《連載全5回》 |
アメリカ代替医療見聞録患者と医師とCAMの接点鶴岡優子・鶴岡浩樹(ケース・ウェスタン・リザーブ大学家庭医療学/自治医科大学地域医療学) |
第1回 CAMと私たち
はじめに
「わが輩は臨床医である。名はまだない」なんて文豪の真似をしてみても,文豪にはなれない。もちろん名前はあるが,永遠に無名というだけだ。自己紹介する時は,「プライマリケア医」とか,「家庭医」とか,「ジェネラリスト」とか,場面に応じて一番格好のよさそうなものを使っている。留学中は「臨床医」を休業したが,「臨床医としての視点」は忘れないよう努力した。
2001年9月,米国同時多発テロから5日後,慌ててトランクに子どものオムツを詰め込み渡米した。そして今,イラク戦争とSARSの恐怖に包まれながら,日本に帰ろうとしている。今回,アメリカ留学中に私たちが体験したこと,感じたことの中から代替医療に関するものを書いてみたい。
私たち2人は,共通の体験をしたがもちろん感じ方は違ったし,違う体験をしたが同じ感想も持った。たぶんこれは,私たち夫婦の「実験的エスノ・エッセイ」になると思う。
CAMが流行ってる?
「研究テーマは何?」と聞かれると,「代替医療」,「民間療法」,「Complementary and Alternative Medicine(CAM)」,「カム」などと,これもまた場面に応じて答えるようにしている。相手の反応は色々である。「あっ,アレね。大事なテーマだと思います」と言いつつ,それはめずらしいねという顔をする人。これは医師に多い反応である。アメリカの研究者の間では「今が旬のテーマだね。がんばれよ」が主流の反応だった。
アメリカで,また先進諸国で,CAM研究が流行っているというのは本当なのか?
ある意味本当かもしれない。1992年NIHに代替医療局(OAM)ができ,1993年にCAM全米利用調査が発表された。米国民の約3割がCAMを利用し,そのコストは全米の総入院費に匹敵する程であった。
またCAMの利用はプライマリ・ケア医の受診を上回り,40歳代,高学歴,高収入の人に多いという結果は世界に衝撃を与えた1)。NIHや米国食品医薬局(FDA)は,それまでの態度を一変し,CAMを積極的に評価する姿勢をとった。1998年にはJAMA誌が特集を組み,CAM利用率が4割と増加傾向にあると報告した2)。
その後のNIHと米国の動向については,後述したいと思う。
CAMとは何か?
そもそもCAMとは何か?一般に「CAMは現代西洋医学以外の医療の総称」とされているが,実はその現代西洋医学の定義すらはっきりしない。
アメリカで「ウェスタン・メディスン」と言ったら,「西部のネイティブ・アメリカンの伝統医療のことか?」と聞かれたことがある。確かに「西」と「東」の指すものは,立つ位置によって違ってくる。
かつて,「CAMとは一般的な病院で使用されないもの,また大学医学部で教えないもの」と定義された時代もあったが,もはやそれは不適切である。なぜなら,アメリカの医学部の6割以上がCAMを医学教育に導入しているからだ。
現時点では少し堅苦しくなるが,コクラン共同計画の「それぞれの社会や文化で政治的優位なヘルス・システム以外のhealing resourcesの総称で幅広い領域を指す」が一番適切であるように思う3)。
では具体的にCAMとは何を指すのか?
NIHではCAMを5つに分類しており,アメリカの医学部でも一般にこれを基に教育教材を作成している(表)。
またCAMの周辺にはさまざまな名称が存在し,混乱を招いている。日本語では「相補代替医療」,「補完代替医療」,「代替医療」,「補完医療」,「相補医療」,「統合医療」などがそれにあたり,それぞれその言葉を使用する人のCAMへの思いや期待を反映しているように思う。今回の連載では現在の言葉の浸透具合を考えて,「代替医療」と「CAM」を使用することとした。
表:NIHによるCAMの5分類 | |
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私たちのこと
「CAMの研究をしている」と言うと,必ず「自分たちの診療で何かCAMを使っているのか」と聞かれる。私たちは医学部を卒業し,プライマリ・ケアのレジデント研修を終了したが,漢方・鍼灸などいわゆる東洋医学の教育は受けていないし,その臨床経験も少ない。今のところ特定のCAMに注目し診療に取り入れたり,排斥したりもしていない。CAMの有効性や副作用はもちろん気になるが,それよりも「患者がCAMを選ぶという行動」と「臨床医がとるべき態度」について興味を持っている。レジデントの頃,患者が診察室にCAMの話題を持ち込むことに気づいた。
「私の糖尿病にこのサプリメントを試していいか」などパンフレットを持参する患者さんに,正直イライラしたりした。救患室に火傷の孫を連れ,「水なんかで冷やさないで,すぐにジャガイモの擦りおろしをつけてやったよ」という老婦人にあきれたりもした。
2000年,日本の外来で「なぜ患者がCAMを利用するのか」というテーマでインタビュー調査を始めた。診察室で避けられない問題について,イライラする前に患者さん本人に聞いてみようと思った。
アメリカでの研究
2001年秋,私たちは米国留学の機会を得た。主な目的は患者対象のインタビューの米国版を実施することだ。しかし,アメリカで自分たちのテーマの研究をするのは想像以上に難しいことだった。私たちは,研究費も研究業績も,ついでに語学力も乏しかった。インタビュー調査の第1関門はIRBである。これはInstitutional Review Boardの略で,「施設内審査委員会」と訳されることが多い。アメリカでは人間を対象とする研究はIRBの許可がないと始められない。膨大な量の研究計画書作成が要求され,私たちには大きな試練となった。医局内審査を経てやっとの思いで委員会に提出。すると今度は主任研究者になるための試験を受けろと言われ,本を1冊渡された。こんなに受験勉強したのは国家試験以来である。フィールド・ワーク
計画書提出,試験合格から1か月たっても,IRBからの許可は降りなかった。限られた留学期間の中で私たちはいら立った。しかし共同研究者であるロング教授の反応はおもしろかった。彼女はジョン・キャロル大学の人類学の教授である。「IRBの許可がなくても,観察はできるんじゃない?」
このひと言がその後の留学生活を変えた。確かに患者側の意見を聞くだけでは,その実態はつかめない。『フィールド・ワーク』4)を読みなおし鼻息を荒くした。街に繰り出そう。CAMそのものを見てみよう。医師たちのCAMに対する態度を見てみよう。見るだけではなく,聴く,嗅ぐ,触れる,味わう。五感をフルに使ってみよう。その体験を通じて,感じたことをそのままノートに綴った。
私たちが繰り出したその街は,オハイオ州のクリーブランドである。五大湖のひとつであるエリー湖の南に栄えたかつての工業都市で,映画「メジャー・リーグ」の舞台にもなっている。映画のオープニングはかなり寂れた感じだが,現在では「衰退と復興の街」として有名で,緑あふれる「医療の街」である。全米屈指のクリーブランド・クリニックと私たちの所属する大学病院の2大医療システムがしのぎを削っている。
街にあふれるCAM
まずはナチュラル・フードで有名な巨大スーパーに侵入する。オーガニックの生鮮食品からビタミン剤,ヨガや瞑想のビデオ,アンドリュー・ワイルの料理本。CAMに関するあらゆる物品と情報が揃っている。価格はやや高めで全体に高級感が漂う。ここまでは日本にもありそうな店なのだが,出口付近の情報コーナーはすごい。おびただしい数のCAMのパンフレットが用意され,CAM供給者の名刺が自由に取れるようになっている。どれにも料金が明記され,メールアドレス,ホームページなどが書いてある。ドラッグ・ストアに行っても,普通のスーパーに行っても,CAMが氾濫していた。アメリカでビタミンがCAMの範疇に入るかどうか微妙であるが,その種類と量には度肝を抜かれる(写真)。
スーパー店内で他人の買い物カートを観察するのはおもしろかった。豪快な肉の塊に,大量のポテトチップスと冷凍食品。しかし,牛乳やチーズはすべてリデュース・ファットで,コーラはもちろんダイエット。その山積みとなった買い物カートを眺めながら,「私たちの持つ健康観や価値観とは大きく違う」と実感するのであった。

(次回に続く)
文献
1)Eisenberg DM, Kessler RC, Foster C, et al.:Unconventional medicine in the United States. Prevalence, cost, and pattern of use. N Engl J Med, 328: 246-52, 1993.
2)Eisenberg DM, Davis RB, Ettner SL, et al.:Trends in alternative medicine use in the United States, 1990-1997. JAMA, 280, 1569-75, 1998.[鶴岡浩樹 訳,津谷喜一郎監修:米国における代 替医療の動向,1990~1997年:全米追 跡調査,JAMA日本語版7月号:91-99, 1991.]
3)鶴岡浩樹,鶴岡優子:相補代替医療(CAM)とプライマリケア(1):世界の動向と日本の現状.日本医事新報,4102: 25-29, 2002.
4)佐藤郁哉:フィールドワーク-書を持って街へ出よう,新曜社,1992.
![]() 鶴岡優子氏,鶴岡浩樹氏:ともに1993年順天堂大学卒。自治医科大学地域医療学でのレジデント研修を経て,2001年よりケース・ウェスタン・リザーブ大学家庭医療学に留学。今年5月帰国し,現在自治医科大学地域医療学/総合診療部に勤務。共通のテーマは「プライマリ・ケアと代替医療」で,優子氏は質的研究に興味を持ち,浩樹氏は医学教育,EBMの方向からアプローチしている。 |