医学界新聞

 

〔連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


2495号よりつづく

〔第32回〕エイズ・エピデミック(2)

何かが起こりつつあるぞ――1981年

 アメリカCDC(Center for Disease Control and Prevention)は毎週発表する疾病罹患率と死亡率報告の中で,1980年の10月から翌年の5月にかけて,若いホモセクシャル男性5人にカリニ肺炎が発生し,うち2人が死亡したと報告しています。彼らはお互いを知らず,ホモセクシャルであること以外,全員に共通する点を見出すことはできませんでした。そして,CDCは通常抗がん剤投与中などの免疫抑制状態にない患者でカリニ肺炎が発生したこと自体異常な出来事であり,全員がホモセクシャル男性であったことから,そのライフスタイルに問題があるか,1人が感染源だったのだろうとコメントしています。そして,サイトメガロウイルスが全員から検出された事実と,サイトメガロウイルス感染が免疫低下をきたしうるという論文を引用して,サイトメガロウイルスがこの特殊な病態の病因に1枚絡んでいるのではないかと考察しています。実際にはサイトメガロウイルス感染は免疫抑制の原因ではなく結果だったわけですが……。「相関関係は因果関係を意味するものではない」の典型です。
 1981年7月,30か月の間にカポジ肉腫がやはり若いホモセクシャルの男性26人(20人はニューヨーク,6人はカリフォルニア)にみられ,うち8人が診断後8か月以内に死亡したという報告がありました。カポジ肉腫は通常高齢者にみられ,50歳以下に限るとニューヨークでさえ過去11年の間に3例の報告があった程度の稀な疾患です。しかも7人はカリニ肺炎を合併していたのです。ロサンゼルスでも先に述べた5人のカリニ肺炎の後,10人のカリニ肺炎がやはりホモセクシャル男性にみられ,うち2人はカポジ肉腫を合併していました。両疾患とも,健常人には発生し得ない病気であり,通常は癌,先天性免疫不全,移植後免疫抑制状態などのような特殊な病態下でのみ発生するものです。
 しかし,それ以外カポジ肉腫が流行したことが一度だけありました。それは1960年前後の中央アフリカのことです。この時は子どもや若い男性がカポジ肉腫に罹患し,その土地の癌の9%を占めるに至ったことがあります。今回も20代から30代前半の若い男性を中心としており,しかも進行が急です。しかし,性との関連は今まで論じられたことはありませんでした。この報告をCDC職員は「何か重大な異変が起こりつつある」と受け止めながらも,ホモセクシャル男性をキーワードに調査を開始してしまったのでした……。
 実際には,ホモセクシャルは原因ではなく,交絡因子であったわけです。CDCのような疫学プロ集団であっても,最初にインプットされた先入観がその研究デザインや場合によっては結果までにも影響することが理解できます。そして,このことが,結果的にはエイズ予防策の遅れを招き,現在の地球規模の問題を引き起こす一因となってしまったのです。
 CDCは直ちに関係医療機関に対して電話,手紙等で調査を行なっています。1981年に早速,特に発生の多かったカリフォルニアとニューヨークからの報告がニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスンに連続して掲載されています(NEJM 1981; 305:1425-44)。カリフォルニアからの報告では4例のホモセクシャル男性にカリニ肺炎が発生し,全例でヘルパーT細胞数の低下をはじめとする免疫異常,サイトメガロウイルス抗体価が非常に高値であったことを指摘しています。さらに,ホモセクシャル男性でサイトメガロウイルス抗体価陽性者が多いことから,ホモセクシャル男性の精液に分泌されたサイトメガロウイルスに暴露されることによって発生する免疫不全であると結論しています。サイトメガロウイルスがその病原性において変容をきたしたのかもしれないと憶測したからです。
 これに対してニューヨークからの報告では,11人のカリニ肺炎を報告し,ホモセクシャルは6人であり,検査した5人のホモセクシャルのうち僅か2人がサイトメガロウイルス抗体陽性であったことより,サイトメガロウイルス病因説には否定的意見を示しています。さらに彼らはホモセクシャルと薬物乱用者がハイ・リスクであることを指摘しつつも,これが原因であるとはしていません。なぜならすべてのケースにあてはまらないからです。私たちはクリニカル・エビデンスを読む際,それが虚であるのか,実であるのかを見極めることを要求されます。権威ある雑誌に掲載された論文が必ずしも正しいとは限らないのです。

必要な原因と十分な原因

 病気の原因を「必要な原因」と「十分な原因」に分けることができます。必要な原因は常に存在していなくてはなりません。エイズに罹患するにはエイズウイルスの感染が必要なのです。しかし,ホモセクシャルや薬剤乱用は必ずしも要るわけではなく,十分な原因であっても,必要な原因ではありません。例えば「Aさんがエイズになったのは,針を変えずに薬物を使用したことによりエイズウイルスが感染したのが原因である」と言及することができます。これをみても明らかなように,病気の発生にはいくつかの原因が同時に存在してもよいのです。むしろ,そのような場合のほうが多いかもしれません。また,感染症以外では,必要な原因がみつからないことのほうが多い点も覚えておいてください。例えば喫煙はあくまで肺がんの十分な原因であって,必要な原因ではありません。
 しかし,原因であるのか,結果であるのかを明確にすることは大切です。少なくとも原因が結果に先んずるはずです。よって,ケース・シリーズ・スタディで,ある2つの因子が存在する場合の推論には注意が必要です。例えば,免疫不全とサイトメガロウイルス感染が同時に認められたことに対してどちらが原因だったかは時間経過を追った研究に委ねることになります。アンケート調査でも,原因と結果の区別ができない点が弱点で,推論し過ぎないようにしなくてはなりません。