第2514号 2002年12月9日


座談会 医療現場における環境問題


古川 俊治氏《司会》
慶應義塾大学医学部・外科
TMI総合法律事務所

中下 裕子氏
コスモス法律事務所・
ダイオキシン・
環境ホルモン対策国民会議

寺澤 政彦氏
てらさわ小児科院長

菅野 義彦氏
埼玉医科大学・腎臓内科


古川 昨今,世界的にも環境問題が重視されています。われわれ医師にとっては,人にどのような害が加わるのか,患者さんおよび疾患のあり方ににどういう影響が出るのかは重要な問題です。環境問題では自然保護,廃棄物処理,汚染防止などとともに化学物質の排出と管理が主要な課題あり,その中でも人間の身体にかかわる点で,化学物質は大きな問題になると思います。
 本日は,日本弁護士連合会公害対策・環境保全委員会でご活躍中の中下先生,腎臓内科医の菅野先生,そして小児科で開業している寺澤先生,中下先生と同じ委員会の一員である私の4名で座談会を進めたいと思います。
 中下先生,最初に近年の化学物質をめぐる問題点や規制の状況について,簡単にご説明ください。
中下 化学物質の規制で最初に有名になったのはカネミ油症事件です。この原因は当初はPCBと言われていましたが,今ではPCDFとされています。この事件を契機に,新規化学物質を市場に出す前に審査する制度が導入されました。これが「化学物質審査規制法」(1973年)です。それ以降あまり目立った動きはなかったのですが,最近になって新たな動きが出始めています。
 日本のダイオキシン対策は非常に遅れていたのですが,1999年に「ダイオキシン対策特別措置法」が制定されました。これは基本的には,排ガス,排水などの排出規制をして,違反したら罰則をつけるものです。一方,同年に成立したPRTR法(特定化学物質の排出量の把握や管理の改善の促進に関する法律)は新しいタイプで,有害性のおそれのある化学物質の排出を登録させてガラス張りにし,その中で自主的にリスクを削減しようというものです。
 化学物質は十万種と言われるほど数が多く,その1つひとつを点検して規制するには限界があります。危険な物質の排出を登録し,その中でリスクを削減するという,新しいタイプの化学物質管理の法律が制定されている状況です。

医師は環境問題について知らない

古川 われわれ世代の医師は,学生時代にはダイオキシン,環境ホルモン,内分泌撹乱物質などの概念にほとんどなじみがありませんでした。最近ではいかがですか。
寺澤 残念ながら,ほとんど関心がないと思います。あったとしても懐疑的です。私自身は,学生時代に公害実態調査会というサークルに所属していたので関心がありましたが,周囲の認識はなかったと思います。
菅野 医学部の授業にはほとんどありませんし,研修医や学生に話しても,自分の提供する医療が患者さんに悪影響を与えているかもしれないなど,想像したことがないという感想をよく聞きます。認識されていないのが現状と思います。
古川 この話が世界的に大きな問題になったのは,1990年代にアメリカのジャーナリストが著作を書いたことがきっかけで,日々臨床に追われている医師に認識がないのはやむを得ないことかもしれません。
 ダイオキシンはゴミ焼却炉から生じることは非常に有名ですが,医療には廃棄物処理の問題があり,この点でも医療機関の実態は非常に悪いですね。
中下 ダイオキシンは,ポリ塩化ビニル(以下,塩ビ,PVC)を焼却すると大量に発生します。医療の世界では,多数の塩ビ製のディスポーザブル器具が使われ,一般のゴミに比べてPVCの占める割合が高い。さらに,医療機関には小型の焼却炉が多く,ダイオキシンの排出が指摘されています。
古川 問題は,医療従事者の日常行動上に環境への配慮という意識がない点です
 少し話はそれますが,病院外に捨てられる書類も多量であり,中には問題のある種類の紙も含まれていると聞きます。医療従事者の廃棄物に対する考えを改める必要があると感じています。

シックハウス症候群

古川 建築物の問題について,寺澤先生からご紹介ください。
寺澤 最近,「シックハウス症候群」(本紙2510号坂部貢氏インタビュー参照)の患者さんが増えています。特に新築の診療所や病院などは,放出される化学物質のために,本症候群で苦しむ患者さんが医療機関にすら入れないということが実際に起きています。私も1990年に開業した時には,まったくそういう知識がなく,壁や床に塩ビのクロスやビニルタイルを張ってエアコンを回して,患者さんから,「ちょっと臭くないですか」と言われました。
菅野 普通の建物もそうですが,本来病気を治す病院で不快な思いをするのは,患者さんにとってはマイナスです。身体に本当に影響しているかどうかは別としても。
中下 建物に使われる建材には,さまざまな化学物質が使用されています。クロスそのものもですが,接着剤や塗料からもVOC(ホルムアルデヒド,キシレンなど)と呼ばれる揮発性の有機化学物質が出ています。これらの被曝が原因で,頭痛,吐き気,めまい,アレルギー症状の悪化など身体にさまざまな異常が起こることを「シックハウス症候群」と言います。
 最近ではVOCについて,厚生労働省で指針値が定められ,国土交通省でも建築基準法を改正して,ホルムアルデヒドの規制値を設け,またクロルピリフォス(シロアリ駆除剤)も使用禁止にしています。ただ,規制値を守っていても,患者さんには反応が出てしまうことがあり,まだまだ解決に至っていないのが実情です。
古川 さまざまな症状の患者さんを目の前にして,本症候群を考えずに,「脳神経系の問題ではないか」と疑ったり,不定愁訴ととられることが非常に多いと思います。
寺澤 多動,イライラ,集中力低下,喘息,アトピー性皮膚炎などがみられますね。
古川 家族の1人だけが発症したり,発症時期も人によって違うことなど,原因と結果が結びつきにくいという特徴があります。そこで省庁も,この疾患にどう対応したらよいかを問題にしています。この件で裁判上で問題になったことはありますか。
中下 シックハウス症候群の方がハウスメーカーを訴えているケースがいくつかありますが,まだ勝訴したものはありません。
古川 厚生労働省や国土交通省の対応も含めて,裁判所の考え方も変わってくるとは思います。しかし,これから医院を開業,あるいは病院の新築にあたっては,この点に配慮すべきでしょうね。
寺澤 私自身,1997年に土壁と木だけで,一切接着剤を使わない医院を建てました。普通の新築住宅で感じる独特の臭いはまったくなく,「待合室にいると咳が止まる,イライラしない」と言われます。
古川 一説によると,化学物質過敏症は現代人の20%近くに上るのではないかと言われています。われわれは,もはや化学物質に触れずに生活できませんし,現代の社会病理とも言えます。

化学物質過敏症

古川 シックハウスから進んで,現在問題になっている「化学物質過敏症」という概念があります。
中下 一般の人では反応が出ないようなごく微量の化学物質の存在で,目のチカチカ,涙,咳,寒気,手足のふるえ,倦怠感,下痢,嘔吐,筋肉痛,疲労感など多彩な症状を呈する疾患を言います。最初に比較的高濃度の曝露を受け,何らかの症状が出現した後,ごく微量の物質にも反応してしまうのが特徴です。シックハウスが引き金となって発症することが多いようです。
古川 北里研究所臨床環境医学センターの調べでは,全国で約400人の患者さんがいらっしゃるそうです。軽症で気づかない方もいて,潜在的にはもっとたくさんいると言われています。私自身,実際に患者さんとお会いした時に,日常生活に大きな支障を来たして,化学物質に触れないところで暮らすしか方法がないという話を聞き,非常に深刻な問題と受けとめました。

■医療の中のダイオキシン問題

チューブから化学物質

古川 医療現場において,塩ビは多用されていますが,最近では,そこに含まれるダイオキシンが問題になってきています。
中下 塩ビ自体もダイオキシンの発生源にもなりますが,さらに,塩ビ製品は柔らかさを出すために大量の添加剤を使用しています。これを可塑剤と言いますが,最も多く使われているのが,フタル酸ジー2-エチルヘキシル(DEHP)です。これが精巣毒性あるいは生殖毒性を持っていることが動物実験で確認されています。
 そのような物質が塩ビのチューブや血液のバッグから溶出し,直接体内や血管に入るのは大きな問題と指摘されています。
古川 例えば輸液ライン,輸液セット,あるいはフィーディングセットなどがそうですね。
菅野 私がアメリカ留学から帰国した当時,テレビやマスコミで環境ホルモン問題が先日のBSE(牛海綿状脳症)に近い形で毎日ニュースになっていました。その時に,普通のビニールやカップラーメンなどからも体内に入ると報道されていました。そういった曝露に比べれば,血液透析によるものはおそらく何十倍にもなると考えられ,もし人体に影響が出るとすればまず透析患者さんに出てくるに違いないと思い,研究を始めました。
 このことは血液透析療法が始まった1970年ぐらいから,すでに危惧されていました。論文がいくつか出ていますが,検討したのは薬物毒性だけで,結論としては発癌性や肝毒性,腎毒性はないということになり,下火になってしまったようです。内分泌攪乱物質という概念が出てきてからはあまり研究されていないようなので,そのあたりを次世代として明らかにしてみようと思っています。
寺澤 7-8年前,点滴の容器がガラス瓶からプラスチックバッグに変わった時,突然具合の悪くなった人がいました。バッグの素材は塩ビではなかったので安心したのですが,うかつにも点滴のチューブが塩ビだったのです。それが原因らしいとわかったのは3年前で,とても驚きました。
古川 医療の場では「ダイオキシンの患者さんへの害は報告されていない」と言われていますが,それは急性毒性だけを問題にしているからです。ダイオキシンが本来問題なのは長期の毒性です。「ダイオキシン特別措置法」も,人間に対する害ははっきりしないが,規制しなければいけないという認識です。これは,患者さんから害が報告されていたら大変な話ですよね。
 日本の腎臓関係の学会では,この問題についてどのくらいの認識されていますか。
菅野 私と藤田保健衛生大学の先生が研究しているくらいで,その方と学会で会うたびに,「内科ではあまり大きく扱ってくれないね」とぼやいているぐらいです(笑)。しかし昨年の夏,日本透析学会でランチョンセミナーとして取り上げて下さり,環境省の方とお話ししたところ,立ち見が出るほどの盛況でした。話題として取り上げたときの反応は大きいと思います。
古川 小児科の学会ではいかがですか。
寺澤 学会内では,ほとんど取り組ん上げられていないと思います。
菅野 本領域の研究は,産婦人科のほうが主流ではないですか。東大の堤治先生など,私が調べたところでは最も一生懸命研究している施設だと思います
古川 残念ながら外科学会,内科学会ではほとんど取り上げられていないですね。

臨床の現場では何を考えるべきか

古川 具体的な診療場面の話をしてみたいのですが,最も問題なのは子どもさんではないですか。
寺澤 データをみると,栄養剤の脂肪乳剤と抗癌剤が問題ですね。抗癌剤では,抗癌剤の濃度と液中に溶出するDEHPの濃度が同程度になる場合もあり得ます。脂肪乳剤でもかなりDEHP濃度が溶け出します。将来が非常に危惧されます。
古川 小児は体重あたりの曝露量が多くなるので,特に集中的に管理が必要な小児癌など負荷が大きいのではないでしょうか。
寺澤 中心静脈栄養のチューブが塩ビです。週1回以上脂肪乳剤と抗癌剤を投与した場合,山形大のデータからみるとDEHPがかなり多いことも考えられます。抗癌剤の投与後は輸血をすることも多いのですが,血液バッグも塩ビですから,DEHPの量はさらに増えます。
菅野 血中濃度が上昇する,などのデータはありますか。
寺澤 血中濃度は測定していません。溶出試験だけです。
古川 本来,省庁が乗り出して,実際の曝露量を調べるべきなのですが,最終的な影響が見られないことから,まだそこまでいっていません。
 ただ,厚生労働省が規制を出して,各製品の溶出度だけは調べることになりました。とりあえずはそれをメルクマールにする以外にはないですね。
寺澤 通院中のお母さんの出産時には,PVCフリーの点滴チューブを医療機関に持ち込んで,点滴に使ってもらうようお願いしています。施設で買うのは無理ですから。
古川 小児の問題点として,刺しにくいなど点滴等が非常に難しいものですが,これが塩ビでなければ困ってしまう場面などありますか。
寺澤 私の診療所では塩ビ製の点滴チューブを使用していませんが,まったく問題はありません。少し気になるのは,PVCフリーの点滴チューブは輸液ポンプをつけた場合,磨耗による傷みがあるかなと思ったことだけですね。

血液透析とチューブ

古川 もう1つの大きな問題は,血液透析と言われています。先生が実際に血液透析をされる上で,問題と思われることも多いのではないですか。
菅野 そうですね。1970年代から,血液透析患者もしくは腹膜透析患者ではDEHPの血中濃度は高いという報告が出ています。それとビスフェノールAも出ています。私自身も測定したところ,通常の2倍ぐらい高かったですね。
 ただ内分泌学的には,内分泌物質の血中濃度の高い低いは,桁が変わらなければ話にならないという考え方もあります。例えば血中濃度が2倍になるのは,女性ホルモンなら月経周期による変動の範囲内です。ですから血中濃度が高いことが本当に身体に悪影響を与えているかどうかは,これから検討すべき点です。
 現在透析患者は25万人で,平均の導入年齢が63歳です。そうすると,DEHPやビスフェノールが性機能に影響を与えると言っても,すでに自然の性機能低下にマスクされる部分があり,難しいですね。実際に透析になると,女性でも男性でも,子どもを作ることが非常に難しくなります。慢性腎不全の人もそうです。ですから透析で,しかも内分泌撹乱物質により性機能に問題が起こったかどうかは,私には判断できません。おそらく違うというのが,僕の個人的な考えです。
古川 急性腎不全に対する透析の場合はいかがですか。また子どもの腎不全では。
菅野 この場合では,治っている場合は離脱してしまいますので,1-2週間,長くても何か月という単位で,他の慢性疾患の一生という長さに比べれば,無視できる時間ではないかと思います。
 子どもでも血液透析はやります。同じ装置を使いますし,他の透析もやります。しかし,それこそ成長期の方や,20-30代のいわゆる妊娠可能な方は透析人口としては非常に少ないです。
古川 内科においては,可塑剤の必要性についてはいかがでしょう。
菅野 私は透析の話しかできませんが,血液を外に出す時にはポンプをつけます。その部分だけは,血液回路の中でも特殊な強度が必要になります。そうでないと,3-4時間の透析にチューブが耐えられません。その点をチューブ製造業者に聞くと,可塑剤の量と硬さの関係が明らかなので,これから他に新しいものをとなると,また一から研究をやり直さなければならないために,現在のような安定した製品を供給できないのではないかと言います。透析人口は25万人ですが,この方たちは透析をストップすることはできません。ただ業者の方でも,新しい材質を考えようと一生懸命動いているようです。
古川 これは心臓手術に使う人工心肺でも同じで,可塑性が必要なためルートには塩ビ製品が多く,不可欠なものであるという認識です。
 そこで,このような最低限必要なところはそのままでも,他の部分は代替も可能と考えてもよいのではないでしょうか。
菅野 そうですね。代替可能と言われていますが,まだその動きはほとんどありません。今の製品ほど,安定した材質を保証できないということだと思います。
 加えて,コストの問題ですが,チューブの製造は中小企業が多く,ラインを変えるには社運をかけなければならないため,なかなか踏み出せないのが現状でしょう。踏み出す必要があるのかどうかも,まだちょっとわからないと思うところがあります。
 まだ本当に身体に影響しているかどうかはわからないし,その研究もあまり進んでいません。血中濃度を測るにはつい最近まで1検体に30万円ぐらいと,費用がとてもかかるため,どうしても研究が前に進んでいきません。ですから,私たちはまずそれをやっていこうと思っているのです。

環境によいものは安く
悪いものは高く

古川 代替品の値段が高いということで,現在,医療界全体にお金がないですし,高齢社会に向かう中で厚生労働省もそれほど資金を投じられない状況にあります。
 こういった環境問題に対して,拡大生産者責任,あるいは環境税という考え方があります。これについて,中下先生からご説明いただけますか。
中下 今までの生産者の責任は,生産時に有害物質を排出しないようにすること(大気汚染防止法など),販売後,消費者が利用した時に危険がないようにすることで,これがPL法の規制です。しかしそこで止まっていて,使用後の段階では生産者は関係ないことになっていました。廃棄段階の責任は,購入した製品を使って捨てる排出者にあったわけです。しかし,それでは使い捨てが進み,ゴミが減りません。また,廃棄段階の処理が困難な素材でも安ければどんどん生産・消費されることになります。
 そこで,OECD(経済協力開発機構)を中心に,製品が使用された後,廃棄物となった段階まで一定の責任を負うという「拡大生産者責任(EPR)」の考え方が提唱されています。つまり,生産者は製品が廃棄物となった後のことを考えて,適正処理やリサイクルが容易な設計を行なうようにインセンティブを与えようという考え方です。
古川 当然,開発コストがかかりますが,それは,どうやって還元されますか。
中下 結局,開発コストは価格に乗るので高くはなります。現在,廃棄にかかる費用は税金でまかなわれています。それでは技術革新が進まず,ゴミも減りません。それを生産者の責任とすると,廃棄に費用のかかるものは最初から作らないとか,最初からリサイクルが容易な設計をするようになるのではないかという考えです。塩ビ製品はいま価格は安いですが,これを適正に処理するためにはコストが相当かかるそうです。EPRにより塩ビ製品の値段が高くなれば,他の物質でも十分に競争力を持つことになるのではないかと思います。
 環境税(価格に環境への負担に応じた税金を上乗せし,環境破壊を抑えることを狙った政策)についても,市場原理自体をうまく利用して,環境負荷を少なくしようという手法です。環境負荷の大きいものに税金を上乗せすると当然価格は高くなります。環境によいものが相対的に安くなれば,そちらのほうにシフトしていくだろうという考え方です。
古川 塩ビ製品の代替品は高額なのですか。
寺澤 通常の3-4倍ですね。「点滴すると赤字なんだよね」とこぼしながら点滴しています。
古川 それではとても医療機関が選べないですし,これはどこかで対策を立てないと,ただ並べておいても無意味です。寺澤先生は,実際にどういう方法を考えられますか。
 私としては,患者さん,特に小児や妊婦については,「こちらのほうがよい」と選択ができる体制があるとよいと思いますが。
寺澤 環境によいものを利用すると保険点数が高くなるなどの配慮がほしいですね。
古川 そのとおりですね。保険点数をあげるべく,業者のほうも運動しなければいけませんね。
菅野 それができれば素晴らしいことだと思います。ただ血液透析に関しては,それでなくとも国の医療費を相当圧迫しているので,これ以上コストアップするのは難しい気がします。
古川 そうですね。先生も私も勤務医ですが,必然的に病院が導入する資材は決まっていて,その範囲でしか使用できません。管理者がそういった視点を持たない限り無理ということになります。患者さんにやさしく,被害を加えないことを前提として,臨床現場の医師が認識を持つことで環境に対処していくことを,全体的に考えて進めなければいけませんね。

厚生労働省の通知から

古川 厚生労働省から「ポリ塩化ビニル製の医療用具から溶出する可塑剤(DEHP)について(別表)」との通知がでました。これは医療器具に対して添付文書に「可塑剤が流れ出る可能性があることを明記しなければならない」と,「可塑剤が溶出した場合,患者が可塑剤に曝露される可能性があるものについて,使用上の注意に可塑剤の溶出があり得ることを明記する」としています。これはかなり踏み込んだ規制です。
 1996年に最高裁判所が「使用上の注意に書かれた項目は,医師の注意義務の基準になる」と判決を出しています。つまり,これを守らなかった医師は,裁判で過失が推定されることになります。
 厚生労働省からこの通知が出たことは,医療業界で溶出する可塑剤について記載されることを意味しますので,この通知をもって可塑剤への認識と配慮は医師の注意義務になったという認識でよいと思います。
 今後われわれが,類型的に危険のある患者さん,特に小児科医療やICUでチューブを使ったり,溶出性の高いニトログリセリンや抗生物質を使う時に,影響がある旨をお話しすべきではないでしょうか。
 この点に認識がなければ,裁判によっては医師が敗訴してしまう危険性があります。患者さんには実質的な損害がなくても,「期待権」といって,「適切な水準に達した医療を受ける権利」がありますから,不必要に化学物質を体内に入れられたことについて慰謝料が認められるといった判決が出ることは,容易に想定されます。

■医療者は化学物質とどう向き合うべきか

中下 医師は多量の化学物質を医療現場で扱っておられます。おそらく,病院の室内大気汚染は大変なものでしょう。それから麻酔薬も,患者さんの体内からも気化することから,手術中だけでも大量に曝露しているという話も聞きます。アメリカでは,看護婦さんに化学物質過敏症の方が多いという話もあるのです。さらに廃棄物処理の過程で,大量のダイオキシン等の有害物質を環境中に放出しています。
 医療とは人の命を救う仕事でありながら,病気を生み出す原因になってしまいます。化学物質を使わないわけにはいかないでしょうが,どうしても必要なのか,使う場合にはより環境負荷の少ない代替品はないのかなど,もっと吟味する必要があるのではないでしょうか。米国では,「害のない医療(Healthcare without Harm)」といった運動が,医療機関を中心になされています。日本でもぜひこのような取り組みをしていただきたいと思います。
寺澤 環境省は「環境リスクの初期評価ガイドライン」で,人体に及ぼす危険な物質を4つあげています。DEHPはその中の1つです。さらにこの物質が環境に対しても危険であることを再認識が必要です。
 最近,身近な例で気づいたのですが,小児科ではよく吸入をします。その吸入液にはボトルだと塩化ベンザルコニウムが入っています。最近,1回使いきりの剤型のものが市販され無添加になりました。それまでは,吸入をするたびに部屋の空気が塩化ベンザルコニウムで汚染されていました。もしかすると患者さんに耐性菌を作ってしまったのではないかと,ヒヤッとしました。
 何をするにしても,患者さんにいちいち説明することが必要です。「点滴セットの塩化ビニルは危険があるので当院では使っていません」と,説明してから点滴を行なっています。すると患者さんも理解されますし,もし多少保険点数があがって高くなっても,納得してもらえるのです。

医師はまずデータ作りを

古川 患者さんの安全を守る,そして患者さんにしっかり説明することですね。
 その他にも医療機関には,環境に対する責任と,われわれが知るべき義務があります。医師として新たな知見について研究を進めて,さらに一般に広めていく必要があります。医師がこのような問題に目を向けるために,何が必要でしょうか。
菅野 認識を広めるためには,もう少しアナウンスすることであり,その内容は正確でなければいけません。ただ「怪しい」というだけでは駄目です。透析患者の話ばかりで恐縮ですが,彼らは「怪しい」というレベルで新聞に取り上げられても,その記事を見て非常に嫌な気持になりながら透析を続けなければ生きていけないのです。また施設によって代替品があるとわかっても,病院を替えるのは現実的には非常に困難です。医師も科学者の端くれですから,「こういうデータがあるから,こういう人にはこのくらい危ない」と言うべきで,できれば「こういう対策があって現実的にここまで進んでいる」という段階でアナウンスしたほうが,不必要な不安感を与えないで済むと思います。全面的でなくても,例えば小児科・産婦人科は優先的にという段階を踏んでいくことも大事だと思います。
 そのためにはきちんと優先順位をつけて対応することと,基礎的な研究をしっかりしないといけません。消化・吸収・排泄のメカニズムがわかっている内分泌撹乱物質はほとんどありません。私にはその時点で騒ぐことにどれほどの意味があるかがよくわからないのですが,基礎データを積んでいくことが大切です。そのための情報を集めたり,作っていくのは医師でなければできないことです。
古川 科学的に,実際のリスクとベネフィットという観点から考えなければいけないということですね。
 本日は,化学物質と医療とのかかわりを話してきましたが,最終的には行政のほうがしっかり関心をもって,保険等で誘導していただきたい。この要望は開発業者にもあると思いますが,医師の側にももちろんあります。国民のための行政であれば,速やかに対処して,国民の健康のためにもっとお金を使っていただきたいと思います。
 本日はありがとうございました。

●「ポリ塩化ビニル製の医療用具から溶出する可塑剤(DEHP)について」
厚生労働省(平成14年10月17日発行)

1)新生児・乳児に使用されるフィーディングチューブについては,(1)使用対象患者群が感受性が高い集団と考えられること,(2)体重が少なくて,体重あたりの被曝量が大きくなると想定されること,(3)脂溶性のミルクなどを流すために大量のDEHPが溶出する可能性があること,(4)代替製品が存在することから,できるだけ早期に使用を中止し,代替品の使用に切り替える
2)ヘパリンコーティングチューブについては,まったくDEHPが溶出しないとする海外の報告もあるが,国内流通品についての検討結果では,完全にDEHPの溶出を防止することができないが,曝露量を低減することが確認されており,DEHP曝露の低減の手段の1つとして参考にされるべきものとして周知する。なお,ヘパリンコートについては,生物由来製品であるが,共有結合タイプとイオン結合タイプが知られており,共有結合タイプのほうがイオン結合タイプに比べて,よりDEHPの溶出を低減する傾向にあることも報告されている
3)人工腎臓用血液回路については,(1)長時間の体外循環により大量のDEHPに被爆する可能性があること,および(2)繰り返し使用されるものであることから,新生児・乳児等の感受性が高いと考えられる患者に使用される場合には,臨床上治療等に支障を生じない範囲(ヘパリンコーティングチューブの併用や回路の一部を代替品で置きかえる等)で代替品の使用に切り替える
4)人工心肺回路およびその他の血液回路については,一時的な大量のDEHPに被爆する可能性があるものの,生涯を通じて反復して被爆する可能性が低いことから,代替品の使用に切り替えることが可能な場合(ヘパリンコーティングチューブの併用や回路の一部を代替品に置き換える等)には,代替品への切り替えを検討する
5)輸液チューブおよび延長チューブについては,使用する薬剤に依存してDEHPが溶出することから,特に脂溶性の高い薬剤を使用する場合には,代替品の使用に切り替える。
6)さらに,感受性が高い集団とされている新生児・乳児およびこれらの集団に影響を与える可能性が高い妊婦,授乳婦への適用については,優先的に代替品に切り替える等配慮する
7)血液バックについては,DEHPによる赤血球保護作用があることが報告されており,現時点で,代替品に切り替えなくてはならないものとは考えられないが,低温で保存することにより,DEHPの溶出を抑えることができるとの報告もあることから,保管温度を下げできるだけ短期間の保存とするように配慮する





お詫びと訂正

 本紙第2511(11月18日)号に掲載しました「座談会:日本の学術成果の世界への発信のあり方をめぐって」の中の杉村隆先生の発言中,「『Tohoku Journal of Experimental Medicine』の発行は中止になった」という趣旨の発言がありましが,同誌は現在も毎月刊行中です。編集室の不手際により,同刊行会ならびに購読会員をはじめとする関係各方面にご迷惑をおかけいたしましたことをお詫び申し上げます。なお,同誌の連絡先は下記の通り。
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[週刊医学界新聞編集室]