第2544号 2003年7月21日


〔特集〕ポートフォリオで変わる医学教育


 すでに初等教育において脚光を浴びている「ポートフォリオ」を利用した教育・評価法が,医学教育でも注目されはじめている。日本におけるポートフォリオ提唱および実践の第一人者である未来教育デザイナー,鈴木敏恵氏と,すでに初期臨床研修にポートフォリオ評価を取り入れている臨床研修指導医,藤沼康樹氏の2人に,医学教育においてポートフォリオがどのような役割を担うのか,お話をうかがった。


インタビュー(1)

■ポートフォリオを医療の“知とキャリア”に活かす!!

鈴木敏恵氏(未来教育デザイナー)に聞く

プロジェクト学習は,「意志ある学び」をかなえる

──鈴木さんは現在,学校教育の場にプロジェクトの手法とポートフォリオの活用を両輪とする「未来教育プロジェクト学習」を提唱され注目を集めています。特にポートフォリオは,子どもの主体性を高め,意志を持ち学ぶという姿勢を引き出すのに効果的と言われ,今とても広がっています。
 最近,この考え方が医学の現場でも応用されつつあり,医学教育にポートフォリオを導入するという動きがあると聞きます。
鈴木 私は建築家として自分のポートフォリオを持っています。ポートフォリオとはそもそも建築家やジャーナリストなどが,これまでの仕事や活動の成果を自らの意志で1冊にファイルしたものをさします。ポートフォリオを見ると,その人の個性や能力,潜在的素養,そしてポリシーや将来の可能性などを発見することができます。このようなファイルを「パーソナル・ポートフォリオ」と呼びます。もうひとつ,「テーマポートフォリオ」があります。自分のテーマに添い,その探究のプロセスに伴う設定目標や計画,手に入れた情報やデータや考え出した解決案など一切の軌跡を時系列でファイルへ入れていくもので,学習の基軸とも拠り所ともなり,自らの「意志ある学び」をかなえます。
 21世紀は変化の時代です。そこで求められるのは,与えられたことができるだけの人ではなく,自分で目の前の状況を判断し対応できる人,自分の頭で考え解決できる人です。医学の世界も同様でしょう。なにより学び続ける意志が大事です。ここにポートフォリオが役立つのです。

学習と成長のプロセスを可視化

鈴木 ポートフォリオには,自分で立てた目標,計画表や調べた資料やメモ,考えや行動,自分のトライ・アンド・エラーがわかるものすべてが入っています。そのポートフォリオを見ることでフィードバックすることができます。そこでは「目標」と「成果」を照らし合わせて自ら「評価」することを可能とします。自分のしたことを自分で見ながら目標に向かうのです。このように思考プロセスを自ら俯瞰しながら進める学習は,これまでの「与えられた学習」とはまったく異なり「意志ある学び」をかなえます。知識や情報が時系列で一元化されたポートフォリオをパラパラと俯瞰することで,単発的な知でなく,知と知との結びつきや相互の関係に気づきます。この結びつきや関係こそ「考える」ことそのものです。それは「使える知」として学習者を成長させます。
 これまでやってきたことがわかる資料や成果が一元化されたポートフォリオからは,自分の得意な方向や自分ならではのコア・コンピタンスも発見できます。そして何よりすばらしいことは,ポートフォリオを俯瞰すると自分の成長や将来の方向性も見え,未来への意欲が湧いてくることです。

医師・研修医・看護師のためのポートフォリオ

鈴木 医師のためのポートフォリオを具体的に考えていくと,医学部に入る前の小学校から高校までのパーソナル・ポートフォリオが学校教育の段階での「医師への1歩としてのポートフォリオ」と考えられると思います。これを見ることで,「あなたは本当に医師に向いているの?」と(自らも)問うこともできます。その子が無口だからコミュニケーション能力がないわけではなく,実はよく人の話を聞きその人の気持ちを汲むことがうまい,というようなこともポートフォリオから見えてきます。次に大学医学部での6年間のポートフォリオ。講義や実習で学んだことをファイルしていきます。
 そして研修期間のポートフォリオ。ここでは知的な成果の積み上げと,キャリアという経験知とが同居していることが特徴となります。この「研修医ポートフォリオ」は,本人にとっても指導する関係者にとっても特に有効です。
 研修医はともすれば目の前の仕事の忙しさに翻弄され,1日,1か月が過ぎてしまう。突発的な事態が次々に訪れる現場ではなおのことです。価値ある成果や経験知が気がつかぬうちに忙殺され,流れていきそうです。もちろん「モノ」や「記録」が残らなくとも,その経験は自分自身の中に残り,目に見えない成長をもたらしてくれるでしょう。しかし,その日にやったことや気づいたこと,書いた論文やレポートなど,価値ある軌跡を一元化しポートフォリオにしておくことをぜひ薦めたいとおもいます。なぜなら,自分を見つめ,より活かす明日を描くことにとても有効だからです。「これまで」を見ると「これから」が見えてくるのです。
 どうしても忙しいと「やりっぱなし」になりがちです,しかしそれでも研修医であれば,治療や診療に関わりながらも自らが「成長」していくことも重要な使命であるはず。ここが希薄になれば,研修医期間の意味さえ見失いそうです。忙しければ忙しいほど研修期間のポートフォリオは大事なのです。それは自己評価としても価値を持ちますが,メンター役の指導医師や先輩の研修医などにしても,適切な指導や支援をするためにもとても有効です。
 もちろん医師としての技能や知識を評価するためにも,ポートフォリオは役立ちます。そして,日進月歩の時代ですから,日々,先端の知や情報を得て成長しつづけるプロの医師のための「プロフェッショナル・ポートフォリオ」も必要でしょう。さらに看護師やメディカル関係者,1人ひとり専門的な知識や経験…老人介護,外科的,内科的などといったものを磨いていくためにもポートフォリオは役立ちます。

・研修目標
・診察マニュアル
・自分の研究記録
・発表論文,寄稿
・実習体験
・自己評価表
・どんな患者さんを診てきたか歴
・患者さんをどうやって診てきたかの記録
・身につけた手法や技術を書き出したもの
・特殊な病例,興味深い所見
・治療計画
・有効だった治療法
・有効だった診断法
・患者の症状の課題リストアップ
・患者とのコミュニケーション記録
・自己研鑚歴がわかるもの
・患者からの手紙・コメント
・同僚や上級医との対話記録
・患者さんからのアンケート類
・研修中の有効な経験
・自分なりの効果的な勉強ルール
・診療器具をうまく使うスキル
・資格一覧
・スキルや知識,経験を証明するもの,etc
表 研修医ポートフォリオに入れるもの
〔出典:「医学ポートフォリオ」(鈴木敏恵) http://www.igaku-portfolio.net


患者のライフ・ポートフォリオ

鈴木 具合が悪くなるとお医者さんのお世話になります。その時「よくわかりませんから……お医者さんにお任せします。」という私がいます。これではいけないなと思います。医師だけでなく,患者も自分自身の健康管理に責任を持つ必要がありますね。そこで1人の人間としてのライフ(生命・健康・生活)・ポートフォリオを提案します。ファイルの中には,保険証やこれまで私がかかった病気,薬の種類,行きつけの医師,女性だったら月経周期など,その人の健康に関する情報が全部入っているのです。これは普段,誰にも見せる必要はありませんが,診察室やベッドサイドで医師と患者が向かい合った時に,力を発揮します。
 診察室では,「どんな薬を飲んでいますか」など問診をされますが,口だけで有効な情報が得られるとは限りません。医師が患者さんを診察するのと同時に,ポートフォリオを見れば,より確かな診断ができることでしょうし,高齢者が話せなくなっても,自分で食生活がキープできなくても,病院や老人ホームでポートフォリオを見せることで,健康に暮らすことができると思います。
 この中には毎日飲んでいる薬やサプリメント,普段の食事,自分の持病とか風邪の特徴など入っています。それが伝わったら,より健康な生活をかなえるでしょうし,万が一のミスも減らせるでしょう。

情報の共有と自己責任

鈴木 患者自身も自分の健康に対する自己責任を持つことが,とても重要だと思います。例えば子どもがそばアレルギーで,給食のそばを食べて具合が悪くなったとします。それがすべて学校の責任かといったら違うでしょう。正確に自分の健康や体についての情報を相手に伝えられるのは自分あるいは家族だけです。医療も同じでしょう,しばしば医療現場の事故やミスが新聞に載りますが,その判定は難しく,医師や病院の体制の責任だけ追求されるとき,それは違うという場面もあると思うのです。それを改善するものとしても,ポートフォリオは役に立つのではないでしょうか。
 ポートフォリオの存在は,いままで潜在していた情報や暗黙知にしていたものが,表層に現れ,必要な人間どうしに共有されることに最大の価値があります。つまり,医師と患者の間で有効なナレッジ・マネジメントが成立するわけです。ITネットワークによる医療情報の共有化,具体的には電子カルテなどもここに概当するという見方もできます。相手を少しでもよりよくしてあげたい,症状を改善したい,ここには潤沢かつ適切な情報の共有とコミュニケーションが必要です。それはときに潜在的なデータかもしれません。それらを顕在化し価値を生じさせる,ここに患者のライフ・ポートフォリオは大きな可能性を持つでしょう。

評価は何のため?

──ポートフォリオは,これまで難しいとされていた問題解決能力やコミュニケーション能力といったものを評価するのに有効なツールだということですが,もう少し詳しく教えてください。
鈴木 ポートフォリオを俯瞰すると,自分の成長を発見することができるだけでなく「事態への対応力」「課題解決力」「コミュニケーション力」などペーパーテストなどで測れない,目に見えない成長を評価することを果たすとされ,「総合的な学習」などの新しい評価で注目されています。これは結果でなくプロセスで評価する手法です。この理解は「これまでの評価」と「ポートフォリオ評価」を比べてみるとわかりやすいです。
 いままでの評価は,教師が黒板の前に立ち,知識を教える。それが生徒の頭に入ったかどうか,テストをしてその結果をみて間違えをみつけ直してあげる,つまり「結果」からマイナスをみつけるものでした。しかしポートフォリオ評価は,学習の「プロセス全体」を見て,伸びたところ,成長したことなど「プラス」を見出すことを特徴とします。学習プロセスをみることで「事態への対応力」や「コミュニケーション力」など,目に見えない成長を遂げていることを見出すことができます。このようにマイナス面や悪い所を指摘し追求するより,むしろ全体を見てよい所を見出すポートフォリオ評価の方が,自信を持ち前向きな気持ちが湧いてくるということが教育現場でたくさん実証されています。
 ポートフォリオ評価の最も価値があるのは,「プロセス」を見ること自体にあります。医療の場でも同様です。例えば食事の時と友達と会っている時は元気だけど,その他は元気がない患者さんがいたとします。医師はその全体を見なくては適切な評価できません。診察室だけではなく,その前後を知らなかったら,本当のことはわかりません。プロセスを見なくては,評価はできないのです。一瞬や部分ではなく,生活のプロセスや全体が見えて,はじめて「どう治療したらよいのか」「どう指導しようか」と,これから先が見えてくるのでしょう。

自己評価・対話・再構築

鈴木 評価は何のためにあるのか……評価は「成長」のためにある。すべてはここからスタートしたいと思います。方向性がよりよくなるために評価はある。この視点,機能をポートフォリオは果たします。
 「誰が」評価をするかですが,ポートフォリオ評価の基本は自己評価です。自分で自分を評価することは,教師や医師がいなくとも自分をよりよくするために必要です。いくら名医でも,その人が私を幸せにしてくれるわけではありません。まず自分の頭の中で生活をフィードバックする必要があるのです。家族やそばで生活する者どうしの評価も必要です。第三者的な評価,相互評価です。そして,評価の質をあげるためには,プロによる見極めが必要になります。プロである医師や看護師の存在は不可欠です。医療者には,一場面で決めないで,長いスパンで,全体を,バランスよくみて,俯瞰する姿勢が大切でしょう。そしてその方法を本人へ呈示してあげたら,患者本人の健康な未来のためにとても役立つと思います。
 さらにポートフォリオには,「対話」と「再構築」という2つのキーワードがあります。特に「対話」は医師にとって非常に大事なスキルです。相手の中に潜在的に存在する価値のあるものを引き出す姿勢がそこには必要です。またやりっぱなしにせず適切な折々に,大事なことだけを凝縮し,まとめておく再構築は,自分の仕事や身体を突きつめて知るいい機会です。この凝縮ポートフォリオは1年に1度行なってもいいかも知れません。

大きなゴールを忘れない!

鈴木 意志ある学び-未来教育の実現にはポートフォリオの存在だけでなく,プロジェクト学習がその両輪として不可欠です。未来教育プロジェクト学習とは,学習者が意欲的に自分のテーマを持ち,問題を解決していきながらゴールへ向かう21世紀型の学習です。その最大の特徴は「何のために何をやり遂げたいのか」というゴールを,学習者自身が自覚し戦略的に目標達成していくプロセスと,その全体を俯瞰できるポートフォリオの存在にあります。大事なのはこの到達すべき目標を明確にすることです。そしてそこに至るまでに段階的にマイルストーンを設けます。さらにそのマイルストーンごとに目標を設けます。次のフェーズに移る前に,目標と成果を照らし合わせて評価します。つまり,最終的に到達すべきゴールとその途中に設けた小さなゴールがあるわけです。例えば,最終的ゴールとは医師のミッションとして「人間を助けたい,幸せにしたい」というものです。ある研修医は注射が下手で,「注射がうまく打てるようになりたい」と願っているとします。こういう具体的な目標もあるでしょうが,本当はもっと大きなゴールがあるのです。本当の願いは,注射が上手く打てることではなくて,よい医師になることなんです。大きなゴールを胸に忘れず,手前の1つひとつのゴールを達成していくことが大事です。
 建築はゴールが明確です。例えば「地下1階,地上4階の学校をつくる」という具体的なゴールがあり,それに向けて基本設計をし,タイムスケジュールをたて,必要な情報を得てその実現へ向かいます。そこには一切の無駄や不要なものはありません。研ぎ澄まされた1つひとつの部材を再構築し,無から有を生みます。建築家には,知や情報から再構築して全体のイメージを現実に近づけ,形にする能力が求められます,これでなければゴールを達成できません。これは,医学も教育もよく似た回路を持っているように思います。

学校と病院と刑務所がよい国

鈴木 学校と病院と刑務所をよくしたい,それが私の夢です。人間を高めるものとか,よりよく成長したりとか,学校と病院と刑務所,この3つがよい所をよい国というのだと思います。人間って,毎日変わる生き物です。本人にその気さえあれば,身も心も毎日成長することができる。そこが人間の素晴らしさです。きっとそう設計されているんですね,DNAに。もし身体は老化しても,容貌が衰えても,心が高くなれるとか,知的成長とか,愛情を皆におしみなくプレゼントできる生き方とか,そういうものすべてを「成長」というのだと思います。だから学校と病院と刑務所なのです。
 いま教育も医学や健康への意識もそのあり方もドラスティックに変革しています。ここにポートフォリオの存在やプロジェクトの手法が役に立つと確信しています。研修医,医師,すべての医療に関わる人,そして私たち1人ひとりが,心と身体の健康と自らの可能性を最大限,咲かせるものとしてポートフォリオが広がることを祈っています。

※未来教育とは
人が成長するためには「意志」が必要だ。意志を持ち,することの価値と意味を知るときはじめて,“経験”や“知識”や“活動”は「生きる力」となる。これをかなえる哲学と戦略をそなえた学びを《未来教育》と呼ぶ。



 鈴木敏恵氏

 千葉大講師,一級建築士。プロジェクト学習とポートフォリオ評価を両輪とする「未来教育」の第一人者。総務省次世代IT未来型教育研究会議委員などの公職も務める。著書に『こうだったのかポートフォリオ-成長への戦略・思考スキルと評価手法』(学研),他。鈴木氏のホームページ
http://www02.so-net.ne.jp/~s-toshie/)では,未来教育をはじめとした氏の活動が詳しく紹介されている。さる7月12日には島根民医連医師委員会において「医師研修におけるポートフォリオ活用」の講演を行なった。


インタビュー(2)

■新しい臨床研修の形をつくるポートフォリオ

藤沼康樹氏(東京ほくと医療生協 北部東京家庭医療学センター長)に聞く

「パフォーマンス評価」のツール

──先生はポートフォリオ評価を研修の中に取り入れていらっしゃると伺いました。まずはポートフォリオに興味を持たれたきっかけをお聞かせください。
藤沼 ダンディー大学大学院で医学教育を学ぶ中で,「評価」というユニットの中に目新しい言葉がいくつもでてきました。たとえば“multiple choice”で知識をみるとか,“OSCEで臨床技能をみる”とか,いろいろな評価法があって,その中の1つに“ポートフォリオ”というものが出ていたのです。それが何なのか調べてみますと,どうもダンディー大学では,5年間のポートフォリオの提出を卒業試験の代わりにしている。つまり,その学生にどのくらいの力があるのかというのを,総合的にみるためのマテリアルとして,非常に注目されていたのです。これを知って,興味を持つようになりました。
 OSCEというコントロールされた状況の中で発揮できる力と,実際の臨床の場面で示せる能力というのは必ずしもイコールではありません。実際にその人は何ができるのか,ということを評価する「パフォーマンス評価」のためのツールという意味でも,ポートフォリオは注目されています。また,評価というのは,単純に合否というだけではなくて,「成長を保証する」という意味があるのです。その人がどの段階まで成長していて,次の目的に進むまでにどんなことをしたらいいか,ということを考える手段でもあるのです。そのためのツールとしてのポートフォリオに,たいへん興味を持ったのです。
 研修医には,「もしあなたが,何かの事情でこの病院の研修を途中でやめなければならなくなって,ある病院に就職する時に,『自分はこれだけのことを勉強してきました』ということを,きちんと売り込めるようなものを作りなさい」と言っています。AO入試など,ポートフォリオを大学入試で使っているケースがいくつか報告されていますけれども,あの感覚です。

到達目標が重要

──具体的にはどのような形で導入されているのでしょう?
藤沼 まず,トレーニング・プログラムの到達目標というものがないとポートフォリオはできません。最初は医師像とか,研修プログラムによって最終的に到達すべき目標となる姿,イメージを出しました。そういうものに向かって,自分はどのくらい到達できたのかということを示す。そのために,毎日の学びをきちんと全部保存していって,それをまとめるというやり方にしました。
 しかし,これは実際には非常に難しかったのです。やはり研修医の毎日の学びは膨大なんですね。1年目はこのスタイルでやってみましたが,うまくいったのは1人だけでした。ただ,1年やってみたところで,学んだことを貯めたり,記録したりすることが非常に大事だということがわかりました。その意味では,やってよかったと思えました。

記録に基づいた自己評価

藤沼 例えば1か月おきに,評価会議,もしくは相談のようなことをするとします。すると,たいてい「会議があるから今月の報告書を作らなくちゃ」といって,前日ぐらいに作るわけです。それをどうやって作るかというと,「記憶」に基づいて作るしかないんですね。こうなるとだいたい直近ぐらいの出来事を中心に記述する人が多くなりますし,内容も曖昧になります。ところが,記録が貯めてあると,「あ,そういえばこういうことがあった!」とか,自分も忘れていることで,「こういうことができてた!」と思い出すことができます。つまり,ポートフォリオがあるおかげで,記録に基づいた自己評価ができるのです。ポートフォリオを導入した1年目は,こうしたことがわかった点ではよかったと思っています。

見えなかったものを見るために

藤沼 しかし,とにかく「なんでも残す」というやり方では量が膨大すぎるということで,ポートフォリオで本来もっとも評価が有効な部分はどこにあるのかを研究しました。
 実は,技術とか知識の部分は,ある意味で誰にでも評価できることです。いっしょに仕事をしていてみえるので,チェックリストぐらいで評価ができます。ところが,人間的な部分,価値観とか,自分自身を振り返るとか,いままでに出会ったことのない困難な問題に直面した時に,自分はどんな態度が取れるかといったことは,これまでほとんど明文化されずに,例えば「あいつはそういうやつだから」とか,「あいつは性格がいいからね」「あいつは性格が悪いからしょうがない」というような形で済まされてきました。この部分を見るために,ポートフォリオがとてもよい材料になると考えました。
 そこで2年目は,このような点にテーマを絞って記録することにしたのです。やはり,臨床研修は受け持ち患者さんを通じて勉強するものなので,受け持ち患者さんと接する中で何を勉強したか,全部記録させました。学んだその時や,毎日の振り返りの時に「こんなことを考えた」「あんなことを感じた」ときちんと記録していかないと,1つひとつの学びは書けません。カルテは業務上の書類であって,医学的な転帰などを書くものですから,「私は,この症例をもって,非常に人生を振り返った」なんてことは書けません。考えたり,振り返ったりしたことをメモでも写真でもいい,全部残しておくことで,それを通じて自分の記憶を管理しつつ,何を学んだかを振り返ることができるのです。

話し合いながら記録する

藤沼 また,毎日の振り返りと記録は皆でやることを徹底しています。今日あったこと,特に振り返りの時に重要なのは,「できた!」と思ったことや,不安になったこと,ストレスになった経験,感きわまったような出来事,「医療ってこういうものなんだ!」と実感したことなどをきちんと出しあうのです。その中で自分の成長にとってもっとも重要だった症例について,長文でまとめさせます。critical case analysisといいますが,1年目はこれを,まとめの段階でピックアップして書かせていました。2年目の今年は,それを毎月1つ書くことにしています。
 具体的な臨床の場面で自分が驚いたり,意外だったりしたことを振り返りつつ,次の課題を自分の中に設定していくことが,生涯教育そのものです。ところが,そういうスキルは誰も教えていません。手技がどうというようなことは,普通に練習すればできることですし,それだけで十分かというとたいへん疑問だと,私は20年医者をやっていて思います。

「360度評価」も視野に

──ポートフォリオを評価する方法はどのようなものでしょうか?
藤沼 評価には,合否を決める総括的評価と,成長を保証する形成的評価とがあります。卒後研修の場合は卒業させるとかさせないということはありませんので,個人の成長課題を見つけることなどといった,あくまで形成的評価ということになりますね。
 方法としては,今のところは一部の指導医が見ているだけですが,むしろ,作った本人が一番勉強になっていると思います。私はかなり熟読,精読します。それをもとに今後の励ましのレポートのようなものを返して,最終的には個別面談をすることにしています。
 さらに,この方法も変えて,今年入った研修医からは「360度評価」という方法をとり入れたいと思っています。ポートフォリオをスタッフの責任者に読んでもらうのです。看護師や,病棟のチームなど,実際の仕事で接していない所の方々にも読んでもらって,「この先生はこういうことを考えている人なんだ」という形で,一定のスケーリングをしてもらうことで評価するという方法です。これができるためには「私はこういう医者で,こういう成長をしてきた人です」ということがきちんと示せなければいけません。プレゼンテーション能力が問われることになります。

メンタルヘルスケアにも効果

──研修医の方々の反応はいかがですか?
藤沼 ポートフォリオを取り入れた最初の年は,私自身も手探りだったので,研修医にとっては,どうしてこんなことをするのか,意味がよくわかってなかったんです。でも,大変だとか,嫌だなとは思わなかったようです。ポートフォリオ作成自体は非常におもしろいんですよ。特に,仲間内で話し合ったりすることは,意外なところでつまずいていたり,ストレスを持っていたりするのを,皆で共有することができますから,メンタルヘルスケアの観点からもたいへん効果があったようです。
 社会人経験のある人は,critical thinkingのようなことがすでにできていたりするので,「ここまでする必要はないんじゃないか」という方もいらっしゃいました。思春期を通過したぐらいで医学部に入り,ずっと医学部の学生とだけいっしょにいて,卒業して医師になったという人にとっては,初めての社会人体験ですから,社会人としてのギャップやストレスというものがあるんですね。これを体育会的に「これに耐えなきゃ,おまえはまともになれねぇぞ」といくのか,助け合っていくのか。大きく違いがありますね。

和気あいあいとした研修

──ポートフォリオ導入の前後で研修の雰囲気も変わりましたか?
藤沼 そうですね。和気あいあいとやろうという雰囲気になりました。以前はもっと競争的だったんです。その中で,競争に耐えられない人が落ちていってしまう。評価する点も,手技ができるかとか,処置ができたか,救急対応がちゃんとできたか,というようなところになりますし,速くできることが大切とされます。今は,そういうことをすべてなくして,「4年後を見てくれ」と言っています。例えば,10か月かかってもいいことを,6か月でできるようになったからといって偉いことはないんです。
──これから導入を考えている先生方も多くいらっしゃると思います。
藤沼 実際,ディスカッションしていくプロセスがおもしろいですよ。できあがるまでに,いろんな発見があるようですし,鈴木敏恵先生もポートフォリオ自体がそういうものだとおっしゃっていますね。私自身は,まだ「それは,こういうふうに学べてるんだね」と研修医になかなか言えないですが。
──本日はありがとうございました。


藤沼康樹氏

 83年新潟大卒。93年から東京ほくと医療生協浮間診療所長,2001年より現職。現在英国ダンディー大Centre for Medical EducationにおいてStudy Fellowとして研究活動を行なっている。日本プライマリ・ケア学会,日本医学教育学会では評議員を務める他,日本家庭医療学会世話人としても活躍している。