第2522号 2003年2月10日


生命のナノテクノロジー[1]

『生体の科学』座談会 より


廣川信隆氏
東京大学大学院
医学系研究科教授

楠見明弘氏
名古屋大学大学院
理学研究科教授

横山 浩氏
産業技術総合研究所
ナノテクノロジー研究部門長

木下一彦氏
岡崎国立共同研究機構
統合バイオサイエンスセンター教授

川合知二氏
大阪大学産業科学研究所
ナノテクノロジーセンター長

原 正彦氏
理化学研究所フロンティア研究システム
局所時空間機能研究チームリーダー

伊藤正男氏
理化学研究所脳科学総合研究センター所長
『生体の科学』編集委員<司会>

野々村禎昭氏
微生物化学研究会理事長
『生体の科学』編集委員

藤田道也氏
浜松医科大学名誉教授
『生体の科学』編集委員


 21世紀の科学技術の研究分野として,生命,情報,材料の3つが特に注目されている。最近,材料から情報にまたがるものとしてナノテクノロジーの重要さが指摘され,目覚ましい発展がみられる。ナノテクノロジーはさらに,生命の研究分野にも重要な影響を及ぼしつつあり,生きた細胞そのものが,自然が創造したナノテクノロジーの産物ともいうべき構造をもっている。今後の生命の科学研究には,ナノテクノロジーの技術,手法や考え方が大きな役割を演ずると期待される。
 『生体の科学』誌では,毎年1号に未来志向の特別企画を行なっている。今回は,「生命のナノテクノロジー」と題して,これからの生命研究に対するナノテクノロジーが及ぼすであろう大きな影響について座談会を組み展望していただいた。

[『生体の科学』編集委員]


I.ナノテクノロジーとは

ナノメートル領域に開けた先端技術のフロント

伊藤<司会> 本日は,ナノテクノロジー(以下:「ナノテク」)と生物学の接点,その将来性を議論いただきたいと思います。最初に,ナノテクとは何かということを,ナノテク研究の側から伺いたいのですが。
川合 「ナノテク」というのは,ナノメートル(以下:「nm」),つまり10億分の1メートルサイズの物質,材料,システム,デバイスを扱う科学技術です。歴史的に考えると,大きなものを小さくしていく技術,また原子や分子を組み合わせてnmのサイズのものが研究できる技術,その両方からnmの世界に先端技術のフロントができ上がりつつあると思います。つまり昔は見えなかったが,電子顕微鏡やトンネル顕微鏡が発達してnmの世界に入っていけるようになった。また材料もそのサイズが加工できるようになった。科学の側も,昔は原子や分子を扱っていたのが,超分子とか高分子,タンパク質の構造解析もできるようになった。そうしてnmの世界に入ってみると豊かな世界があって,新しい物性の材料も見つかる。今後のエレクトロニクスも始まる可能性を秘めています。

生体と人工の統合

横山  ナノテクとは,基本的には方法論と道具立ての集積がその根源だと思います。
 STM(Scanning Tunneling Microscope:走査型トンネル顕微鏡)やAFM(Atomic Force Microscope:原子間力顕微鏡)といった新しい技術が出てきた。電子顕微鏡も発展して,従来比較的マクロに捉えていたものが一挙に微小な世界で実感をもって捉えられるようになってきた。それがまず根本にある。そこでわれわれが研究をやっていく上での方法論とか道具立てが蓄積してきて,ある種の臨界値を超えたという歴史的な状況があります。
 私自身は生物と固体の中間の「ソフトマテリアル」の研究をしてきました。具体的には液晶やポリマー,生体類似膜などで,そこにSPM(Scanning Probe Microscope)の技術などを取り入れて,少し細かい世界から見ていきます。
 ただ,細かくしていくだけではないし,分子だけを見ていくのでもありません。分子の世界から積み上げていくやり方と,刻み込んでいって1つの微細構造を人間が与える人工の世界の2つがミックスする。
 私の研究でもデバイスに近い話もありますし,DDS(Drug Delivery System)のような比較的生体的な世界もあります。基本は自然と人工をいかに統合していくのかということです。

操ることと自己組織性

 ご指摘のように,ナノテクはSTM,AFM,さらに最近ではSNOM(Scanning Near Field Optical Microscope;走査型近接場光学顕微鏡)などが出てきて,小さいものが見えるということがスタートでしたが,重要なことは,見るだけでもなく,物性を知るだけでもなく,操ることもできることです。例えばタンパク質のような分子をほどいたり縮めたりしながら物性を測り,操り,動かすということが1つのツールでできるようになったことが大きなポイントです。出発点はシリコンなど無機物をターゲットにしていました。
 一方,有機分子では,例えばGFP(Green Fluorescent Protein)のような1個のタンパク質を,自分でほどきながら光り具合の変化を見たり,心筋細胞や海馬の細胞をある基板の上に広げて,そのダイナミクスを見るということも展開されつつあります。初め半導体からスタートしたものが,小さい有機分子,さらにはタンパク質,それから細胞レベルというふうに,徐々に領域が広がってきました。
 その一方で,自己組織化と自律系というキーワードを最近注目しています。自発的に物が組み上がって,その機能ができていくのかを細胞や分子レベルから切り開いていくところに,生命や生体の新しい切り口がナノテクによって見えてくるのではないかと思います。階層性を意識した自己組織化という観点です。

II.生命のナノテクノロジーとは

細胞のナノ構造,生きたナノ構造

伊藤 次に,生物学の側からお願いします。
廣川 私は生物系の研究者ですが,入り口は構造から入ったので,川合先生のお話で言うと上から下がっていくタイプです。スタートは光学顕微鏡レベルの生きた神経細胞で,そこで見られるのはタンパク,あるいはその集合体の膜小器官やタンパク複合体が巧妙に目的地に向かって送り届けられる物質輸送の機構で,細胞の機能や形づくりに基本的な機構です。
 次に電子顕微鏡,例えば急速凍結の電子顕微鏡で構造を見ると,巨大分子のタンパク1分子が見えるから,もうナノの世界になっている。物質輸送ですと,レールとなる微小管があって,αβ-チューブリンという4nmのタンパクが重合して25nm径の中空のチューブ状の管みたいな構造を作っている。その上をモータ分子がATPを加水分解しながら動く。その次のステップとしては,その構造自体,例えばモータ分子らしい構造が実際にどういうタンパクでできるかが問題になります。
 その次の段階は分子生物学になり,ナノの構造を作っている遺伝子をとってくる。実際にモータ分子の遺伝子などがとれてきて,構造を解析すると長いもので100nm,短いものですと50nm以下で,実際に動く部分は10nm以下の構造をしています。
 さらにナノマシーンとして,ATPを加水分解しながら化学的なエネルギーをどうやって動きに変えるかという基本的な問題が生じます。そのアプローチの1つは,クライオ電顕などで分解能を上げると,10Å(オングストローム)を切るような分解能が得られる。一方では,分子生物学で遺伝子を同定することができ,大量に純粋なタンパクを作ることもできる。しかもその中の動く部分だけモータドメインだけを精製し,結晶化してX線結晶解析で原子レベルの構造を明らかにすることができる。静的な構造だけでなく,ATPに結合した状態,ADP-Piの状態,またはPiが抜けたADPの状態,さらにヌクレオチッドがフリーになった状態という,ATPを加水分解するATPaseのサイクルの状態における構造をX線結晶解析で解くことができるし,クライオ電顕で見ることができます。
 ただし,解像度は結晶解析に比べれば低い。X線結晶解析だとモータタンパクの原子レベルでの構造がわかり,クライオ電顕およびX線結晶解析とも,いろいろな動きの状態の解析ができる。それに遺伝子工学を組み合わせれば,アミノ酸のレベルでの入れ換えや欠損などの分子操作によって,この分子がどう動いていくかを解析することができる。そういう点で,工学系の先生方とは逆方向であるように思います。
 生物側の進歩をもたらした要因を考えると,「見える」ということが大きい。電子顕微鏡レベルでも構造は見えていたが,現在では生きた状態で,1つのタンパクの挙動を見ることができる。それに操作,例えば遺伝子操作で人工的なタンパクを作り,それを細胞の中に戻すこともできる。そしてモータ分子ですとin vitroに取り出して,どのように動くか,どのくらいの力を発生できるか測ることもできる。非生物側と生物側のアプローチが見事にナノの世界で出会っていると感じます。

バイオのナノマシーン

木下 バイオとナノテクの組み合わせについては,実は私は多少違和感を覚えています。生物学側の人は,おそらくバイオのためにナノテクが協力してくれればという態度だと思います。しかし,産業界を含めて世の中の多くの人にとっては,ナノテクのためのバイオです。「ナノテクのために生き物の仕組みを明らかにして下さい」と言われると,どうも違和感があります。
 なぜかと言いますと,私が研究しているナノマシーン,分子機械は勝手に動き,絶対に制御できないということが最大の特徴です。遠い将来は人間の発想が柔軟になって,そういう機械を使いこなせるようになるかもしれませんが,今のところはそういう枠組みがありません。ですから,分子機械の仕掛け,つまり勝手に動作されるという特徴をうまく使える発想はまだ聞いたことがないし,学ばれて一体どうするのかと聞いてみたい気持ちもあります。
 最近は,生物を利用しようという人と,生物そのものがどうなっているか知りたいという人とが一堂に会するミーティングが多いですが,何か違うと感じています。
伊藤 マシーンというと,人間の言う通りに動くものだというイメージを持ってしまいますが。
木下 例えば,タンパク質分子に計算をさせたら間違いだらけになります。
 ところが,今言われた「間違えるコンピュータ」というのがポイントで,われわれが興味を持つところなのです。専門でないからかもしれませんが,私は生き物も何もデバイスに使おうとしているわけではありません。生き物で起きている,曖昧だけれども的確,時々間違えるという機能を調べて,それを実現するのは無機物でも構わないと思います。
木下 的確と言うためには,やはり数が必要だと思います。生物から学ぶ時に,タンパク質1個の働きだけを真似しなければよいのです。タンパク質分子が10個も集まると,まともに働き,あまり間違えないようです。
 そういう意味ではおっしゃる通りで,ナノテクはある意味で数が稼げるのです。数が稼げる統計処理という意味を少し考えたいのです。生き物がうまく最適化されているところがあって,その最適化されているものの動作原理がどうなっているのかというのを知りたいのです。
廣川 木下先生のお話は,生物のさまざまな現象,またナノマシーンにしてもその機能,あるいはどのようにできていて,どのように動いているのかを知りたい。そういうスタンスで研究していることをアピールしたかったのだと思います。
 工学系の先生方は違うスタンス,おそらく生物の中の高分子が複雑に組み合って作っているマシーンを応用して,役に立つものを作りたい。そういう応用科学の切り口,姿勢を持っているということではないでしょうか。

1分子の生物学

伊藤 楠見先生,お願いします。
楠見 1990年頃,科学技術庁の振興調整費で「生体ナノ機構」というプロジェクトを立ち上げた時は大変でした。その後,ナノバイオテクノロジーの目的と技術の両方が収斂されてきましたが,最も役に立ちそうでおもしろそうだと確信したのは,「生きている細胞の中で,1分子ごとに見て操作する」という方法でした。つまり,細胞の中の1分子の振る舞いは,多数分子の平均的な振る舞いから予想されることとは異なる点がたくさんあるということです。私は細胞や細胞の社会というレベルにおける超分子のシステムとしての働き方に興味がありますが,このようなシステムとしての作動原理は,1分子で見ないと解けないことが多いことがわかってきました。
 もう1つおもしろいことは,ナノの世界は揺らぎの世界で,普段生活している世界とは違う力学的現象が現れることです。つまり,生物分子や分子システムを働かせるのに,「揺らぎ」が使われているらしい。熱揺らぎが生物分子システムの働きを可能にしている基本であるらしい。これがあるから,単に「1分子生物学」と言わずに,「1分子ナノバイオロジー」と言っているようなものです。
 先ほど生物学はエンジニアリングの役に立たないという話がありましたが,「自己組織化」という概念は,元来生物から出てきたものだと思います。だから性急な議論と,ゆっくりした議論とをまぜこぜにするとあまり利益がない。皆さんが言われるように,物理学や工学のナノテクという言葉と,生物学のそれとの間にはギャップを感じますが,今申しましたようなことを考えると気にするほどのことはない。私自身は両方の世界を楽しんでいます。
 それから,先ほど話題に出たシステムの話ですが,細胞内のシグナルシステムを調べてわかってきたことは,逆説的ですが,生物のシステムを知るためには1分子ごとに調べなくてはいけないということです。これは膜分子の運動の制御と同じです。25年間も多くの人が,膜分子の運動が遅くなる機構を調べても解けなかった。その本質的理由は,多数分子平均を見る方法によってはわかるはずのない制御がかかっていたということです。つまり,熱揺らぎが大きく影響するような過程,確率過程論的に振る舞う系では,多数平均からシステムの動き方や作動原理を推定するのは難しく,ましてやそれを証明するのは不可能で,おそらくは本質的なところで見誤ってしまうであろうということです。そして,バイオシステムの工学的な応用,例えばナノマシーンの設計の指針として利用するという話も,このようなところまでわかって初めて応用の道も開けるという気がします。

III.ナノテクノロジーを見直す

技術か方法か

川合 先ほどバイオの人はナノテクを武器として使って,ナノテクの人はバイオを学んでからナノテクをやりたいとおっしゃいましたが,そういう意識はすべてではないと思います。
 なぜなら,ナノテクというのはnmのスケールで高度化した技術で,それを使ってバイオを研究する,電子デバイスを作る,エネルギーの環境の材料を使う,ということのための手段です。そういう意味では,バイオに関心のあるナノテク研究者とバイオの研究者の間には溝があるとは考えませんし,私たちは仲間だと思っています。
 大事な点は,バイオの側の人はバイオに興味があるから手段として使いたい。材料から来た人たちはそのメカニズムを利用し,バイオからもの作りのヒントを得られないか,というスタンスの違いは確かにあると思いますが,どちらもよいと思います。
藤田 私が思うには,バイオの方は分析して知りたいと考える。一方工学系の方は,どちらかというとナノテクを使って新しいものを作ってみたいと考える。その時,バイオの素材を使えばどんなものができるか,それは生命そのものの復元でなくてよいと考えていらっしゃると思います。むしろ新しい生命体みたいなものができればおもしろいということではないでしょうか。
川合 それも魅力的な一面です。私の場合,純粋にバイオの観点に興味がありました。WatsonとCrickが50年前にX線で二重らせんの結晶構造を出しました。しかし,結晶ではモデルが出ましたが,本当に1分子がそうなのかということを知りたいから高分解能で見たわけです。それはどちらかと言うとバイオ的な興味ですね。そういう意味では,真似して作りたいというのも1つの方向ですが,やはり「見てみたい。バイオ的な関係が知りたい」というのがナノテクの科学者には多いと思います。

ナノテクノロジーの範囲

野々村 初めに伺っておくべきでしたが,生物のナノテクと言ってもスケールがあります。1nmか,999nmかではずいぶん違うと思いますが,いかがでしょうか。
川合 アメリカの定義は,XYZのうちの一辺が100nm以下という非常に荒っぽい議論ですが,ナノテクのおもしろいところは,「100nm」というスケールが本質ではなく,そこで表れる多様な機能にあります。
 0.1nmになってしまうと,原子の大きさになってしまい,100種類ぐらいしかバリエーションがありません。しかし,それが数十個,数百個組み合わさると機能が生じ,今度はそれ同士が熱のエネルギーを得て動きながら,しかも秩序だった運動をしていきます。その大きさを広く含んでよいと思います。
 機能発現の基本単位がその大きさにあるという意味で,大体nmにしているわけですから,100nm以下にしなければいけないというようなことは,それほど本質ではないという気はしています。
廣川 先ほどの話に戻りますが,生物学のほうでも生きたまま,ありのままの状態を理解したいと思うのですが,そのためにむしろ遺伝子の組み換えのような人工的な操作をして,生体や自然界にはないようなタンパクを作ることができるわけです。そういう操作によって逆に生体にある仕組みを理解することができます。
 方法論が豊富になって,形と物と機能がすべてつながって解析できるようになったわけです。ひと昔前は,電子顕微鏡では構造だけ,機能については電気生理だけ,あるいは生物物理的な測定だけしているという状況でしたが,現在は遺伝子自体を採ることができるから,いくらでも人為的にタンパクを作ることも,操作することもできます。しかも可視化の手法にしても,AFMやトンネル走査型,クライオ電顕,X線結晶解析,NMRなど多角的に使えます。
 1つの問題に対して多くのツールができてきた。その上に分子遺伝学を使えば,個体のレベルであるタンパクの欠損個体や過剰発現個体の解析も可能となっている。そういう意味では,ナノレベルで生物現象を理解するにはすばらしい時代になってきたと感じます。

ナノレベルのバイオロジー

横山 先ほど木下先生が言われたように,私もバイオとナノテクの両者を突き合わせた時に,生物系システムやナノマシーンのようなものを見つけるという方向性は確かにあると思います。ただ,そういうものにナノテクを使っていくという方向よりは,工学者としてバイオロジーをもっとナノの世界で進めていきたい,解析的な意味で何かツールを提供していきたいという側面が強い。それが今は健全に動いているような気がします。
 一方,例えば分子モータを何かに役立てるという期待を語る人はいますが,研究としてまともに取り組んでいる人はそう多くはいません。キャッチフレーズとしてはよいとしても,実質はバイオサイエンスやバイオテクノロジーを推し進めるために,方法論の集合体であるナノテクに何ができるか,という視点で捉えている部分が多いと思います。それほど不健全でなく,健全に動いていると思います。
川合 さまざまな方法で,nmの世界に入っていけるようになったことは事実です。手法が開発され,「ナノテク」と呼ぶにふさわしい時代なのではないですか。
野々村 そうですね。「ナノテク」という言葉を意識しなくても,われわれ生物科学者は実際に利用しているわけですね。
 例えば,FRET(Fluorescent Resonance Energy Transfer:蛍光共鳴エネルギー)について,現在理化研の脳科学総合研究センターと共同で研究しています。1個のGFPやYFPを持ってきて,ハンドリングして1個のタンパクレベルでFRETがどうなっているかを調べる。そして,位置関係や距離を調べられればと考えているのですが,そういう点では,先ほど言った操作,操ることのできるというナノテクの特徴が1つのポイントかとも思います。
 また,先ほどの話にありましたように,生きたままの状態ということもポイントで,1分子レベルや1タンパクレベルになると,ばらつきや揺らぎ,不安定性というものが,逆に再現性があまりないのが実際であるということが見えてくるのです。そうなると,木下先生が言われたような間違うことがどの階層で起きているか,どのレベルで起きているかが問題になります。
 例えばDNAでも,あれはミスマッチがあっても30%はハイブリダイズするわけですから,1個を持ってきてくっついたとしても,ミスマッチがあるかどうかは判断できない。間違ってつくものもある。そういう世界ですから,1個のタンパクを引っ張ってほどいて,振動を与えて自分でフォールドするか,アンフォールドするかを見ていく時,数をやると分布は出てきますが,必ず同じフォースカーブの上にのることではないです。
 われわれの興味はそこに移っていて,1個を見ると,統計的な処理をして初めて見えてくるものがあります。1個1個持ってくると,不確かなことばかりが出てくるのがナノテクの1つの側面ではないかと思いますので,生きたまま,かつ何かノイズがかかっているところの世界が見えてくるのがおもしろいところでもあります。素人考えですが,一番如実に現れる有機分子や生体系が,それを機能に使っているのではないか,揺らぎなどというのは機能性の根源になっているのではないかと思います。
 「ナノテク」というものは,何もない荒野に突然新しい建物ができたという性質のものではなく,基本的には光の当て方,スポットライトだと思います。それを「ナノテク」と呼ばなくても,これまでも存在してきたし,今も存在しているわけです。
 それはそれでいいのですが,少しスポットライトをあるところに当てて,ある種の流れを作っていこうではないかという合意のようなものが,「ナノテク」というゆるい考えにあるのではないかと思います。
木下 私は自分のところでやっていることがテクノロジーとは思えないのです。テクノロジーというのは,おそらくそれだけでは足りないのですが,あるやり方に従ったら10回のうち9回はうまくいくというものだと思います。しかし,われわれのところは,「1000回やって1回成功すれば」という話です。
 分子を引っ張ることを,「ナノフィッシング」と言っているのですが,われわれも100回から200回ほどやって,ようやく1回つりあげています。
木下 それから,先ほどの原先生から「間違えるコンピュータ」というお話がありましたが,失敗には実は2段階あります。われわれの研究室では,タンパク質の分子が本来の不確定性のおかげで失敗するという以前に,人間のおかげで失敗するほうが圧倒的に多いですね。
 人間が悪いことをするからいけないので,そのための失敗は最初から勘定してもしようがない。本当に相手が自然の状態にあったとしても,なおかつ間違えるわけですが,それが初めて意義があるとすれば意義ある話です。しかし,われわれはそれ以前のところにいるわけです。私は,自分のところの研究はテクノロジーよりは運に頼っていると言わざるを得ません。

ナノテクノロジーとナノサイエンス

横山 何となくわかったのですが,テクノロジーというものを本来の意味,というか狭く捉えているからだと思います。
 ヨーロッパでは,「ナノサイエンス」と「ナノテク」をきちんと分けて語ることが多いのですが,アメリカはすべてを含めて「ナノテク」と言ってしまうと思います。よくないかもしれませんが,われわれもナノサイエンスとナノテクを合わせて,ナノテクと勝手に言っています。
川合 アメリカ的な発想ですと,ナノサイエンスとナノエンジニアリングを「ナノテク」と呼ぶと言っています。
廣川 少し包括的ですね。
川合 そうですね。テクロノジーというのはもう少し包括的にサイエンスも含んでいるみたいです。
廣川 われわれの感じとは少し違います。
川合 私たちはエンジニアリングとテクノロジーが近いようなイメージがあります。

ナノレベルの操作

藤田 例えば1分子のタンパクをつかんで,それを自由に動かしたり,回転させたり,他のタンパク分子と組み立てたりするテクニックを使える,あるいはそれを使うことがナノテクではないでしょうか。タンパクの組み合わせでも,タンパクと核酸でもよいのですが,生体系では淘汰されてしまいますから,本来間違った組み合わせは存在できないわけですね。
 しかし,テクノロジーを使えば,生体にはないような間違った組み合わせを人工的に作ることができます。それによって逆に,新しい生命現象の理解に役立つようなものが見つかる可能性は大いにあるわけです。それは先ほど廣川先生もおっしゃいましたが,そういう操作を使えば,逆に生体のメカニズムを明らかにできるのではないかという面も,新しい価値を生み出すような組み合わせを作ることもできるという面もある。やはりそれはテクノロジーだと思います。今日お集まりのナノテクの工学系の先生方はおとなしいようなのですが,もう少しどうでしょうか,生物学の方に反発していただけないでしょうか。
木下 藤田先生が言われたように,分子構築をこうやって作った,というのがナノテクに対するイメージだと思います。
藤田 しかも,生体系にはないような構築ができる。
伊藤 私も「ナノテク」は分子レベルの構造物を作って動かすエンジニアリングのための技術だと思います。おそらく,将来はそういう方向に向いていくのではないでしょうか。
川合 現実的な方向としては,バイオそのものとは違いますが,バイオと同じ「プログラム自己組織化」です。自己組織化というと,何か物を入れたら自然にできてしまうように考えられがちですが,バイオの場合に大事なのは,プログラムがDNAに入っていて,それに沿って自己組織化していくということです。「プログラム自己組織化」という言い方をしているのですが,それを用いて電子デバイスを作っていく。それは新しいステージだと思いますが,バイオをナノテクで作ったというよりも,自己組織性を学んで少し人間の体に近いものをデバイスとして作りたいということです。
木下 「プログラムがあって」とおっしゃいますが,例えばタンパク質が折り畳まれるというのは,プログラムがあるおかげとお考えですか。
川合 まず最低限言えることは,例えばDNAにアミノ酸の順序が書かれていて,それに従って,構造物ができていくというところからスタートしていますが。
木下 タンパク質の立体構造は,一応自然にできることになっているのですが,それはプログラムのおかげであると言えないこともないということでしょうか。
川合 そう考えています。少なくとも,そういうものをデバイスを作るプロセスに取り入れていきたいという点が,テクノロジーで何か物を作るというイメージの出発点だと思います。それが進んでいくとナノマシーンやDDSとなると思います。
(以下,次号につづく


 この座談会は,雑誌『生体の科学』誌で企画された「座談会:生命のナノテクノロジー」を弊紙編集室で約3分の1のダイジェスト版に再編成し,2部構成にしたものです。
 なお,この座談会の全文は同誌第54巻1号に掲載されます。
[週刊医学界新聞編集室]