医学界新聞

 

あなたの患者になりたい

タイに行きましたか?

佐伯晴子(東京SP研究会・模擬患者コーディネーター)


 OSCEで医療面接のSPを担当するには事前にいろいろ準備をします。全体のタイムスケジュールを見てSPの交代を考えます。SPの人数があまり多くても演技を同じようにするのが困難になりますし,少なすぎても1人当たりの負担が大きく,体力も集中力も続きません。試験なので,できるだけ公平であるよう心がけますので,適度なリズムで作業をこなせる人数配置を考えます。
 OSCEと一口に言っても形態はさまざまで,SPには疲労が先立つ場合と,達成感が疲れを癒す場合があるようです。一概には言えませんが,OSCEの中で受験者とも教員とも言葉だけでなく気持ちのやりとりができた時に,やってよかったと思うようです。
 さて,準備万端整えていてもアクシデントは起こります。私が補欠SPとしてその場で対応するのが「危機管理」です。ほかのSPの皆さんは練習も積み,余裕があるのですが,急な代役は緊張します。OSCEでSPの演技が標準化されているのがいいとされていますので,私ひとりまちがった受け答えをしては信用問題にかかわります。応答の仕方を頭にたたきこんで,さあ始まりです。

驚きのデザートコース

 頭が痛い,という話をほんの少しだけ自分の言葉で話ができた(応答どおりに)あたりで,すでに質問はデザートコースに入っていました。食前酒のおつまみで「主訴」部分を終えたと思うと,パスタやスープもメインもなく,もうデザートという感じです。何にも食べてない! といっても,SPは前に出されたお料理しかいただけません。自分で追加注文するなんて余計なことはご法度です。
 「大きな病気をしたことは?」
 「いいえ」
 「手術や輸血の経験は?」
 だから大きな病気をしたことがないと言ったでしょ,と心の中でぶつぶつ言いながら
 「いいえ」
 「タイに行きましたか?」……??
 これには参りました。いくら新型肺炎が話題になっているからといっても,特定の国が出てくるとはびっくりです。海外渡航歴を聞く,という質問があるので,てっきりそれだと私は思いました。ただどうしてタイ国なのだろう,と訳がわからなかったので
 「は? タイ?」
 と驚いて聞き返してしまったのです。
 その驚き方に評価者も吹き出しそうになっておられましたが,一番驚いたのは学生さんだったようです。
 「ええタインに行きましたか?」……
 なんせ国名と思い込んでいるのでまだピンときません。
 「他の病院に行ったかどうかですが」
 あ~,ごめんなさい。そういうことなら最初からわかるように言ってくださいよ,最後まできちんと発音してほしいな,とこれまた心の中でつぶやいて,
 「いいえ」
 タイン,キンイ,はOSCE医療面接でよく聞くのですが一般の人にはまったく通じません。医療の業界用語です。業界の外から来られる患者さんには,ほかの病院,近所のお医者さん,と発音を聞いただけですぐわかる言い方にしてもらいたいと思います。