第2481号 2002年4月8日


「理念なき医療『改革』を憂える:
EBMに基づいたガイドラインの滑稽」に寄せて

遠藤弘良(厚生労働省医政局研究開発振興課医療技術情報推進室長) 


はじめに

 「アメリカ医療の光と影」に始まり「理念なき医療『改革』を憂える」まで,本紙に掲載されてきた李先生のご寄稿を,これまで興味深く拝読させていただいております。先生の鋭い洞察力や示唆に富んだ内容は,日本の医療制度改革にとっても大変参考になるものです。
 第2476号(2002年3月4日付)に掲載された「理念なき医療『改革』を憂える-最終回:EBMに基づいたガイドラインの滑稽」も早速拝読いたしました。その内容は厚生労働省のEBM施策に対するご批判が中心でありましたが,EBMを担当している立場からみて,李先生が当省のEBMと診療ガイドラインに関する施策について誤解,あるいは十分ご理解されていないのではと思われるご指摘がありました。
 EBMはこれからの日本の医療の質的向上のために大変重要な意味を持つものであり,その推進は当省の重要施策の1つです。そこで李先生をはじめ本紙の読者の方々にも,当省のEBMに関する基本的考え方を正しくご理解いただくために,寄稿の機会を与えていただきました。

「EBM」の本質について

 「EBMとは,個々の患者の問題点に対し医学的に利用可能な最善のエビデンスを適用しようという医療である」との李先生の「EBMの本質」に対するお考えと,当省のEBMに対する考えとは何ら異なるところはありません。そして,「ここでキーワードとなるのは『個々の患者』(individual patient)という言葉であるが,患者の臨床像の多様性・複雑性を鑑みるからこそ,1人ひとりの患者の問題点について,最適のエビデンスを探す努力が必要だとしているのである。そのために,文献などのエビデンスを批判的評価することが必須になるのだが,それぞれの文献のエピソードが目の前の患者に適用できるかどうかを検討する際に最も重要となるのは,文献で対象とされた患者群はどういう基準で選ばれたのか,逆に,除外された患者はどういった条件を有していたか,という情報である」と述べられているEBMのステップあるいは作業についても同じ考えを持っています。このことは李先生が引用されている1999年2月に厚生省(当時)がとりまとめた「医療技術評価推進検討会報告」(以下検討会報告という)にも明記されています。

「EBM」と「診療ガイドライン」

 しかしながら,「筆者が知る限りでは,『EBMとは治療ガイドラインに基づく医療をすること』というEBMに対する本末転倒の誤解を広めるキャンペーンを厚生省が始めた」とのご指摘には,首を傾げざるを得ません。EBMと診療ガイドラインの関係について検討会報告には,「3(5).診療ガイドラインの位置付け」の中で,「診療ガイドラインは,各臨床医が忙しい日常診療において即座に参考とすることができ,EBMの実践に役立てることができる。診療ガイドラインは日常診療で行なわれる診療の大多数の症例に対して参考となるが,この診療ガイドラインをそのまま適用するだけでは不十分であり,各患者の特性に沿うように柔軟性を持った利用が求められる」(下線著者)と述べています。
 また同報告書の「7.おわりに」の中でも「今回は医療技術評価の利用及びEBMの具体的な支援策となりうる治療ガイドラインの作成について検討を行ない,その他EBM全体についても広範に検討を行なった」(下線著者)としています。李先生が主張される「『EBM=ガイドライン』という大間違いのキャンペーンの先頭にたっているのは厚生労働省」というようなことはまったくありません。
 現在,厚生科学研究費を通じて関係学会等に対して診療ガイドラインの策定支援を行なっていますが,当省のEBM関連施策は診療ガイドライン普及だけではありません。研究事業を通じて,エビデンス創出のための臨床研究支援,文献検索等のエビデンスを検討する作業を教育するワークショップの開催,さらにはリサーチライブラリアン養成に関する研究支援等,種々の施策を行なっています。「……そういった医学教育者の努力を無にするかのように,EBMとは正反対の料理本医療をEBMだとするキャンペーンを展開」などまったくしていません。また診療ガイドラインのみならず評価文献の収集,提供等を行なうEBMデータベースセンター(仮称)を医療関係者とともに中立・公正な公益法人の中に設置する準備も進めています。

「EBMに基づく標準的診療ガイドライン」について

 また,ご指摘の「EBMに基づく標準的診療ガイドライン」については,確かに厳密に言えば「珍妙な」言葉かもしれませんが,当省の言わんとするところは「EBMの考え方に基づいた」あるいは「EBMの手順に則って作成された」診療ガイドラインです。現在ではEBMという言葉自体が医療関係者のみならず広く一般にも定着しつつあることに鑑み,一般の方々にわかりやすい表現を採ったものです。3年前にとりまとめられた検討会報告では「4.医療技術評価とEBMの総合的推進について」の中で,「EBMの実施を支援する治療ガイドラインを広く提示するなど,EBM関連領域を含めて効率的かつ効果的に普及・啓発を行なっていく方策を検討していく必要がある」と述べているなど,ガイドラインがやや強調された面もあります。
 F医師に質問をしたある教官の話から「厚生省のキャンペーンは短期間の間に,実に見事な成果を上げたと言わざるを得ない」とのご指摘ですが,EBMの考えが導入され始めたこの頃(編集部注:1999年5月)は,当省の意図とは関係なくガイドラインがひとり歩きしてしまったために,このような誤解をされた方もいらしたのかもしれません。安易にガイドライン医療に走ってしまうことがないようにとの李先生の警鐘と受け止めます。しかしその後,当省の施策推進の成果のみならず,多くのEBMの推進に熱心な日本の臨床医,研究者の方々による努力のおかげで,冒頭に述べたEBMの本質についての理解が広く深まるようになり,少なくとも現在では「EBM=ガイドライン」という捉え方をされる臨床医は少ないのではないでしょうか。

「EBM」の3要素の統合

 むしろ問題なのは,「EBM」と言うとResearch Evidenceのみが強調され,Clinical ExpertiseやPatient Preferenceがとかく忘れがちになることです。
 「EBMとは,『診ている患者の臨床上の疑問点に関して,医師が関連文献等を検索し,それらを批判的に吟味した上で患者への適用の妥当性を評価し,さらに患者の価値観や意向を考慮した上で臨床判断を下し,専門技能を活用して医療を行なうこと』と定義できる実践的な手法」(検討会報告)であるべきで,EBMのいわゆる3要素が統合されなければなりません。そこで医療技術評価推進検討会においてEBMの日本語訳は,科学的根拠だけが連想される「科学的根拠に基づく医療」とするよりも,根拠の1つに患者の価値観なども含めた「根拠に基づく医療」のほうがふさわしいのではないかとの結論に至っています。
 今回の李先生のご寄稿が日本のEBMに一石を投じることになり,これにより本紙読者の方々のEBMに対する関心が一層高まり,また当省の考えを改めて説明させていただけるようになったことに感謝いたします。
 これを教訓として,当省の施策が医療関係者をはじめ広く国民の皆さんに,より正しく理解いただけるよう引き続き努力をしてまいりたいと思います。