医学界新聞

 

〔特別企画〕これからの専門医のあり方

新たなスタートを切った外科専門医

日本外科学会「専門医制度」の現状と課題

【インタビュー】青木照明氏(前日本外科学会専門医修練カリキュラム改正委員長,益子病院)


●新しい外科専門医修練カリキュラム

―――日本外科学会では,外科専門医のための研修カリキュラムを整備され,昨年(2002年)4月からスタートさせています。
青木 これまで本学会では「外科認定医」(2005年に認定終了)という言葉を使っていましたが,それを「外科専門医」という名称に統一しました。現在,これまでに認定医を取得した方には,ある一定条件(10年以内に術者として60例以上,もしくは術者・助手として10年に175例以上行なう,関連外科専門医の取得など)を設けて,移行措置を行なっているところです。
 厚生労働省による「卒後初期臨床研修の必修化」や,1998年の「21世紀の医療のあり方に関する提言」など,日本の医療界に変革の方向性が示されました。そこで学会では,変革に応えられる外科専門医のナショナル・スタンダードをつくろうと,6-7年の議論を経て専門医修練カリキュラムの内容を改正しました。

手術手技350例,うち120例は術者として

青木 いままで,基本的診療領域の中で外科専門医がどの程度できなければいけないかの数値目標が,はっきりしていませんでした。例えば,一人前の医師になるために何例経験すべきかなど,クリアすべきスタンダードがなかったのです。
 それでは外科医療を担う医師養成に不十分ではとの反省から,新カリキュラムでは一般目標から4つの到達目標を具体的に決めました。特に「到達目標3」は,「一定レベルの手術を適切に実施できる能力を修得し,その臨床応用ができる」とし,9項目()について「期間中に術者または助手として総手術手技350例,術者として120例を経験する」と数値目標をあげています。これは当初,4年かけて到達することを想定して定めていますが,日本の現状ではそれ以上かかると思われます。
 この350例という数の根拠は,例えばアメリカやドイツの外科学会による「5年間で500例前後」という専門医の取得資格基準を参考に,日本の状況に合わせたものです。日本の医学部卒業生のうち外科志望者は年間1000人ほどで,全国で実際に経験できる教育資源としての手術症例を,1994-97年まで3年間にわたって集計しました。この結果,ジェネラルの手術症例数は330万例ほどで,それを7つの地域ごとに分け,年間に全症例の10%を教育資源として使えるのではないかという試算に基づき,経験すべき症例数を決めました。


外科専門医カリキュラム
経験すべき症例数
(1) 消化管および腹部内臓(80例)
(2) 乳腺(15例)
(3) 呼吸器(15例)
(4) 心臓・大血管(10例)
(5) 末梢血管(頭蓋内血管を除く,10例)
(6) 頭頚部・体表・内分泌外科(皮膚,軟部組織,顔面,唾液腺,甲状腺,上皮小体,性腺,副腎など,15例)
(7) 小児外科(15例)
(8) 各臓器の外傷(多発外傷を含む,10例)
(9) 鏡視下手術(腹腔鏡・胸腔鏡を含む;上記のうち,各分野における各種手術,20例)
  (カッコ内の数字は術者または助手として経験する各領域の最低症例数)

サブスペシャリティとの関係

青木 現在,外科専門医を取得した後に,全体として7年間かけて呼吸器外科,心臓血管外科,小児外科,消化器外科という4つのサブスペシャリティを修得することを目標にしています。もう1つの問題は,サブスペシャリティ外科領域との連携です。
 サブスペシャリティにいつ移行するかも問題ですが,一般外科で示した到達目標の症例数をこなせるかという問題もあります。例えば,心臓血管外科医をめざす人に,消化器手術80例という目標数が適当かどうかなどです。現在の基準では,心臓・大血管は10例ですが,心臓血管外科医をめざす人には50例にし,消化器疾患を30例にするといった調整が必要になるのではないかということです。
 このような問題をクリアにすべく,「外科・関連外科専門医制度調整委員会」(委員長=名大 二村雄次氏)を設置して,各サブスペシャリティにどのような一般外科のトレーニングがなされるべきかを協議しています。350例という大枠は,日本の疾病構造から割り出し,専門医と言える平均的な経験症例数を検討した上での数字なので,そう間違いはありません。ただ,その中での調整は必要になります。
 「外科医のベース」とは,時代のニーズや地域性によっても変わってきます。実際に医療特区や病院機能評価が検討されれば,この地域にはどのような病院が必要か,どのような専門医がどのくらい必要かがはっきりしてくるでしょう。その時に全員に同一の基準では,あまりにも大雑把とも言えます。例えば,無医村に近い病院に勤める外科専門医なら守備範囲を広くする必要がありますが,大都会の特化した外科専門医なら,自分の専門性を発揮したほうがよい,と考えられます。地域のニーズによって変わってもよいのではないでしょうか。

●医師のインセンティブとしての専門医制度

初期研修との関連は

青木 2年間の初期臨床研修とカリキュラムとの関連ですが,これはまだ議論の段階です。おそらく開始から8-12か月の時点で,志望する専門領域を可能な範囲の中で選択してもらうことになると思います。
 今回の専門医カリキュラム改正で,これまでと大きく異なる点は,救急を必修にした点で,3-4か月の救急外科で多臓器傷害10例が必修です。これは外科関連の専門医になるためには,多発外傷などの扱い方は必ず経験しなければいけない,という考えが示されたものです。そこで,日本救急医学会に検討いただいたところ,全国で120施設に年間平均8名が3-4か月のローテーション研修を行なうとして,そこから1人10例と割り出されました
 ここで問題となるのは,卒後研修必修化とも関係しますが,その時の身分の設定です。国立病院の研修医が,例えば日本医大救命救急センター等の私立の施設で働いた時の身分の保証をどうすればよいのか。そういう意味から,研修必修化の中で卒業生全員が国家公務員となれば,その2年間の間に救急の経験を積んでもらうことが可能になりますね。
 また本学会では,研修中における自分の経験を集積するために,オンラインで症例を登録できるシステムを立ち上げ,2002年7月から実際にスタートしています。いま研修医で将来外科に進むかもしれないという人は,このシステムに登録してもらい,学会指定の施設で修練を積んだ成果を残すことができます。手術をどの病院で行ない,その患者さんの登録番号,自分が術者で誰に指導を受けたなどが,オンラインで登録できるシステムです。登録時には学会員である必要はありませんが,規定の登録手数料をいただきます(外科専門医の筆記試験を受けるまでには学会への入会必要)。
 外科専門医のカリキュラム運営を誰が管理して指導するかは,その成否を決める大きな問題です。現実に,各地域ごとの組織づくりがうまくいっているかどうかは疑問があります。学会では,認定施設をすべて,担当できる能力別にA-Eまで分類して,それを組み合わせ,研修医はそこをローテーションして数値目標を達成することを検討しています。複数の施設群の中にプログラム・ディレクターを設置して,その地域の研修医がカリキュラムをどのように研修するかなどを管理してもらう,という構想を持っています。指定施設の指定は終わりましたが,理想とはほど遠い部分もあり,今後の課題です。

今後の外科専門医制度

青木 日本の医療制度の中で,専門医の数はどのくらい必要で,毎年,何人を養成する必要があるのか,というのは大きな社会的問題です。今後は,厚生労働省または学会が,この問題解決に向けた対策に着手しなければならないでしょう。
 一方で,開業医を主体とした日本医師会と,特化した専門医を必要とする病院との間で,「医療のあるべき姿」についての共通のイメージがなく,また将来,日本においてどう医療を提供するのか,あるいは患者さんはどういう医療を提供してほしいのかというコンセンサスが,まったく得られていないのは,大きな問題だと感じています。
 いまの日本で,高い技術を身につけて高度な医療を提供する医師になれと言っても,経済的なインセンティブはまったくありません。極論を言えば,「消化器外科専門医と言っても,自己満足にすぎないじゃないか。専門医が手術しても,1-2年の研修医の手術と,もらうお金も評価も一緒」と言われても仕方ないのも現状です。そういう中で,理想主義的な専門医教育制度を作ってもどうなるのか,という意見も実際にあります。
 しかし,レベルの高い医療が求められるのは間違いありませんし,医療を取り巻く環境の変化から,なんらかの方向性が形成されていくことになるでしょう。その時に,社会の要請に応え得る専門医を育成していくためのシステムが必要なのです。カリキュラム改正はそのための布石です。
 しかし,現状ではまだまだ不十分です。カリキュラムは各種到達目標をあげていますが,それを実際にどのように運用していくかは今後の課題ですが,今はその青写真はできたと自負しています。

専門医広告について

青木 日本外科学会の専門医広告については,厚生労働省が打ち出した規制緩和の基準では,専門医資格取得のための研修期間は5年で,一方,外科専門医の研修カリキュラムは4年をベースに検討されてきたことから,混乱を招きました。現在,その調整をしています。例えば,外科修練4年の時点で筆記試験をして,合格者には手術経験数数値目標を達成した研修修了後(5年次)に面接試験をして専門医認定する,などが考えられています。それがスムーズにいき,来年の学会総会で承認が得られれば,早ければ来年中には外科専門医の広告が可能になるでしょう。
 しかし大事なのは広告の有無ではなく,専門医という名に見合う実力を持った医師を輩出しているかどうかです。広告規制緩和と言っても,自分たちにどれだけの実力があるのかが迫られます。専門医をうたっているにもかかわらず,その名に見合う手術ができなかった場合のほうが問題です。
 昨年には,「手術数の施設基準」が設置され,その後に,基準に満たない施設でも専門医の執刀であれば報酬の減算にはならないとした,専門医と診療報酬との関連が明言されました。これには多少問題はあるにしても,「専門医」がはっきり診療報酬と結びついた事例です。今後ますます専門医のあり方が社会から問われることになると思います。
―――ありがとうございました。