD(faculty development)ワークショップにおいてチーム医療の重要性が謳われるようになったことを受け*,このテーマで1年生向けのオリエンテーションに関する教育目標を掲げることにしました。まず,一般目標は「チーム医療の重要性を理解し,医療従事者との連携を図る能力を身につける」というものを引用しました。次いで,特に看護師-医師関係の視点から個別目標を深めてみようと考えました。すると,男性医師から女性看護師へのパターナリスティックな固定観念が強かった頃のこと,研修医が書く指示に対して嫌みを言いばつが悪かったこと,指導医が患者に心ない言葉を投げかけて研修医とともに心を痛めたことなどが思い出されました。
「やっぱり,態度が一番大事だよ。協力して患者さんをよくするっていう雰囲気ができれば後は何とかなるような気がするもんね」。そう考え,タスクフォースの西田先生のところに自分の考えを伝えに行きました。
西田先生は,「水野先生,チーム医療という分野ではその考え方は間違っていないと思います。ただ,カリキュラム開発の慣習として,知識,態度,技能の3つ,難しい言葉で言うと,認知(cognitive),情意(affective),精神運動(psychomotor)の3つの領域がどのように絡まっているかを考えると,後で教育方略や評価を考える時にとても役立ちますから,もう少し考えてみてください」と言ったため,水野先生はさらに思いを馳せてみました。
医師が看護師と上手くやっていくための技能ってあるのかな。例えば,週末に医師が看護師に電話で何か患者さんのケアについて相談したような場合,その看護師さんにお菓子を持っていく……なんだか,恋愛マニュアルみたいで変かな。やっぱり心がないとね。大学1年生向けの講義としてはやっぱり変だよね……。でも,看護師と医師の診療に対するアプローチの違い,どのような連携によって協力がなされるべきかなど,少し知ってみれば態度に影響しそうな内容もありそう。
結局,一定の知識を得た上で,医療者同士が協力的に患者中心の医療を実践できるような態度を身につけるということが最も重要であるとまとめました。でも,もう少し個別目標らしい書き方をしなければならないようです。
個別目標の決まりごと
水野先生は個別目標は個別的,かつ測定可能にすべきと教わりましたが,態度を身につけたかどうだか,どうやって測定すればいいのかがわかりませんでした。そこでワークショップの資料を見ると,タキソノミー別お勧め動詞一覧(表)というものがあり,「価値を認める,重要性を把握する」などの動詞だと態度,すなわち情意領域の教育目標がそれらしくなることがわかりました。また,対象とするカリキュラムによって個別目標が満たされるかどうかを明確にするため,「いつまでに,誰が,どのくらい(回数や熟達度),何を,どうする」という5つの項目を盛り込むといいということも書かれていました。これらにより,「入学時オリエンテーション終了時に,栃木医科大の1年次生が,患者中心の医療のために看護師と医師が協力し合うことの重要性について,5段階評価の平均4以上の評点をつける」としました。一定の知識については態度さえ達成できていれば特に問わないつもりですが,教育内容としては知識についても盛り込む必要があるということを心に留めておくことになりました。
表 タキソノミー別お勧め動詞一覧 | ||
認知領域 | 知識 | 列挙する,暗唱する,提示する,区分,区別する 定義する,述べる,例を挙げる |
問題解決 | 区別する,分類する,判断する | |
情意領域 | 態度 | 価値があると評点をつける,重要であるとランクをつける 信念や意見として示す,評点をつける,ランクづけする |
精神運動領域 | スキル | 実施して見せる |
パフォー マンス | パフォーマンスに表れる形で利用,一般化する | |
タキソノミーの効用
さて,この例で西田先生が説明している「知識,態度,技能」「認知,情意,精神運動」はタキソノミー(教育目標分類)と呼ばれ,ブルームによって1950年代に提唱された考え方です。教育目標,特に個別目標をこの3つの軸によって分けることで目標の方向性が定まり,教育方略や評価の仕方が明確化するのです。例えば,水野先生の例では情意領域の個別目標が用いられており,ロールモデルとなる人,この場合なら看護師と協力することの意義を唱える医師の姿に触れてみたり,学生同士でグループ討論をするといった教育方略が有用でしょうし,評価として5段階の質問紙によって教育介入後の認識を尋ねるという方法がよく利用されます。なお,ブルームは認知領域を6段階,情意領域を5段階に細分化する方法も提唱していますが,これは教育方略などに反映しにくく実際的ではありません。認知領域を想起,解釈,問題解決の3段階,あるいは知識と問題解決の2段階に分ければカリキュラム開発の方法としては十分意味があるでしょう。
タキソノミーに分けるという考え方は,教育を細かく段階化し,ある段階が達成されれば次の課題に移るというマスタリーラーニング(完全習得学習)の理論によって発達した面が強いようです。しかし,医療面接の教育のように,細かな分類を試みれば対象となる学習内容が分断されてしまいがちな場合には,タキソノミー毎の個別目標を挙げることに固執しないほうがいいと言えます。そういう場合には,むしろ教育方略や評価の選択に視点を移す方が個別目標が明確化されやすくなります。医療面接の教育なら,ロールプレイによってどのような知識,態度,技能が達成できそうか,OSCEで何が測定可能かを追求すれば,目標として記述すべき内容が明確化されるでしょう。ただ,タキソノミーが役立たない訳ではなく,むしろタキソノミーに分類しようとした時に,それぞれの教育内容による特色がクローズアップされるという側面があると考えられます。
次回は,今回も用語がたくさん用いられていた「教育方略」について述べたいと思います。
(この項つづく)
*医学教育モデル・コア・カリキュラム
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/13/03/1igaku.pdf