第2518号 2003年1月13日


連載
ID Update

感染症新時代を追う

砂川富正(国立感染症研究所感染症情報センター)
◆04 感染性胃腸炎は難しい

2514号よりつづく

 朝夕の冷え込みが強くなってくると,まるで季節の訪れを告げるかのように嘔吐・下痢を主訴とする患者が外来に現れ始め,そして急激に増加する。この多くは感染性胃腸炎であり,インフルエンザと並ぶ冬場の重要な感染症である。臨床の場でも感染力の強さが悩みの種であるが,保健所などの公衆衛生の現場でも,学校や保育園,そして行事などの際に発生した感染性胃腸炎の集団発生に対応する場合に,感染経路を巡って混乱することが少なくない。かく言う筆者にも,感染性胃腸炎と聞くと思い出される苦い記憶がある。

あるアウトブレイク事例

 数年前,ある施設内で発生した感染性胃腸炎の集団発生(アウトブレイク)調査に呼ばれた時のことだ。そのアウトブレイクでは,1日で90名を越える嘔吐者が出て,発症日をプロットした曲線(Epidemic curve,通称エピ・カーブ)は美しい一峰性の山を描いた(富士山をイメージしていただきたい)。このようなエピ・カーブが認められる場合には,汚染された水や食品を「1回摂取したのが原因(単一曝露=ポイント・ソースと言う)」であることが多い。話が多少それるが,多くのアウトブレイクにおいて,エピ・カーブの形状および問題となった感染症の潜伏期から,曝露が発生した日の推定が可能となることが少なくない。エピ・カーブの作成は非常に有効なアウトブレイク調査のステップであり,臨床の場でも,集団で感染者が認められる場合には,「エピ・カーブ」を作成してみることをぜひお勧めしたい。原因究明に大いに役立つであろう。
 この事例では,「小型球形ウイルス(通称SRSV,多くはノーウォーク様ウイルス:NLVと略)」が患者の下痢便や吐物より検出された。ここで言う感染性胃腸炎とは本来症候群であって,その中には細菌性も含め,様々な病原体が含まれている。しかし1999月4月施行の感染症法のもとで行なわれている感染症発生動向調査では,冬季におけるNLVとロタウイルスの2つが重要な病原体となっている(http://idsc.nih.go.jp/index-j.html)。
 さて,話を感染性胃腸炎のアウトブレイクに戻そう。このウイルスの潜伏期間は約12-48時間であることがわかっているので,アウトブレイクの感染源として,最も多くの感染者が発症した日の約1日半前に行なわれた食事会が原因として疑われた。いわゆる「NLVを原因とするウイルス性の食中毒」が,説明としては正しいかのように思えた。
 これまでわが国においては,細菌性を主とする食中毒の場合には,疑わしい食品からの食中毒菌を検出することで感染源を確定としてきたが,ウイルス性の食中毒を疑われる場合であっても,当該食品からのウイルスの検出は容易ではない。行政的にアウトブレイクの原因を「食中毒」とすることは,営業停止などの強力な措置を伴うことが多いので,事は慎重に進める必要がある。
 このアウトブレイクの感染経路を巡って,議論は紛糾した。すなわち食品媒介(いわゆる食中毒)を起因とするアウトブレイクなのか,それとも他に感染経路があるか,ということである。結局,統一された結論には至らぬままに,食中毒としての対応は見送られた。実際,NLVには実に様々な感染経路があることが知られており,多くの国々で様々なウイルス性胃腸炎の形態としてアウトブレイクを引き起こしているのである。

様々な感染経路がある

 米国における,1999年1月から2000年11月の間に報告された,NLVを原因とする集団発生の感染経路をまとめた情報がある。それによると,食品媒介が39%,ヒト-ヒト伝播(接触,吐物等による飛沫)が12%,水系感染が3%,不明が18%,データなしが28%であった。食品媒介の原因食品としてカキが有名だが,わが国の,特に小児において重要なのは,ヒト-ヒト伝搬ではないか,と筆者は経験的に考える。NLVを代表とする感染性胃腸炎は,かつて「お腹のインフルエンザ」と呼ばれていた症候群をかなり含んでいるであろう。
 “Norwalk-Like Viruses" Public Health Consequences and Outbreak Management(CDC)1)というガイドラインがあるが,その中で特筆すべきは,ヒト-ヒト伝播対策に関して,『NLVのヒト-ヒト伝播は,糞口感染(fecal-oral transmission)と空気感染(airborne transmission)を含む』と明記されている点である。この場合の「空気感染」とは,麻疹や水痘,結核の空気感染と完全に同義ではなく,吐物などに含まれるウイルス粒子は飛散しやすく周囲のヒトに感染しうる,という意味合いが強いものと思われる。このことから,嘔吐している患者がウイルス性胃腸炎に罹患している可能性が高い場合,患者の吐物処理に際して,外来・院内の他の児をいかに感染から防ぐか,という点が重要となってくる。
 外国において,食品や明らかな接触歴のない集団におけるNLVの集団発生例の報告が散見されるが,わが国においても,直接触れられていない吐物から感染が拡がったと思われる事例があるようだ。このような伝播経路に関する知見は,特に老人保健施設,保育所,旅客船そして病棟など,いわゆる施設内,屋内での感染防止を検討する上で重要である。

予防のための方策

 感染性胃腸炎の予防について重要なことは,手指を介する感染を起こさないように十分な手洗いを行なうことである。NLVのヒト-ヒト伝播対策は必ずしも容易ではないが,石鹸を用いた10秒以上の手洗いと,十分な流水による頻回の洗浄によって改善できる可能性がある。病院や施設,家庭で下痢便や吐物を片付ける際のマスク着用は有効である。汚れたリネン類と服は,付着物の飛散を防ぐためできる限り揺らさないように取り扱う(!),という点が興味深い。それらの洗浄については,洗濯機で洗剤を用いて可能な限り長時間行なう。汚れた床や台所用品は,適切な塩素系消毒剤などを用いて洗浄する。以上の方策は,CDCのガイドラインに則ってみた。
 それにしても感染性胃腸炎は本当に難しく,そして臨床家と公衆衛生担当者を悩ませる。
〔参考文献〕
1.米国疾病管理センター:ノーウォーク様ウイルス-公衆衛生上の重要点と集団発生の管理(CDCガイドライン日本語訳),MMWR, 50, RR09, 1-18, 2001
http://idsc.nih.go.jp/iasr/22/258/fr2585.html