医学界新聞

 

イリノイ大学CPC見学ツアー参加体験記

医学生自らが学習内容を企画し,学び合う


 NPO法人医療コミュニケーション薫陶塾(代表=黒岩かをる氏)の支援する「共に学び合う学生自主講座企画」(http://plaza4.mbn.or.jp/~kuntohj)第1弾「イリノイ大学Clinical Performance Center(CPC)見学ツアー」がさる5月21-27日に実施され,全国公募による学生13名,研修医1名,模擬患者(SP)2名が参加した。参加者および,現地で迎えたイリノイ大学医学教育部の大西弘高氏,南イリノイ大学の伊藤彰洋氏より,同ツアーのレポートをご投稿いただいた。

(「週刊医学界新聞」編集室)


はじめに
――――黒岩かをる
(薫陶塾代表,SP)

 当塾は,「次世代の医療を担う人材をはぐくむ」ことを目的に,標準模擬患者を養成,派遣している。このたび,「共に学び合う学生自主講座企画」をスタートさせ,支援第1弾として,全国から募った学生に,米国の医学教育現場を見学,体験する機会を提供した。彼らは薫陶塾が誇る第1期生である。切磋琢磨し,学校,学年の枠を越えて学びの輪を広げてくれることを期待する。

プロジェクト,ツアーの概要
――――寺澤富久恵
(筑波大学5年)

 4月初旬,薫陶塾より今回のCPC見学ツアーの公募が発表され,下旬には参加者が決定した。早速準備MLが立ち上げられ,急ピッチで内容について議論が交わされた。学年もバックグラウンドも異なる見知らぬメンバーがMLを通して1つの企画を作ることは予想以上に難航したが,オフ会を通しての交流,大西先生や伊藤先生のご協力などにより,5月上旬になって,医療面接を大枠に,各自が何をどう学んでいくかを模索することがテーマに定まった。期間は1週間,毎日朝から夜遅くまで,CPC訪問(SPによる医療面接教育の実際を見学&SPとの面接体験),コミュニケーション学入門(浜松医大6年 舛方葉子),医療面接入門WS(大西先生;医療面接概論と実習),CSAWS(伊藤先生;米国医師国家試験のCSAに準じた診断とコミュニケーション技法の形成的評価),臨床倫理WS(寺澤),RUSH大学学生との交流などの企画がぎっしりと詰まったツアーとなった。

CPC見学
――――錢鴻武
(九州大学6年)

 今回の見学では,実際に内科疾患と精神科疾患を,それぞれ1症例ずつ体験し,その難しさを肌で感じることができた。このような教育を受けていないわれわれは,問診の場面では,特に精神疾患においては,話の流れの作り方がわからず呆然と立ち尽くしたり,診察では,どのような所見をとっていいのかわからず,顔を見合わせたりする場面が多々あった。米国のように,1-2年次からこのような教育を行ない,BSLの始まる前に問診や診察など医師にとって最低限必要な技術を身につけることは,BSLをより有意義なものにするに違いない。

CSAWS(Clinical Skills Assessment Workshop)
――――伊藤彰洋
(南イリノイ大学スプリングフィールド家庭医療レジデント)

 昨年の11月にCSA(Clinical Skills Assessment:米国医師国家試験の外国医学部卒業者用OSCE)を受験した経験を生かし,今年4月1-2日に,母校の山梨医科大学で「CSAWS」と称してCSA形式OSCEの体験学習会を開催した。20名ほどが参加し大変好評を得た。今回,第2回CSAWSをしてほしいという要望があり,短い日程ながら挑戦した。医師役,患者役としてそれぞれ7人が参加した。模擬患者1人につき問診と身体所見を15分で行なっていった。症例は急性疾患から慢性疾患に至るまでさまざまで,終了後に医師役は鑑別診断等を考え,患者役は約40項目のチェックリストに採点していった。CSAWS本番はホテルの部屋を診察室に見立てて行なった。学生たちは,今回のツアー全体の締めくくりとして精一杯準備して臨み,医師役,患者役の双方がそれぞれ今後の学習目標を新たにした様子だった。これからも多くの学生がCSAWS形式のプログラムを経験し,臨床実習に役立ててもらいたい。

――――山田美貴(長崎大学5年)

 テクニックか,知識か,ハートか。三者に優先順位はあるか? 医師としての全人的バランスについて,深く考えさせられたものの,結局,点数評価に戸惑い,医学的知識不足にへこみ,自分自身の努力目標と気合いだけを頼りに臨んだCSAWS。まずは,漏れなく情報を聞き出せるようになって,それから徐々に患者さんの懐にもぐりこめるようになろう,と頭では納得したものの,実際にやってみると肝心な診断にはなかなか結びつけられずに意気消沈。せめて心のこもった対応を!と思い直してみたが,苦しさをいっぱいに演じる患者役を目の前に,やはり自分の無力さにたじたじとなり……。やっと,CSAWSが終わる頃に,テクニックと知識とハートの三者に優先順位はつけられない,どれ1つとして欠けてもいけない,という結論にたどり着いた。知識とテクニックは,勉強と経験で補えるもの。これから臨床経験を積んでも,人としてのハートを忘れずにいたいものである。

――――宮原千佳(佐賀医科大学2年)

 「伊藤かよこ,22歳女性,救急車でERへ担ぎこまれた。彼女は突然の腹痛を訴えている」私が演じたのはこの役だ。診断名は「子宮外妊娠」で,伊藤先生からは「医師のempathy(共感)を感じない限り,痛がるだけで何も話さなくていいよ」という指示を受けていた。その判断ができるかどうかは不安だったが,医師の雰囲気や対応の仕方には,患者のほうに気持ちが向いているかが表れていて,自然に口が開いたり開かなかったりしたのには私自身驚いた。私は演じていただけだが,本当に苦しい患者は,私が感じた以上に医師の心理に敏感なのだろうと思った。模擬患者の役作りには3日間かけたが,その間おもしろかったのは,患者の人物像を具体的に作り上げること。医学生ではなく,患者としての思考や言葉遣いを考えなければならなかった。模擬患者をすることで,自分が医師に近づけば近づくほどわからなくなる感覚を思い出させてくれるのではないかと思った。

ツアー全体についての感想
――――大井手志保
(東京医科歯科大学6年)

 思えば怒涛の1か月と1週間でした。1か月前に募集がかかってから全国から参加者が集まり,MLを立ち上げ,その中でいろいろ議論しあいながら立てる計画。ほとんど初めて出会うさまざまな地域からの多彩な学年の顔ぶれ。そしてとても短かったけれどとても充実していた現地での1週間。学年による差もお互いに補い学びあうことで,皆それぞれが学年を超えて学ぶものがあり,また今回偶然集まって出会ったメンバーによって1つのものが作り上げられたことに私は非常に意義を感じ,とても感動を覚えました。
 個人的には医療面接や英語でのinterviewに果敢にも挑戦させてもらい,大変有意義な経験となりましたが,他のメンバーの挑戦を見ることもまた学ぶことが多くあり,共に学びあっていることを実感しました。偶然集まったメンバー1人ひとりの存在があったからこそでき上がった必然的な内容のこのツアー。最近大事にしている“出会い”という言葉の素敵さを改めて感じました。

これからの私たち
――――大井手慶
(東京大学2年)

 このツアーで私たちが見たことや感じたことは,これからの医師としての将来に何らかの影響をもたらすと思う。私自身は,医師が患者に対した時そこに存在するコミュニケーションすべてが医療の一部なのだということを身を持って知ることができた。今後私が医学を学ぶとき,そして医師として働くとき,その原点であるコミュニケーションを軽視しがちになるかもしれない。しかし,問診のとり方,会話のやり取り,それらを重要なものとしてとらえることは,より良い医療につながると思う。例えば聞くべき内容を自分の中で整理しているだけでも,受けとれる情報の量がだいぶ違ってくる。今回行なったようなことを,医学教育の中で,1つの分野として当然のように教育されることが望ましいのではないかと感じている。個人としての目標は,普段の生活から,コミュニケーションスキルを積極的に向上しようと努めることだ。

――――今井一徳(信州大学6年)

 医師を志したころ,人を癒す魔法にあこがれた。しかし,医学の道を歩き始めた時,そこに示されたのは,科学的知識の集合体としての「ヒト」の姿であった。医学部での生活が長くなるにつれ,無意識に患者さんを身体医学の鋏で切り取っていた自分に気づく。今回のツアーで,人と話をすることのおもしろさ,難しさを再認識した。病院という特殊な環境の中で,患者さんと出会うとき,われわれは「医師であること」を宿命づけられる。そこには魔法など存在しない。あるのは豊かな知識と観察力に裏づけられた人間への深い共感である。私はこれからいったいどれだけの人と出会うのか,そして,その中の何人の人の力になれるのだろう。順調に行けば後1年足らずで「医師」として患者さんの前に立つことになる。それまでにできることは本当に限られたことだが,いろいろなことを「感じる力」を養っていけたらと思う。それこそが人を癒す魔法だと信じて。

今回の企画で得られたこと
――――大西弘高
(イリノイ大学医学教育部)

 今回の企画では,米国の滞在が4日半と短い中,丸4日間は医療コミュニケーション教育に関連した活動に携わってもらいました。その中で,特に気づいた点についてあげたいと思います。
 1つは,学生が主体となって多くのプログラムが行なわれたことです。舛方さんのコミュニケーション学入門,寺澤さんの医療倫理の症例基盤型セッション,伊藤先生のClinical Skills Assessment(CSA)ワークショップのいずれも完成度の高いものでした。特にCSAは日本語での実施でしたが,USMLEに合格した伊藤先生の熱意もあり,高学年の医師役,低学年の患者役の双方がホテルの部屋で夜中まで練習に励むという様子がみられました。
 もう1つは,2年から6年の13名の学生が,各自の特性を活かして協力し合ったことです。医療面接学習は情意領域の教育目標が重要であり,ロールモデルが非常に大きな役割を果たします。その意味で,低学年の学生も,他の先輩たちの面接を見学,比較したり,患者役として経験したりするよい機会が得られたようです。
 最後に,当初はCPCでの標準模擬患者育成についての見学ツアーとして考えていた予定が,本来正規課程中の時期に10大学からの学生を受け入れるという内容にスケールアップし,各大学の教育関係者の皆さんに多大なご迷惑をおかけしましたことをこの場を借りてお詫び申し上げます。

イリノイ大学CPCとは?
――――――――大西弘高

 Clinical Performance Center(以下CPC)は,イリノイ大学医学教育部に属し,標準模擬患者参加型の医療面接や身体診察教育,評価を行なう機関である。教育目的に設置された19ブースの診察室には通常の外来診療ができるだけの設備とビデオカメラが備えられている。標準模擬患者は基本的に俳優をリクルートし,常時数十名が実働している。特に,精神科的面接に力を入れたり(今回の躁病の患者は,医師役で応対した学生が声も出なくなるほどリアルだった),全身身体診察正常所見の指導をしたりという取り組みが注目されている。