医学界新聞

 

<特別書評>

日野原重明氏(聖路加国際病院理事長)が薦めるこの2冊


日本に失われた「人間の医学」を取り戻せ

医者が心をひらくとき(上・下)
A Piece of My Mind

ロクサーヌK. ヤング 編/李 啓充 訳

世界中で読まれる「JAMA」の傑作エッセイ集

 世界で一番発行部数の多い医学雑誌といえば,アメリカ医師会誌「JAMA」であろう。これには最新の臨床医学の論文と医療情報が載せられ,その主要論文の抄録が添えられた日本版もある。この雑誌には1980年以来,「A Piece of My Mind」というタイトルのコラムが掲載されて今日にいたっている。これは「give a person a piece of mind(人に本心を打ち明ける)」という慣用句からとられた言葉であると,この本の訳者の李啓充博士は註釈している。
 日本の指導的医師の多くは,このJAMAに必ず目を通しているが,1980年以来,毎号掲載されているこの冒頭の小文を果たして何人の日本人医師が目を通しているかは疑問である。アメリカでは過去に,このコラムの文章が単行本にまとめられて,第1選集(絶版),第2選集として原文で出版されたが,今回,1980年に京大医学部を卒業し,日本での10年の臨床経験の後,マサチューセッツ総合病院で,ハーバード大学医学部助教授として骨代謝研究を続けてこられた李先生が,これをどうしても日本の指導的医師や良心的開業医に広く読んでほしいとの意欲から,多忙な研究生活の中にもかかわらず時間をかけてこれを翻訳され,医学書院から出版された。

なぜ医師になったのか――
自らの経験を綴った医師たちの思い

 本書は,JAMAの編集責任者の一人で,生命科学の専門家であるロクサーヌ K. ヤング氏が20年間に掲載された文章の中から100篇を選び,傑作選としてアメリカ医師会出版局が出版したものの翻訳である。JAMAに20年間に投稿された総数は,8000にもおよび,その中の800が「JAMA」に採用され,さらにその中の100が本選集に収載されたということである。
 この作品のほとんどは医師により書かれたものであるが,少数のものは医学生,看護師,医業に関心をもつ医療者以外の弁護士や基礎科学者または患者自身により書かれたものである。
 忙しい医師が自分の若き日にたどってきた体験を,このようにあからさまに分析した心理状態を編者は分析して,「これは筆者のカタルシスになるものではないか」と指摘している。また,この文を書くことにより抑えている問題-罪悪感や,恐怖や挫折感-と直面し,心の中での折り合いをつけることについての助けとなる作品とも評している。中には,医療が現在の形に変わってしまったことについてのやるせない思いを分析しつつ執筆したと思われるものがあるという。
 この中の出来事には,救急外来での患者の死亡のほか,入院患者の死に関する物語も多い。そこでは担当医の立場として患者の「物語」を聞くことから,自分の人生を生きる上での重要な教訓が与えられたと告白される文もある。これを書いた医師は,自分たちはなぜ医師という職業についたかという理由を再確認したという心境ではないかと,編者はその心理を分析しているが,これは編者が生命科学の専門家であることからの発言としても読み取れるのである。

翻訳した李啓充氏の思い

 この訳書の上巻には,まず「医者になること/医者であること」と題された章に28の文章が載せられ,それに次ぐ「家族」には11の文章が,最後の「暴力-医の対極にあるもの」には9の文章が選ばれている。下巻の中の「思い出をありがとう」の章には33の文章が,次いで「患者の視点」には19の文章が載せられている。
 下巻の最後におかれた訳者の「あとがき」では,この本の内容紹介と,なぜ李博士が翻訳して日本の読者に紹介したいのかの真意が書かれている。アメリカでは,週刊誌である「JAMA」を受け取ったアメリカ人医師の多くが,まず最初に,この短いコラムを読むという。医師をはじめ,その他の医療従事者や患者などから寄稿された過去800のそれらの作品群から,厳選された100選が本エッセイ集であり,李博士は,「日本のJAMAの読者だけでなく,日本の広い医師層や医学生,その他の医療に関係する1人でも多くの方々に読んでほしい」という思いで,この労作を手がけられたものと思う。
 本著を読まれる方は,上・下巻という順序でなく,まずこの下巻の訳者の「あとがき」から読み始めてもらうのが一番よいと思う。李博士には1998年に『市場原理に揺れるアメリカの医療』(医学書院)という著作があり,変わっていくアメリカ医療の実態をわかりやすく日本の医師に伝え,日本はアメリカから何を学ぶべきか,輸入に何を警戒すべきかを日本の読者に考えさせるよい出版をされている。
 このエッセイはアメリカの医師の心のケース・スタディとして受け取り,日本の医学生と卒後の専門医学の知識と技術に心を奪われている医師層に,また医学教育に関心のある大学や大病院の指導者たちにぜひ読んでもらい,日本の医学に失われた「人間の医学」を取り戻してほしいと思う。
(上巻)四六判・頁314 定価(本体2,000円+税)
(下巻)四六判・頁330 定価(本体2,000円+税)
医学書院


よき臨床医をめざしての研修の手引き

君はどんな医師になりたいのか
「主治医」を目指して

川越正平,川畑雅照,松岡角英,和田忠志 著

 『君はどんな医師になりたいのか』と題した川越,川畑,松岡,和田君などの若手医師による卒前,卒後のよき臨床医をめざしての研修の手引きが医学書院から発刊された。

熱意あふれる「若手医師の会」の足跡

 私は,今から10年前の1994年に上記の同志たちが「若手医師の会」を作り,研修を受ける側から将来責任ある「主治医」になれる研修のあり方や,医学生時代からの将来よき主治医になるための心得について,忙しい日常の勤務の中に語り合い,また医学生にまじって後輩の学習のための手ほどきに熱中しているのを,時折指導しながらその働き振りを見守ってきたのである。
 私は,日本の医学教育や卒後研修のあり方が英,米,カナダの研修システムに比べて目立って遅れていることに注目し,これは,若手の医師のモデルになる先輩の影が薄いことと,若者の目標に向かっての達成のエネルギーが欠如しているためだと私は思っていた。
 この4名の同志は,試行錯誤の道を,情熱をもって進み,医学生や研修医が,責任をとる主治医となり全人的なプライマリ・ケアを修得する方法を体験的に証した。それがこの本である。

日本における家庭医を模索

 日本には本当の家庭医がいない。その中で,幅広い医学の能力を持った,内科の主治医になるにはどのようにしたらよいのか。またどこでどんな研修が期待できるのかが具体的に本書に書かれている。
 さらにここには初期臨床研修のエッセンスとチーム医療,カルテの記載,緩和ケア,介護保険と在宅医療などの実状がよく描かれている。
 医学生や卒業直後の若い医師が特にどこで,どんな研修をするのかということに対しては,この本の中にはいきとどいたデータが示され,最後に付録として,研修相談Q&Aが30項目もあげられている。また学生実習の倫理的側面も述べられている。日本の医学生や研修医には,またとないよい指導書と思い,広く読まれることを期待したい。
A5・頁184 定価(本体1,800円+税)医学書院