医学界新聞

 

連載(2)

    新医学教育学入門

教育者中心から  
学習者中心へ
  

医学教育学の枠組み

  
大西弘高(佐賀医科大学 総合診療部)


2530号よりつづく

 最近,医学教育に関心を持っているという学生や研修医,そして直接医学と関係を持たない患者やマスコミの方たちが増えている印象です。そして,以前に比べると新聞記事,テレビドラマ,青年向けを中心とした漫画において医学の勉強や修練を描くものが急に増えたことに気づきます。医学教育の現状を何か変えなくちゃと思い始めた人が多いのは間違いないでしょう。ただ,その発想を大きな変革に結び付けるためには方法論が必要かもしれません。

大学教員に教育の方法論は不要か

 大学での教育に関してよく聞かれる疑問に,「大学の教員/教官は,教育学を学んでいなくても教育をしている」というものがあります。医学教育は大学以降の高等教育内容ですから,医学部の教員/教官もやはり教育学を学ばずに教育に携わっている先生方が多いでしょう。医学教育が研究的に先端をめざすという目的だけのためのものであれば,教育学的な視点があまりなくてもよいかもしれませんが,社会のニーズによってそれなりの予算を配分されて医療を提供できる医師を育てるためには,何らかの方法論が必要だと思います。
 逆に,医学教育を受ける側の立場や直接関連を持たない立場の人たちも,そのような方法論を持てば医学教育に変革を与え得る存在になれるでしょう。

医学教育の対象者

 まずは,医学教育に誰が関与しているのかについてまとめてみます。教育される側としては医学生や研修医を真っ先に思いつきます。しかし詳しくみていくと,医学教育の対象者には,(1)医学生(卒前教育),(2)初期研修医(卒後初期研修),(3)研修を修了した臨床医(継続教育),(4)医学教育者(Faculty development;FD)の4つが区別できます(図1)。
 初期研修を終えた後も,医師は生涯にわたって学び続けないと最善の医学的判断を下せなくなりますから,継続教育は重要です。また,医師は研修医であってもすぐ下の研修医に教育するというふうに,教わっている立場の人も教える立場になることが多く,教える立場になる可能性のある人には「教え方」について学んでもらうことが望まれます。そうしなければ,問題を含んだ教育内容,習慣,現場の雰囲気などが次世代に繰り返されるという危険性があります。この,教える立場にいる人が教え方について学ぶことを,「Faculty Development」と呼びます。

教育の結果はどのような影響をもたらすか

 同時に考えておかなければならないのは,教育の結果がどのように他の人たちに影響するかについてです(図2)。教育を受けた医師は,臨床を通じて患者に以前とは質の異なる医療を提供できるでしょう。医学生は直接臨床には関与しませんが,将来的に質の高い医療を提供することが期待されています。
 医学教育を行なう組織では,実際に教える人と教育管理者が少し異なった視点を持つかもしれません。なぜなら,管理者は大学や病院など教育組織の経営,運営と関わりを持つからです。患者個人は,よい医療を受けたかどうかによって家族など患者周囲の人,そして社会一般に影響を及ぼします。社会や医学教育管理者は,ともに行政レベルでバランスをとってコントロールされています。

医学教育の問題を捉える

 そしてもう1つ,医学教育の問題を考える際には,(1)学習者-指導者関係,(2)カリキュラム(教育課程,教育プログラム),(3)教育組織や社会という3つの側面から捉えるという方法があります。
 本来,カリキュラムとは予定された教育内容や方法,それを規定する教育目標や実施効果を判定する評価などを含んだものであり,学習者-指導者関係や教育組織,社会という視点をも含み,3つのうちで最も包括的な概念と言えます。しかし,教育者側が設定したカリキュラムは教育者側の思惑にすぎず,実際に学習者が学んだ内容としてのカリキュラムとはズレが生じることも少なくありません。このズレを分析する時に,学習者-指導者関係というミクロの側面,教育組織や社会というマクロの側面を考え直せばわかりやすくなります。
 次週より,まず医学教育の問題をミクロの問題で考えるための基本について解説していきたいと思います。

*継続教育が生涯教育と呼ばれていることもありますが,生涯教育は言葉通り生涯を通じて学ぶための教育活動であり,継続教育は職業人として一人前になった後の教育だけを指す言葉と言えます。継続教育は現職教育と呼ばれることもあります。