医学界新聞

 

〔連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


2498号よりつづく

〔第33回〕エイズ・エピデミック(3)

CDCによるサーベイ(1982年)

 CDC(米国疾病管理センター)は関係者とコンタクトをとり,一連の患者発生の真相究明に乗り出しました。そして1979年以前,1例を除いて基礎疾患のない人にカリニ肺炎あるいはカポジ肉腫の発生を認めていないことを確認し,1980年より増加しはじめた免疫不全症は明らかに異常事態であると判断したのです。
 さらに,CDCは159人の解析結果より以下のようなコメントを発表しています。
(1)カリニ肺炎とカポジ肉芽腫は同じ地域の若いホモセクシュアル男性間に流行したことにより,同一原因による免疫不全によって引き起こされたと考えられること。
(2)われわれは氷山の一角しか見ていないであろうこと。
(3)免疫不全患者でサイトメガロウイルスが再活性化することはしばしばあり,サイトメガロウイルスがこの免疫不全の病因であるとは考えにくいこと。
(4)吸入亜硝酸塩がホモセクシャルの間で流行しており,これが病因に関係するかもしれないこと。あるいはこれはセックス・パートナーの数と比例するので,コンファウンダーである可能性も高いこと。
 以上のことを指摘しています。
 結局サーベイにしても,症例報告にしても時間的前後関係が不明ですから,どちらが先でどちらが後かわかりません。サイトメガロウイルスはよい例で,免疫不全になったからサイトメガロウイルスが活性化されたのか,それとも逆なのかです。また,吸入亜硝酸塩のようなファクターも影を見ているのか,実態を見ているのか,判別がつきません。
 ましてや,性にかかわる部分であり,研究者はデータを正確につかみにくいところでしょう。疫学調査からは,ハイチ人,血友病を含む輸血レシピエント,乳児,エイズ感染者と関係を持った女性,囚人,アフリカ人など諸々のリスク・ファクターが浮かび上がり,より一層真実を見えにくくしていったのです。

疾患A急増の事実関係を判定する

 例えば,ある地区で毎年決まって3人程度の発生をみる疾患Aがあるとします。非常に致死率の高い原因不明の風土病で,今年は7人の患者が発生しました。警鐘をならすべきでしょうか?
 稀な疾患の場合,poisson分布を用います。その利点はいちいち何人中何人の発生頻度といったことを考えなくてすむ点です。

という計算式が成立します。つまり6人を超えたら警鐘をならすべきです。しかし,このpoisson分布には2つの条件設定が必要となります。すなわち,独立仮説と静止仮説です。例えば伝染病流行のような場合には,Aさんの感染症になる確率は一緒に働いているBさんが感染症になると変わってしまうため,独立仮説に抵触しますし,時間の経過とともに疾患発生頻度が上がるような場合も用いることはできません。よってエイズでpoisson分布を用いることは不適切であり,小児白血病が感染症の要素に影響されるとしたら,やはりこれに対しても不適切となります。

ケース・コントロール・スタディ

 CDCはエイズに進展するリスク・ファクターを同定するため,ケース・コントロール・スタディを考えました。50人のホモセクシュアルのエイズ男性1人ひとりに対して4人のホモセクシュアル男性で年齢,人種,住居でマッチさせ,コントロールとしました。稀な疾患の臨床研究のためにはケース・コントロール・スタディが好んで用いられます。また,マッチングすることにより交絡因子の影響を排除することができます。3人のうち2人は性感染症クリニックから,1人は開業医リストから選択しました。
 結局1年間のセックス・パートナーの数が61対26とエイズ患者で格段に多く,エイズ患者で梅毒やB型以外の肝炎罹患率,吸入亜硝酸が高くなっていました。これは性的刺激剤として用いられ,頻繁に用いると免疫抑制作用を発揮するために,エイズの病態を説明するには十分でした。しかし,これを使用していないエイズ患者も多く,やがて原因物質の候補の中から姿を消していきました。いくつかの因子の中で最も強い関連を示したのがセックス・パートナーの数でしたが,薬物乱用など他の因子との関連も否定できない,と結論しています。
 当たらずとも遠からず,です。私たちは正解を知ってこの論文を興味深く読むことができますが,当時の疫学者は,まだホモセクシャルにとらわれすぎていました。他人の精液に頻回に暴露されることがいけない,さらには「罰が当たったのだ」という人まで出る状況でした。もしも,コントロールがヘテロセクシャルの男女であったとしたら,男女間でも感染し得ることを早期に発見し,予防手段を講じられたかもしれません。マッチングは確かに強力な疫学手法ですが,あまり原因に近い因子でマッチングしてしまうと,大切な事実を見落としてしまいます(オーバーマッチング)。

プロスペクテフィブ・スタディ

 ケース・コントロール・スタディでは決定的な因子をつかめませんでした。前向きコホート研究のほうがバイアスを減らして真実をつかめるかもしれません。サンフランシスコの性感染症クリニックを訪れた男性ホモセクシュアル患者6875名を対象に経過観察し,1984年までに166名(2.4%)のエイズ患者発生をみています。しかしより詳細に検討してみると,21%は病因の不明であるリンパ節腫脹を認めました。結局,エイズは新しい疾患であり,ある地域での蔓延が著しいという結論しか得られませんでした。ここでもホモセクシュアル男性に的を絞ってしまっています。

エイズの伝播経路

 1983年秋までに2259例を超えるエイズ疑い患者が報告されました。その後1984年,輸血や血液製剤,あるいは母子垂直感染が伝播経路として判明しました。さらに,エイズ男性のセクシャル・パートナーであった7人の女性を調査し,6人がエイズに合致する症状,ないしは検査所見を呈していたのです。これらの女性は輸血も血液製剤も投与されておらず薬物乱用者でもないことを考えると,男性から女性への感染もあり得ることを示唆しています。
 また,ハイチで認められたエイズでは男女比がほぼ1対1だったのです。それまで,ホモセクシュアルの病気のように世間に認識されてきた疾患が,実は男女間でも十分感染し得ることがやっとわかったのです。しかし,多くの研究者はエビデンスから警告を発することをためらいました。ハイチの問題もブードゥー教が原因であろうと片づけてしまったのです。誰しも自分の想像するほうに結果解釈を近づける傾向にあります。あるいは,通説に反するには勇気がいるのかもしれません。