第2525号 2003年3月3日


連載
ID Update

感染症新時代を追う

砂川富正(国立感染症研究所感染症情報センター)
◆06 インフルエンザワクチン副反応の報道を考える

2522号よりつづく

ワクチンの副作用で7人死亡?

 今年2月4日,インフルエンザが昨年比7倍の勢いで流行している中,国内主要紙をはじめ各メディアに「インフルエンザワクチンの副作用で7人死亡」という見出しが踊った。掲載された文面をまとめると,2000-2001年度の2年間で,インフルエンザワクチン接種後の副作用が計169人に発生し,うち7人が死亡していたことがわかった,となる。死亡例はいずれも60歳代以上の高齢者であったようだ。
 これは,厚生労働省医薬局安全対策課が衆議院における質問に答えたもので,全国の医療機関や製薬会社から報告を受けた副作用症例数をまとめた情報であった。この他にも,発熱,嘔吐,下痢などの症状が副作用として報告された。この場合の「副作用」とは通常,ワクチン接種後に用いられる用語である「副反応」と同義で使われたものと思われる。同日のテレビを見ていると,「インフルエンザが流行し,各地より死亡者の情報が相次いでいます。最も有効な予防方法はワクチンですが,ワクチンによる死亡者も出ていることから注意が必要です」と言うニュースが読み上げられた。それを伝えるアナウンサーの顔が心なしか困惑しているように見えたのは私だけであろうか。

検証はどこまで行なわれたか

 この報道のもたらした現場への影響は小さくなかったであろう。インフルエンザワクチンは世界中で使用されており,副反応としては基本的に接種局所の反応(2-3日の発赤,腫脹,疼痛)を主とする軽微なものであること,死亡例の届け出はきわめてまれであり,これまでのわが国での統計でも,インフルエンザワクチンによる可能性があると認定された死亡事故は約2500万接種あたり1件であったことが知られてきた。先の報道内容を検証すると,インフルエンザワクチン接種後に健康状態が悪化し死亡に至った症状として,肺炎,肝炎,間質性肺炎,脳出血,心不全等が含まれている。これらの情報は,ワクチン接種との関連において,十分な疫学的,病理学的検討がなされた結果を反映しているのであろうか。
 表1に,わが国におけるワクチン副反応事例の把握方法について挙げてみる。国会答弁で使用された今回の情報は,表1のうち,「(3)医療機関等報告」および「(4)製造業者等報告」の合計数であり,それぞれの報告が重複していることもあり得る。筆者が問題と考えるのは,情報の質および背景が,今回その情報に接した医療従事者,公衆衛生担当者,そして一般国民に伝わっているだろうか,という点である。なお,今回の情報の中に副反応として重要な内容が含まれている可能性があり得ることを否定するものではない。

表1 ワクチン副反応事例の把握(日本)
(1)予防接種後健康状況調査
 定期接種のワクチン個々について,あらかじめ各都道府県単位で報告医を決めておき,各ワクチンについて接種後の健康状況を前方視的に調査
(2)予防接種後副反応報告
 平成6年の予防接種法の改正に伴い実施されることになった後方視的調査である「予防接種後副反応報告書」のまとめ。副反応の認定制度とは別
(3)医療機関等報告
 「医薬品等安全性情報報告制度へのご協力依頼について」に基づき医療機関等が厚生労働大臣に行なう報告
(4)製造業者等報告
 薬事法に基づき医薬品の製造業者等が厚生労働大臣に行なう報告

WHOが提唱する対応

 世界保健機関(World Health Organization)より発行されている「Immunization Safety Surveillance(WPRO/EPI/99.01)」を参照すると,表2のようなワクチン接種後副反応の分類がなされている。
 特に今回のような,ワクチン後副反応が集積しているように見える場合の原因同定の流れとしては,同じ接種場所かどうか,もしくは異なる場所でもロットは一致しているか否かの確認が必須となろう。現実には簡単ではないだろうが,ロットとの関連が示唆される場合には,表2の「プログラム・エラー」にある「ワクチンの準備」に不備もしくは変更があった可能性が出てくる。同ロットであっても,地域的な集積が認められる場合には,「ワクチンの取り扱い」すなわち,梱包・輸送・保存方法の誤りなどが原因かもしれない。ワクチン未接種者でも同様な症状の者が認められる場合,特に死亡例数が通常の死亡率を超えない範囲に留まる場合,それは「偶然」に分類されるかもしれない。既知のワクチン副反応であり,副反応の発生率が予測されうる範囲にある場合には,ワクチンが有する性質によって発生した「ワクチン反応」である可能性が出てくる。これらのステップ,すなわちワクチン副反応事例として,「本当に異常な出来事が起こったのか?」という情報を確認する作業は,アウトブレイクにおける疫学調査の進め方とよく一致する。

表2 WHOによるワクチン接種後副反応の分類
ワクチン反応正確な接種手技を用いても発生しうる,ワクチンが有する性質によって発生した事象
プログラム・エラーワクチンの準備,取り扱い,接種手技の間違いによって発生した事象
偶然ワクチン接種後に発生しても,ワクチンとの関連がなく偶然に起こった事象
注射による反応ワクチンと言うよりは,注射への不安や痛みによって引き起こされた事象
不明原因を決定することができない事象

情報伝達にも求められる専門性

 わが国においても,今後,不活化ポリオワクチン導入や,ワクチンによる麻疹の国内からの排除(elimination)に向けた活動が活発になっていくであろう。ワクチン副反応情報の,より正確で適切な伝達方法の検討は,国民の公衆衛生の向上にとって重要であり,避けては通れない。厚生労働省からの情報発信についても,専門的な情報の検証が今まで以上に求められる。メディアにおいてもWHOの機関誌「Weekly epidemiological record」(No.6, 2003, 78, 33-40)に募集要項が掲載されたWHOジャーナリズム・フェローシップのような,情報を伝達するための専門的な訓練が必要となってくるかもしれない(米国においてもメディア対象の感染症研修コースがあると聞く)。
 専門情報の本質をいかに正確に伝達するか,難しい問題ではあるが,それにより国民の側にもたらされる恩恵は計り知れないほど大きいことを示唆させる,今回の一連の出来事であった。