第2505号 2002年10月7日


連載
第13回

再生医学・医療のフロントライン

  

消化器・呼吸器の再生

中村達雄  京都大学再生医科学研究所助教授・臓器再建応用分野


in situ Tissue Engineeringと「場の理論」

 組織や臓器を培養室で創り出す組織工学Tissue Engineeringは,すでに培養皮膚や培養軟骨に応用され臨床で患者に使われ始めている。しかしながら,多くの器官や臓器は複雑な構造を持っているため,現在のTissue Engineeringの手法を用いてシャーレの中で作ることはできていない。そこでわれわれの研究グループは以前より,組織や臓器を体内で再生させるin situ Tissue Engineeringの研究を行なっている。従来の組織工学が培養室のビーカーの中で組織を作成したのに対して,失った組織を,本来それがあった「その場所で」(in situ)新たに再生させる方法である。
 生体の複雑な構造がどうやって形成され維持されているのかは,分子生物学的なメカニズムの解明が行なわれているにも関わらず,依然よくわからないのが現状である。それどころか,遺伝子レベルでの解明が進めば進むほど,わからないことが逆に増えてきて,従来の分析的手法では,とうてい解明できないのではないかという危惧を抱く研究者も少なくない。それに対して,生体が持っている再生と維持のメカニズムを全体として利用して組織を再生させることをめざしているのがin situ Tissue Engineeringである。
 生体は,増殖因子や抑制因子などが複雑なフィードバック回路を形成して機能している組織再生と維持のメカニズムを持っている。そういった組織を再生させたり維持したりする力が各部位に存在しているため,ある臓器は本来それがあった場所でしか上手く再生したり維持されない(「場の理論」)。この生体が本来持っている場の力を上手に引き出して再生医療に応用しようというのがわれわれの考えである。

in situ Tissue Engineeringの手法

 in situ Tissue Engineeringにおいても,従来の組織工学とほぼ同様に,(1)足場と(2)細胞と(3)増殖因子という要素を組み合わせて組織を再生させることに変わりはない。違うのは内因性の増殖因子や周囲の細胞を十分に働かせるために,体の中で再生させるという点だけである。簡単な組織では生体内に再生の足場を埋入するだけで再生が起こる。われわれが組織再生の足場として使っているのはコラーゲンである。コラーゲンは生体内に大量に含まれるタンパクで,コラーゲン培地上で細胞を培養すると,プラスチックシャーレ上では生えないような細胞が増殖することでもわかるように,細胞親和性がきわめて高い物質である。傷の自然治癒では細胞は周囲の組織から動員されたり末梢血管から遊走してくる。再生組織においても予め足場に細胞を組み込んでおかなくても,多くの場合十分な再生が得られる。特に再生を促進させる必要がある場合には,骨髄や間葉系の幹細胞を用いる手法も併用する。
 現在,当研究室で再生を目指している臓器は,消化器系では(1)食道,(2)胃,(3)小腸,(4)大腸,(5)胆管,(6)肝臓
 呼吸器系では(1)気管,気管支,(2)喉頭,(3)肺実質,(4)胸膜,(5)横隔神経,である。
 組織再生型人工食道を例にとってわれわれの手法を紹介すると,まず食道の欠損部に組織再生の足場になる形成コラーゲンを埋入する。埋入の際は,自己の血液を十分にコラーゲンに含ませる。これによりPDGFなどの増殖因子も再生の場に働く。組織再生が完成するまで,この場が保たれるようにシリコンチューブのステントを食道内腔に留置する。すると埋入されたコラーゲンは宿主自身のコラーゲンと次第に置き換わり,そこに新しい組織が再生するのである(図1)。1か月で粘膜上皮が再生して,食道腺構造も見られるようになる。頚部食道では,1年後には筋組織も再生して通過障害も見られない。また,気管の再建においても同様の手法でイヌの分岐部再建に成功している。気管の系でもコラーゲンスポンジを足場に,気管組織を再生させるが,気管の内腔を保持するためにポリプロピレンメッシュステントがコラーゲンスポンジの中に仕込んである。この周囲に結合織が侵入して,自己組織で置き換わり,1か月で上皮も再生する。最長5年の長期観察でも,吻合部の離解はなく,十分臨床使用に耐えるものであると考えている(図2)。


図1(左) in situ Tissue Engineeringによる食道再生。埋入したコラーゲンを足場に自己組織が再生していく
 

図2(下) 組織再生型人工気管による気管分岐部の再建。ビーグル犬の気管分岐部を組織再生型人工気管で再建したもの。手術後1年後の所見。再生した組織は,宿主気管と一体化している。断面に気管軟骨に相当するステントが見えている。内面は光沢のある粘膜上皮で覆われている

今後の課題と方向性

 短腸症,肺気腫,肺線維症,原発性肺高血圧症,気道狭窄など呼吸器消化器関連の難治疾患患者は多く,これまでは移植以外に治療法がないと信じられてきた。in situ Tissue Engineeringは,患者が本来持っている自然治癒力を利用して病気を治す方法で,こういった難治疾患に対する応用研究が進んでいる。使われる細胞も自己の体細胞を使っており免疫系や生命倫理の大きな障壁はない。このような意味で,臨床に近い研究であり,臨床応用への期待が高まっている。
 現在,犬などの大型動物を用いた動物実験で,安全性と再現性の確認を行なっており,病院の倫理委員会の許可が出たものから臨床応用を進める段階に至っている。当研究室では本稿で紹介した以外にも,体のあらゆる部位の組織の再生の研究を進めている。若い医師,研究者でこういった研究に興味のある方がいれば,ぜひ私たちと一緒に研究してほしいと思っている。
 URL=http://www.frontier.kyoto-u.ac.jp/ca04/
 E-mail:nakamura@frontier.kyoto-u.ac.jp

《第1回 心臓細胞再生の現状と展望(福田恵一)》
《第2回 皮膚の再生(朝比奈泉)》
《第3回 角膜の再生(中村隆宏,木下茂)》
《第4回 血管の再生(日比野成俊,新岡俊治)》
《第5回 末梢血管の再生(森下竜一)》
《第6回 骨の再生(大串 始)》
《第7回 軟骨の再生(開 祐司)》
《第8回 中枢神経系再生の研究戦略(岡野栄之)》
《第9回 脳内成体神経幹細胞を標的とした再生医療
(桜田一洋)》
《第10回 肝臓の再生(杉本真一,三高俊広)》
《第11回 膵臓の再生(小島 至)》
《第12回 血液の再生-造血幹細胞の体外増幅(堀田知光)》