医学界新聞

 

連載
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感染症新時代を追う

砂川富正(国立感染症研究所感染症情報センター)
◆02 転換点にあるわが国の麻疹対策

2505号よりつづく

沖縄における麻疹の流行

 1999年4月頃,沖縄で小児科医をしている友人より「当地では麻疹が流行し,子どもが何人も亡くなっています」とのメールをもらった。麻疹? 子どもが死亡?……向かった沖縄で,私は「数年ごとの麻疹流行を何とかしたいが打つ手はない」と言う臨床医・関係者の悲痛な声を聞くことになった。一連の麻疹の流行,すなわち1998-2001年の約4年間で発生した2度の流行において,沖縄県内34定点から寄せられた麻疹患者報告数は約3600人,医療機関からの情報として麻疹による死亡者数は9人に達した。1999年度の沖縄県における麻疹ワクチン接種率は69.1%と報告されていた。この出来事は後に,関係者の大きなエネルギーを結集するきっかけとなったのである。

驚くべき麻疹の現状

 麻疹は,全世界で毎年3000万人以上の罹患と87万5000人の死亡を起こしていると推定されている(WHO)。しかし「人のみに感染する」「有効性が非常に高いワクチンがある」などの条件から,世界的に,天然痘・ポリオに続きelimination(排除)の動きが進んでいる感染症でもある。WHOは麻疹排除に向かう段階を以下の3つに区分した。すなわち,麻疹患者の発生・死亡の減少をめざすcontrol(制圧)期,全体の発生を低く抑えつつ集団発生を防ぐoutbreak prevention(集団発生予防)期,そして最終段階としてのelimination期である。現在日本は,中国,インド,多くのアフリカ諸国などの国々とともに,麻疹対策が最も進んでいないcontrol期に含まれている()。
 elimination期にある米国では,2001年の麻疹患者数全体(死亡者数ではない!)が100人であった。このことを知ると驚く日本人医療関係者が少なくないが,近年米国における麻疹症例のすべては外国からの輸入であり,うち何割かは日本からとする不名誉な指摘は有名である。欧米を始めとするこれらの多くの国々ではいずれもMMR(麻疹・風疹・流行性耳下腺炎)ワクチンの2回接種を基本としていること,ワクチン接種率がほぼ95%を越えていることなどの特徴が認められる。
 わが国の状況を見てみよう。大分医大の中島一敏医師や筆者らは,全国の定点サーベイランスからの報告が2万2497例であった2000年の麻疹報告症例数を1998-1999年の沖縄県における麻疹流行時に採られたデータをベースに換算し,同年の全国麻疹全患者数を約16万(11-22万)人,重症例数を肺炎4855例,脳炎55例,死亡88例と推定した1)。また筆者らは,大阪府下の麻疹についての調査を行なっているが,1999-2001年にかけて麻疹に関連した死亡が大阪府下で少なくとも10例はあったことを知り,大きな衝撃を受けた。全国的に,死亡を含む麻疹重症例に加えて,研修医・新任看護師の麻疹重症例,妊婦の麻疹罹患による流産などが発生しているとの情報が散見される。すなわち沖縄だけに限らず,全国的に重症事例,死亡事例が発生していることと,麻疹患者はワクチン未接種者が多いこと(大阪の調査では麻疹患者の94.1%が未接種と推定される),そして日本の麻疹が国際的問題となっている可能性があることを関係者は認識する必要がある。

麻疹対策のターゲット

 それでは,麻疹対策のターゲットは誰であろうか。堺市の安井良則医師らは保護者を対象とした大規模な調査を行ない,97%の麻疹を含むワクチン接種を母親が決定していること,また,児が保育園に通園している場合や母親が若年である場合,乳幼児の麻疹ワクチン接種率が低く,麻疹に罹っている率が高いことを明らかにした。麻疹ワクチンに対する否定的な意見は0.2%とわずかであり,確実かつ容易にワクチン接種を受けることのできる体制作りを推進することが急務であることがわかった2)
 筆者らのグループは,ある自治体における予防接種委託医および行政の予防接種担当者に対する調査も行なった。その結果,小児科専門医以外のいわゆる一般医の群では,卵アレルギー児に対する麻疹ワクチンを不可とする傾向が相対的に高いなど(接種はほとんど可能),予防接種委託医の間でも,正確な情報を徹底すべき現状が見られた。一方で,麻疹ワクチン接種に対する指針や方向性を厚生労働省などの国の機関が明確に示すべきだという意見が多く見られた(2002年11月,「日本小児感染症学会」において発表予定)。

各地で広がる「はしか“0”」運動

 沖縄では,「麻疹ワクチン接種率を95%以上にする」ことを具体的な目標として,沖縄県の医療,小児保健,行政,保育,さらにはメディアに至るまでが参加する「沖縄はしか“0"プロジェクト委員会」が2001年4月に発足した。そして現在沖縄を皮切りに,全国各地で「麻疹“0"」をめざす動きが起こってきている。また,日本外来小児科学会の有志は「かかりつけ医が接種する」という予防接種法の精神を実現すべく,麻疹ワクチンの広域化促進の運動を各地で展開している。これらの運動自体は,各地域・各機関において麻疹を主体的にコントロールしようとする強い意識の現れとして誇るべきものである。一方で,今後われわれは,わが国の麻疹政策,ワクチン行政一般において何が本質的な問題となっているか,という点についても明確にする研究を行なう必要があるのではないか。わが国における麻疹対策は,現在大きな転換点に来ていると言っても過言ではない。コメントなどはsunatomi@nih.go.jpまで。

〔参考文献〕
1)中島一敏,他:日本の麻疹患者数,重症者数,感受性人口の推定.第5回日本ワクチン学会学術集会(熊本市),2001年10月
2)大阪感染症流行予測調査会.平成12年度 感染症流行予測調査結果報告書(第36報):2001