医学界新聞

 

新連載
ID Update

感染症新時代を追う

砂川富正(横浜検疫所,国立感染症研究所感染症情報センター)
◆01 多様化するアウトブレイクの状況

 古くて新しい感染症の問題は,多剤耐性菌による院内感染の顕在化,感染症集団発生(アウトブレイク)パターンの変化や,輸入もしくは輸出される感染症への懸念など,病原体,感染源,感染経路のそれぞれについて,複雑で広範な様相を呈してきている。加えて,インターネットによる情報伝達の迅速化や相互化は,感染症に対応する方法として情報の共有が重要なキーワードとなったことを示している。筆者は,実地疫学の立場を中心に,日々さまざまな感染症の発生やそれによって引き起こされる問題に対峙することが少なくない。
 この連載では,問題となっている最新の感染症の話題や背景を,臨床医や公衆衛生担当者にわかりやすく解説する。


EHECの季節

 今年の夏は,北日本を除いては暑かった。筆者は沖縄県出身なので暑さには馴れていると言いたいところだが,東京,大阪などの大都市の暑さは沖縄の比ではない。ヒートアイランド現象とでも言うのだろうか。8月初旬のある日,夕方の18時を回っている新宿の壁温度計が36℃を表示していたのにはさすがに参った。
 このような暑さの中で感染症に関して気になることと言えば,やはり腸管出血性大腸菌(Enterohemorrhagic E. coli:EHEC)感染症などの,いわゆる食中毒を起こす感染症の動向である。今年もたくさんのEHEC事例が発生している。その主たるものはO157であり,またO26やO111なども散見され,他にも多くの血清型が検出されている。は感染症サーベイランス第3類にあげられるEHEC感染症全体について,1999年4月以降(感染症法施行後)の推移を週ごとに示したグラフを感染症情報センターのホームページ
http://idsc.nih.go.jp/index-j.html)より示したものである1)。やはりEHECは夏に向かってピークを形成している。
 これらのEHEC集団発生の原因は何であろうか。近年,国内では新たな状況が生じていることが指摘されている。

「原因の多様化」と「発生の広域化」

 EHEC感染症の週別発生状況のグラフから,昨2001年の発生の推移は,週によってはそれ以外の年に比べて突出していることが分かる。特に目立つ部分をA,Bとして示したが,Aは,いわゆる「千葉県,埼玉県,神奈川県等地方を中心とした1都6県,原因食品:栃木県内A社製牛タタキ・ローストビーフ」による集団感染の事例2)である。Bは「埼玉県,東京都等の家庭でも同食品を喫食し,患者が発生,原因食品:埼玉県内B社製和風キムチ」の事例1)において分離された菌株のパルスフィールド・ゲル電気泳動法(PFGE)による遺伝子型別パターンと同一,もしくはきわめて類似のPFGEパターンの菌株が分離されたO157感染者1)の全国的な集積によって形成されている。
 これまでEHECと言えば,汚染された牛肉を感染源とする場合が少なくなかったが,「和風キムチ」のような生鮮野菜を原因とする事例の発生には注目を要する。同様に野菜よりEHECが検出された最近の事例では,2000年6月に埼玉県内の老人保健施設において発生した「かぶの浅漬け」を原因とするO157の集団感染3)や,この夏,福岡市内の保育園における「キュウリの浅漬け」より分離されたO157集団感染,宇都宮市内の医療機関と老人保健施設における「ゆでたホウレンソウに刻みネギ,ショウガ汁などと和えた香味あえ」からO157が分離された集団感染などが相次いでいる。野菜を調理する際の洗浄,加熱の重要性が示唆される。
 その他の年の発生状況が比較的同様である場合,その線を基礎値(baseline)と捉えることができる。そしてbaselineを上回る患者発生をアウトブレイクと呼び,限定された1つの集団もしくは地域ではなく,広がりを持って発生したアウトブレイクをdiffuse outbreakと呼ぶのである。
 近年,EHECに限らず食品を媒介する感染症がdiffuse outbreakのパターンによって出現する事例が増加している(例:サルモネラ・オラニエンブルグによるバリバリイカ広域食中毒事例4)など)。これらは流通の広域化に伴い,全国的に一見関係のないところで同時に感染症アウトブレイク(食品によるのであれば食中毒)が発生し得る状況にあることを物語っている。

広域事例に対して必要な今後の対応

 分離菌の識別を迅速に行なうための,全国の地方衛生研究所を結ぶPFGEネットワーク(パルスネット)の構築が国立感染症研究所細菌部を中心として昨年度から試みられ,成果をあげている5)。しかし疫学調査の分野では,広域事例を前提とする連携関係の構築は端緒についたばかりであろう。この点についてのいくつかのポイントを,米国疾病管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)では,以下のようにあげている6)
<広域事例に対応するポイント(米国)>
(1)早期,頻繁,正確な情報の交換
(2)定期的な地方,州,連邦の縦-横の連絡
(3)各機関の役割と責任の理解
(4)組織間で情報の信頼性を高めるための標準手法の開発と利用(データベースなど)
(5)アウトブレイク初期における各組織の連絡相手の確認
(6)連絡先リストの更新
 上記の内容は,特に行政の公衆衛生担当のみに対して強調されるものではないと筆者は考える。臨床現場において交わされる情報で,特に感染症に関する内容については公衆衛生上も重要な情報が少なくない。患者のプライバシー保護に十分気をつけつつも,臨床サイド,ラボ研究者,公衆衛生担当者が必要な情報について正確,迅速に情報の交換を行ない,感染症の拡大防止に努めていくことが重要である。
 夏はEHECの季節,アウトブレイクのニュースがとぎれる日はない。そのうちのいくつかは広域事例かもしれない。どうも落ち着かない。
〔参考文献〕
1)IASR 2002, Vol.23 No.6. 137-141
2)IASR 2001, Vol.22 No.6. 137-138
3)IASR 2000, Vol.21 No.12. 272-273
4)厚生省通知別添,サルモネラ・オラニエンブルグ食中毒事件原因究明検討委員会報告書(概要).平成11年11月
(http://www.jfha.or.jp/tsuchi/990708-141-1.html)
5)IASR 2001, Vol.22 No.6. 142-143
6)National Food Safety System Project: Multistate Foodborne Outbreak Investigations 2001(draft)
(※ID:Infectious Diseases)


砂川富正氏
 1991年,琉球大学医学部医学科を卒業。在沖縄米国海軍病院インターンを経て,1993年より大阪大学医学部小児科入局。同大付属病院にて臨床研修後,大学院にてウイルス学を学ぶ(1998年修了)。箕面市立病院勤務を経て,1999年,国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP)に参加,現在も協力研究員としてアウトブレイク等,感染症の調査・対策に当たる。2001年より現職。