医学界新聞

 

〔連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


2516号よりつづく

〔第39回〕フレミンガム・ハート・スタディ(2)

PrevalenceとRisk(cumulative incidence)

 Prevalenceとrisk/cumulative incidenceを比較すると前者はpointで疾患の割合を見ているのに対して,後者は一定期間にどれくらいの人が病気に罹患したかを測定しています。すなわち,後者において,測定開始時にはみな病気を持っていない点を銘記しておく必要があります。そしてどれくらい観察したかも大切な点です。例えば生涯にわたってのリスクが1%であれば低いと言えますが,1年間のリスクが1%といえば高いと言えます。すなわち教室の中100人のうち1年後には1人病気を発症しているわけですから。現在,狂牛病が日本国内で騒がれていますが,政府関係者は「人に感染する可能性は少ないから安全だ」と公言しています。現時点でprevalenceは0(実際のところ人の狂牛病に相当する新型クロイツフェルトヤコブ病の数は正確にはわかっていません)です。
 しかし,今後どの程度患者さんが発生するか(incidence)は誰もわかっておらず,よって牛肉を食べることによるリスクはほとんどないとは誰も言えないはずなのです。この点,高名な医師でも言葉を間違って使用していることがあり要注意です。逆に疫学の世界では,用語の統一がなされていないとも言えます。

Incidence rate

 リスクは最も臨床研究で用いられる測定法です。しかしながら,うまく測定できない場合があります。途中から研究に加えたい場合や(variable time at entry),途中で経過を追えなくなる場合(loss to follow-up)など臨床研究の際しばしば経験します。このような問題を克服するためにPerson-timeがしばしば用いられるわけですが,これは以前紹介(2490号)しましたので今回は省略します。1975年,フレミンガム・スタディにおいて35歳女性5000人を追跡調査していましたが,ジェネラルモータースが閉鎖したために2500人が他に職を求めて引っ越してしまいました。この研究では1990年までに50人が心筋梗塞を発症したので,15年のcumulative incidence(CI)は1%ということになります。しかし5年後,わからなくなっていた2500人の追跡調査をしてさらに100人の心筋梗塞例を追加しました。よってCIは3%に増えました。経過観察不能はCIで結果を捉えた際,大きなバイアスとなり得ます。しかしincidence rate(IR)を用いるとこの問題はある程度解決されます。表は20年間の追跡データです。

 冠動脈疾患(+)冠動脈疾患(-)Person-Years
男性1644797995
女性10461610166
合計268109518161


 男性のIRは164/7995=0.0205=20.5/1000,女性のIRは104/10166=0.0102=10.2/1000です。そしてincidence rate ratio(IRR)は20.5/10.2=2.005となります。男性は2倍の発生となっています。
 例えば以下のような場合はどうでしょう? 1万人の喫煙者と1万人の非喫煙者がいたとして,20年後までにそれぞれから500人と800人の冠動脈疾患が発生したとします。しかし,喫煙者では5000人が肺がんなど他の病気にて死亡,一方,非喫煙者では1000人しか死亡しなかったとします。この場合,CIで比較すると喫煙は冠動脈疾患の発生を抑えるという間違った結論に到達します。他疾患で脱落した人々には小さなウエイトを置くIRで評価します。このような状況をcompeting riskと呼びます。近年,喫煙率を下げると,かえって医療費がかかるという変な統計まで発表されています。
 以上のように経過観察不能,competing risksの問題から長期に及ぶ前向き研究,あるいは暴露期間が変化するようなコホート研究においてはincidence rateが好んで用いられます。