第2526号 2003年3月10日


〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第14回

病院経営への株式会社参入をめぐる論議について

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


(前回2525号

米国医療の轍

 前回まで4回,米国第2の病院チェーン,テネット社が昨年引き起こした一連のスキャンダルを紹介した。営利獲得を第1目標とする病院株式会社が,医療をどこまで歪め得るかということが,実例でおわかりいただけたことと思う。
 テネット社の例をあげるまでもなく,米国の巨大病院チェーンの多くは,その過去に「組織ぐるみの診療報酬不正請求」などの犯罪歴があり(註1),なぜ,日本で「株式会社による病院経営を認めると医療の質がよくなる」などとする議論が真剣に行なわれているのか,私には不思議でならない。株式会社による病院経営を認めよと主張する人々は,「ビジネスチャンスの拡大」が目的であると臆面もなく公言しているが,ここ数年間,米国の医療が営利追求の場となることでどれだけ歪められてきたかを紹介し,日本は米国医療の轍を踏んではならないと主張し続けてきた私としては,株式会社参入容認の主張が力を強めている日本の現状には,深い失望と焦燥を覚えずにはいられない。

株式会社の参入容認はなぜ危険か

 以下,株式会社参入容認論者の主だった主張を検証する。まず,経営のプロたちが病院を運営すれば,医療サービスの効率化が達成され,よりよいサービスがより安く提供されるという主張であるが,米国の営利病院もまったく同じことを主張していることを思うと苦笑せざるを得ない。なぜなら,米国の場合,経営のプロたちが運営する営利病院のほうが医療の質が劣るだけでなく価格も高いことは,多くの研究結果が一致して認めているからである(註2)。
 株式会社参入容認論者の第2の主張は,病院経営に株式会社が参入すると患者の選択の幅が広がるというものである。しかし,米国の例を見る限り,患者の選択の幅は逆に狭まることが予想される。なぜならば,株式会社は,収益性の高い市場に集中的に資本を投下し,優良市場を寡占化することを戦略の第1とするからである。例えば,米国最大の病院チェーンHCA社は,テキサス州エルパソ市の2病院を買収することでその産声を上げたが,創始者のリチャード・スコットは,地域で競合関係にある第3の病院を買収し,これを閉鎖することで2病院の経営を立て直したのである。また,テネット社が高価格戦略によって高い収益性を誇ることができたのも,優良市場を独占することのメリットを存分に活かしてきたからであることは,前4回で説明したとおりである。
 さらに,営利獲得競争を医療の世界に持ち込んだ場合にもっとも懸念される現象は,「バンパイア効果」と言われるものであるが,株式会社参入論者は「バンパイア効果」の危険はまったく心配していないようである。「バンパイア効果」とは,ある地域に,「サービスの質を落としてでも価格を下げてマージンを追求する」悪質な医療企業が参入してシェアを獲得した場合,「マージンよりもサービスの質を追求する」良質な企業が,悪質な企業の経営手法をまねないと生き残れなくなる現象である。ひとたび吸血鬼にかまれた者は,いやでも吸血鬼にならなければならないという喩えであり,世の中から良心的な医療を追求する病院が消えてしまう危険をはらんでいるのである。

日本にも起こり得る米国同様の事態

 米国の株式会社病院が米国の医療を歪めてきた伝統と現実に対し,日本の株式会社参入論者は,「日本の企業は米国の企業とは違う」と,日本の企業は米国の企業よりも高潔な企業倫理で運営されていると主張する。しかし,雪印,日本ハムの例をあげるまでもなく,日本の企業が犯罪に手を染めないという保証はどこにもない。百歩譲って,日本の企業が,米国とは違い,とりわけ高潔な企業倫理のもとで運営されているとして,株式会社による病院経営が自由化された暁に,米国の巨大病院チェーンが日本に進出する事態を株式会社推進派の人々は考えたことがあるのだろうか?
 例えばテネット社がその強大な資金力で日本の医療に進出した場合,同社が米国での戦略を踏襲して収益性の高い市場を独占し,収益性の高い診療科のみを優先した病院運営をすることは容易に想像される。病院経営の規制緩和を求める人々は,「官製市場を解放するのは日本の企業に限り,外資の参入は『規制』する」というのだろうか?

「反生産的」な政策議論

 そもそも,医療の質をよくするためには「医療の質をよくするための直接の施策」を実施することこそが第1であり,株式会社による病院経営を認めたら自動的に医療の質がよくなるなどという主張は詭弁にすぎない。こういった詭弁を,あたかも医療改革における「トップ・プライオリティの国策」であるかのように検討するような奇妙な国を,私は日本以外には知らない。
 「医療の質をよくするための直接の施策として何をなすべきか」,「患者の権利を守るために何をなすべきか」という問題こそが,日本の医療改革にとって最もプライオリティの高い問題であるべきはずなのに,米国ですでに失敗している「株式会社による病院経営」を認めるかどうかという滑稽な主題をめぐって政策論議の時間が費やされている事態は,「非生産的」を通り越して「反生産的」であると言わざるを得ない。

註1)拙著『市場原理に揺れるアメリカの医療』(医学書院刊)を参照されたい。
註2)本紙2473号「理念なき医療『改革』を憂える」第3回「市場原理の導入は日本の医療を救うか?」に詳述した。