第2519号 2003年1月20日


新連載
メディカルスクールで
学ぶ

   第1回
   アメリカの医学教育課程

  高垣 堅太郎
ジョージタウン大学スクール・オブ・メディスン MD/PhD課程1年

 日本の医学教育を考える上で,米国の状況が参考になることは間違いないことであり,本紙でもすでに多様な見聞記が展開されてきました。私は,日本で大学教育を受けた米国医学生の視点から,また昨今大学院重点化にともなって注目を集めている「MD/PhD課程」の学生という視点から,米国の医学教育,医学生についてご報告したいと思います。
 私は米国で日本人家庭に生まれ,幼時は現地校で教育を受けて米国人の中で育ちました。その後家族の帰国に伴い小学5年から大学まで日本で教育を受け,今秋からは再び米国に戻ってジョージタウン大学医学部(School of Medicine)のMD/PhD課程に通っています。限られた経験からではありますが,米国の医学生がどのような理想や興味,悩みを持って,どのような学生生活を送っているかを中心にお伝えできればと思います。


メディカルスクールへ

 米国のメディカルスクールを強く意識しだしたのは大学2年生の頃,教養課程も終わり専攻学部を決める頃でした。入学時から,受験の興奮覚めやらぬまま大学オーケストラなどに興じていたのですが,将来のことを考えると興奮も急に冷めていったのを覚えています。親の職業の影響もあって,当初からおぼろげながら「研究」をやりたいという気持ちはあったのですが,その実現ということまでは,十分に考えを巡らせていなかったように思います。
 ちょうどその頃,脳神経科学に興味を持ちはじめたのですが,Hubel博士やWiesel博士(いずれもノーベル賞受賞者)など個人的なヒーローの多くが研究医だったということが,最終的に現在の進路につながったのかもしれません。3年の秋にKandel博士らがノーベル賞を受賞した頃には,米国のメディカルスクールで研究医になろうという決意はほとんど固まっていました。もっとも,その先に待ち構えていたメディカルスクール受験の苦労を知っていたら,別の進路をとっていたかもしれません。

アメリカの医師教育

 アメリカ人にとって,医師への道は大学の4年間から始まります。ご存じのように実際の医学教育は大学卒業後,メディカルスクールに進学してから始まるのですが,このメディカルスクールへの入学競争が大変熾烈なので,準備段階としての大学4年間が,ほかの大学生の4年間とはおよそ比べ物にならないほど重要になってくるわけです。
 メディカルスクール進学希望の大学生は俗に「pre-med」と呼ばれ,少しでもよい成績証明書を提出するために,少しでもMCAT(メディカルスクール入学のためのセンター試験のようなもの)の点数を上げるために,そして少しでも充実した履歴書・志望動機を書くために,学業・課外活動・ボランティア活動などすべてに余念がないのです。その競争の熾烈さは有名で,「pre-medの多い科目の試験では鉛筆を落とすな,落とすと隣の人がどこかに蹴っ飛ばしてしまうから」といったジョークがまことしやかにささやかれるほどです。この「受験戦争」については次回,詳しくご報告したいと思います。
 晴れてメディカルスクールに入学して医学教育が始まるわけですが,概ねどこのメディカルスクールでもMD課程は4年間で,ほとんどが前半2年を講義と実習,後半2年を臨床実習とsub internship(研修医研修)にあてています。カリキュラムはLCME(Liaison Committee on Medical Education)とよばれる独立の公的機関で細かく審査されるものの,審査要件を満たしながらも各校それぞれの特色を出すべく,知恵が絞られています。(本年度はちょうどジョージタウンの7年毎の審査の年なので,この課程についても詳しくご報告できるかと思います)。
 卒業して医師免許を取得するためには,さらに卒後研修が義務づけられています。こちらについては多くの先生方がお書きになっているので詳述は避けますが,この受験戦争も一部では熾烈で,人気診療科(最近は専門外科,皮膚科,放射線科)や中央の人気のある病院に進みたい医学生にとっては,メディカルスクールの4年間もまた,成績証明書・推薦状・内申書などが気になる毎日なのです。

アメリカの研究医教育

 臨床研究と基礎研究の橋渡しとなるような指導者の需要を満たすため,NIHは1964年にMD/PhD兼学課程に対するMSTP(Medical Scientist Training Program)というグラント制度を設け,以来,現在までに多くのメディカルスクールがMD/PhD兼学課程を設けています。
 その特色としては,メディカルスクールと大学院のカリキュラムの重複を省き,夏期休暇なども学期に組み込みながら,別個には4+5年程度かかる両学位を最短期間で同時に取得させようというものです。学校によってカリキュラムはさまざまですが,一般的には臨床前の2年間を一般のM.D.課程の学生と一緒に受け(同時に一部大学院の講義を受け研究も行なう),次の2-4年程度は博士研究を行ない,最後に再びMD課程と合流して2年間の臨床実習を受ける,といったものです。
 大学の研究医は臨床医に比べて給与水準が低いため,ローンなどの金銭的な負担をなくすこともひとつの重要な目的であり,この課程の学生(ほとんどの医学校では,医学部の入学者中,数人~多い場合でも十数人程度)には一般的に学費免除・生活費支給という厚遇が施されます。面接時の日本からの旅費・宿泊費も支給されました。
 最近の問題として,MD/PhD課程の所要年限が徐々に増えているという傾向があります。理由としては,米国における定年制禁止などによる医学研究分野の就職難,分子生物学ブーム時のような安直な博士論文が難しくなってきたこと,また,MD/PhD学生の「無償労働力」としての酷使,などといった原因が特に挙げられています。70年代当初は早ければ通算6年といわれていたものが,現在では学校にもよるものの,8-9年が普通になってきており,一部で問題視されています。それでも,大学で研究医学を行なう上ではメリットが大きいため,MD/PhD課程の人気は衰える気配を見せません。
 最近では生物系のMD/PhD以外のさまざまな兼学課程(例えば工学系や倫理などといった文科系のMD/PhD,病院経営・医療保険経営に携わるためのMD/MBA,医療関係の司法に携わるMD/JD,公衆衛生のMD/MPHなど)を併設する学校も増えつつあり,次に述べる各メディカルスクールの校風づくりの一助となっています。

各メディカルスクールの個性

 pre-medたちが少しでも有名なメディカルスクール,あるいは学費の安い(州立)メディカルスクールや希望地域のメディカルスクールに入学しようと必死ならば,メディカルスクールの側でもまた,少しでも優秀な学生を獲得するための努力を怠りません。各メディカルスクールは,校名のイメージづくりから,独自のカリキュラム編成,成績評価の方法(最近の流行としては合格・不合格の2段階評価が挙げられる),場合によっては奨学金をぶら下げて学生獲得に躍起になるわけです。卑近ですが,紹介も兼ねてジョージタウンの校風づくりを例にとってみます。
 ジョージタウンのメディカルスクールは中規模のメディカルスクールですが,大学自体は大きく,全米最古のカトリック,イエズス会系大学(上智大学などと姉妹校)として神学,哲学,国際関係学などが特に有名です。その伝統から,メディカルスクールでも社会正義を尊ぶ医師養成と,全人的な医療を前面に打ち出しています。貧困地域での健診活動をカリキュラムに取り入れたり,一般社会人に対する「mini-med school」と呼ばれる医学入門講座(夜学)の先駆けともなってきました。また教育重視の校風を誇り,臨床の先生が基礎のコマを持つことも多く,午後になると手術を終えた外科の先生たちが病院からわざわざ解剖実習室まで来ては説教をぶったり,外科の手技を実演したり,一緒に解剖しながら即興で小講義をしていきます。
 カリキュラム面でも伝統的な強みを活かそうという試みが盛んです。哲学部・法学部などと共同でケネディ研究所(医療倫理など)を設け,全米の医療倫理研究の中心となっており,この研究所の教官を中心に医学部・看護学部における臨床前の倫理教育を早くから打ち出しています。このカリキュラムについては,全米での職業倫理教育の流れとあわせてご紹介しようと思います。また最近の「売り」としては縦断的なCAM(complementary and alternative medicine,東洋医学や薬草療法などといった代替療法)の教育を挙げており,カリキュラム開発の全米的な先駈けとしてNIHから170億ドルの研究費を受けて,特色のひとつとして打ち出しています。


高垣堅太郎さん
1979年生まれ。2002年3月東京大学農学部卒業(生命化学専修,旧農芸化学科),同研究生を経て,8月よりジョージタウン大学スクール・オブ・メディスンおよびGuraduate School of Arts and Sciences にてMD/PhD兼学課程アルマー&ウメコ・ストラウス記念特待生。