医学界新聞

 

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第6回

スーザン・シェリダン

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2489号よりつづく

 2000年9月11日,ワシントンDCで,「医療過誤と患者安全の研究に関する第1回サミット」が開催された。主催したのは,連邦政府における医療過誤防止に関する努力を統合する目的で98年3月に結成された「医療の質に関する省庁横断タスク・フォース」だった。

「消費者」代表の証言

 このサミットの冒頭,「消費者」代表として証言したのは,アイダホ州に住むスーザン・シェリダン女史だった。シェリダン女史は医療過誤の被害者家族としての悲痛な体験を縷々と語ったのだった。
 シェリダン夫妻の長男カルが生まれたのは1995年3月のことだった。結婚10年後にして初めて授かった子どもだった。一時は子どもはできないものとあきらめていただけに,夫妻にとって,カルはまさに「奇跡の子」だった。しかし,夫妻の喜びは長くは続かなかった。出産後2日目にシェリダン母子は退院させられたのだが,高度の黄疸があったにもかかわらず,血液中のビリルビン濃度が測られることはなかった()。黄疸が進行し(ビリルビン値は34.6mg/dlとなっていた),カルが再入院した際に受け持った研修医は,血液型検査が一度も施行されていなかったにもかかわらず,母子の血液型は同一であると誤ってカルテに記載した。研修医のカルテ誤記により,ABO不適合が見逃され続け,交換輸血が行なわれなかった原因となったのだが,カルの診療にかかわった医師や看護婦は,誰一人として,血液型の検査報告が存在しないことに気がつかなかったのだった。
 シェリダン女史がサミットで証言した日は,カルが幼稚園に入園した日でもあり,本来なら家族にとってもっとも喜ぶべき1日であったはずだった。しかし,シェリダン一家にとって,カルの入園日は,医療の失敗が家族の幸福を打ち砕いたことを改めて思い知らされる日となった。核黄疸が見逃された結果,カルは,歩くことも這うこともできず,聴力にも言語にも障害を負った児童として幼稚園に入園することになったのだった。

「専門家証人(expert witness)」

 シェリダン一家は,カルの核黄疸を見逃したセント・ルーク地域医療センターを医療過誤で訴えた。医療過誤の被害者にとって,医療側の責任を問い,被害救済を求める手段が訴訟を起こす以外にないからだった。
 訴訟は2年半に及んだ(法廷での審理は7週間だけだった)。原告被告の双方が,「専門家証人(expert witness)」を立て,過失責任の有無を争った。シェリダン家の主張を支持し,UCLA,スタンフォード,ペンシルバニア,ワシントンの各大学医学部の核黄疸の権威が,「カルの症例は典型的な核黄疸であり100%予防可能であった」と証言した。一方,病院側が立てた「専門家証人」は新生児専門医だった(核黄疸の専門家ではなかった)が,「カルの症例は核黄疸ではなく何らかのウイルス感染による脳障害である」と証言した。
 はたして陪審員は病院側の専門家証人の証言を容れ,病院側に過失責任なしとの評決を下し,シェリダン家は敗訴することとなったのだった(その後,「病院側の過失責任の証拠は明らかである」と上級審が裁判のやり直しを決定した)。

二重の医療過誤被害

 敗訴の評決が下ったまさにその日,シェリダン女史の夫,パットに脊椎腫瘍が見つかった。腫瘍は手術により切除され,シェリダン夫妻は,「良性腫瘍だから心配要らない」と執刀医に言われたのだった。手術から6か月後,腫瘍が再発,脊髄に浸潤していることが判明した。シェリダン夫妻には「初め良性だった腫瘍が悪性化した」かのような説明がなされたが,2度目の退院時に取り寄せたカルテのコピーを見たシェリダン夫妻はその目を疑うことになった。
 最初の手術の際の病理検査で「悪性の肉腫」という結果が出ていたのに,誰もその結果を患者に知らせていなかったのだった。もし悪性腫瘍という診断を早くに知らされていれば,いろいろな治療の手だてがあったかも知れないし,少なくとも進行を遅らせることができたかも知れなかったのだ。

訴訟という救済手段

 最愛の夫と,初めて授かった子どもとで,二重の医療過誤の被害を受けたシェリダン女史は,米政府が初めて主催した医療過誤サミットの第一証言者として,感情を抑えた言葉で,整然と事実経過を語り続けた。「精神的・肉体的・財政的に消耗し尽くした5年に及ぶ体験」を総括して,シェリダン女史は,医療過誤訴訟によって医療過誤の被害を救済するという現行制度について次のように述べた。
 「訴訟だけが取りうる手段なのでしょうか? 医療過誤の被害者に残された唯一の救済手段が,情報開示を妨げ,医療制度の変化に一切寄与しないものであるということは,まったく逆説的であると言わなければなりません」

(註)コスト削減のために出産後の母子を早期に退院させる米産科医療の現状と核黄疸症例の増加については,拙著『アメリカ医療の光と影』に詳述したので参照されたい。

この項つづく