第2482号 2002年4月15日
〔連載〕How to make
クリニカル・エビデンス
-その仮説をいかに証明するか?-
浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)
(前回:2477号)
〔第26回〕クラスターする子どもの白血病(1)
偶然と必然
節分の日,豆を部屋にまくと,豆がやたらとかたまって分布するところ(クラスター)と,まばらになるところがありました。子ども心にこれは偶然なのだろうか,それとも必然なのだろうか,と考えたものです。子どもの白血病が,ある時期ある地域で多発することがあります。このような現象は既に世界各地で報告されていますが,調べていないだけで,私たちの周りでも起こっているのかもしれません。
ナイルスのクラスター
ナイルスはシカゴの郊外に位置する20km四方程度の小さな町です。いわばシカゴ通勤圏としての新興住宅街であり,1950年代,多くの家庭がシカゴや他の地域から移り住んできていました。
1961年になり,たった3か月の間に,ナイルスのさらに限られた狭い地区で3人の小学生が白血病で死亡しました。そのことをきっかけに,この町で1957年秋から1960年夏までの間に,8人の子どもが白血病を発症していたために話題となりました。発生率で考えると,近郊の町では子どもの白血病が10万人あたり4.3人のところ,ナイルスでは10万人あたり21.3人だったのです。そして,この8人の子どもたちは皆,ナイルスの北半分,しかも半径1.5km以内に住んでいました。
この付近には聖ジョン・ブレボイフと呼ばれるカソリックの寺院があり,この8人中7人の子どもの家庭(表の(3)以外)はカソリックを信仰し,本人あるいは上の兄弟たちはその寺院の小学校に通っていたのです。これが偶然かと聞かれれば,誰しも首を横に振って「白血病の原因になる何かが,その教会にはあるんじゃないか?」と考えるかもしれません。しかも,ある道で囲まれた小さな地区で,1956年から1960年までの間に子どもから老人まで4人の血液癌患者が発生しています。
しかも,この子どもたちは皆,風邪様症状を発症していました。中には兄弟も同時に風邪症状を呈した場合もありますが,7人の患児だけはなかなかよくならずに,気がついたら白血病になってしまっていたといった状況でした。
この白血病の子ども7人が通っていた聖ジョン・ブレボイフ寺院の小学校は,周囲に学童期の子どもを持つ家庭が数多く移住してきていたので,他の公立小学校が1クラス20-30人のところを,どの学年(1-8年)も1クラス50人採用しなければならなかったのです。1955年の開校当初は7クラス384人しかいなかったのに,1957年には29クラスにまで増えていました。学校には教会と同じ入り口から入ります。1階建てではありましたが当時としては近代的な建物だったようです。
そして,学校の行事も,教会の行事も,さらには地域の行事もしばしば聖ジョン・ブレボイフ寺院が使われたため,この小学校の子どもたちは,他の学校の生徒よりも多くの人々と接触する機会があったのかもしれません。
この8例は時期的に2つのグループに分けることができます。すなわち,1957年末を境とする秋から翌年春までと,1959年末を境とする秋から翌年夏までです。1958年夏から1959年初秋までは白血病を発症する者はなく,ぽっかり空いているのです。発生が多いとはいっても,絶対数は少ないので,必ずしも偏っているとまでは断言できませんが,あたかも風邪の流行に一致するようにみえなくもありません。
読者の皆さんは,この8人の白血病の原因をどのように考えますか?
| ナイルスで発生した8人の白血病の子どもたち |
| | 年齢 | 性別 | 発症時期 | 初発症状 | その他特記事項 |
| (1) | 3 | 男 | 1957年 9月 | 発熱,足痛,頸部リンパ節腫脹と痛み,熱が続き顔色も悪くなり入院 | 母親が妊娠中期にインフルエンザに罹患。発症児兄弟は健康 |
| (2) | 4 | 女 | 1957年 10月 | 発熱,下痢,咳があり,予定していた扁桃腺摘出術を延期した。しかし,それでも熱が続いた。やがて骨の痛み,顔色不良,だるさが加わる | 1957年春にシカゴから越したばかり。患児は5人兄弟の4番目であったが,発症時姉2人も咽頭炎+中耳炎に罹患していた |
| (3) | 10 | 女 | 1958年 4月 | 最初“おたふく”と診断されていたが,高熱が2週間続く。解熱後,体重を落とし,時折副鼻腔の痛みを訴えるようになる。秋になっても痛みがとれず,頬部が脹れてきた(経過からは上顎洞原発の悪性リンパ腫+骨髄転移) | 教会の小学校に通ってはいなかったが,仲良しがその教会4年生で週末は一緒に寝泊りしていた。風邪をひいてしばしばレントゲンを撮影している。4歳の時に足の痛みを伴う発熱,5歳の時に頸部リンパ節腫脹あったが診断つかず放置 |
| (4) | 9 | 女 | 1959年 11月 | 急な発熱と腹痛,その後も間欠的に熱発し,腰骨の痛みが加わるようになる。2年前に扁桃摘出術を施行されている | 発症1年前にシカゴから移住。患児発症時,弟2人も発熱,嘔吐,下痢を認めていたが,2-3日で軽快している |
| (5) | 12 | 女 | 1959年 12月 | 発熱,咽頭痛で発症。その後,数週間発熱を繰り返す。そして翌年春頸部リンパ節腫脹に気づく | 発症10年前にシカゴから移住。患児(3)の友達と親友であった |
| (6) | 3 | 女 | 1960年 6月 | 6月の中旬から間欠的に発熱が続き精査目的で入院。しばらくして診断が確定する | |
| (7) | 13 | 女 | 1960年 8月 | 間欠的な発熱が続いた後も倦怠感がとれずにいた。そして,肩の痛みも伴い貧血となって入院となる | 1955年,シカゴより移住 |
| (8) | 6 | 女 | 1960年 8月 | 発熱と倦怠感ではじまり,リンパ節腫脹も加わる | 1953年シカゴより移住 |
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